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傲慢


 その男は、ひどく傲慢であった。


 男は、三日三晩に及び続いた演歌の独演会を終え、ひとり仰向けになり空を眺めていた。


 真っ青な空には、大きな入道雲がぷかぷかと浮かんでいる。人間が滅んだというのに、男の頭上に広がる青空はその事をまるで気にもとめずに変わらぬ景色を見せてくれる。男は、人の世の儚さに少しだけ寂しさを覚えると同時に、かつて学び舎で習った平家物語を思い出していた。


 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。驕れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛きものも遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ。


 あまり勉学は得意なほうではなかったが、なぜかこの冒頭だけはスラスラと思い出せる。この琵琶法師たちが歌い上げた物語は、その名の通り平家の栄華とその没落を描いたものだ。しかし、その書き出しは、真に世界が滅びた今にこそふさわしいと男は思うのであった。


 男の中に一つの邪悪な考えが浮かんだのは、そんな時であった。男は、いまこの世界で、唯一知性に溢れる生物は自分自身に他ならないということに気づいてしまったのだ。男は不遜な表情を浮かべ、その枯れた声で大きく笑った。俺より上には何者もいない、俺こそが唯一無二の人類そのものなのであると。


 そして、男は考えた。俺は、この地球上の唯一絶対の存在として何をすべきかと。だが、答えがでるまで、そう時間はかからなかった。平家が滅んだ後の琵琶法師達の活躍をヒントに、男は、人類栄枯盛衰の伝道師となることを決意した。この先、伝える相手など誰一人していないであろう。それでもなお男はそうせざるにはいられなかった。


 男は、如何にして人類のあり様を伝えようかと悩んだ。何らかのメッセージ性が籠ったモニュメントの作成や、人類史の編纂、もしくは平家物語に倣って歌を歌いあげるか。様々な手法を考えては見るものの、いまや世界で最も賢い人間となった男の知力をもってしても、それらを為すには困難であるように思われた。そうして、最終的に辿り着いた答えは、らしくしていこうというものであった。


 翌朝、男は自身の職場へと向かった。政府から管理業務を委託された、あの墓園にだ。男は、自分こそが唯一の『人類』なのであるから、自身のもつ価値観が、僅かに持ちうる知性が、溢れ出る性欲が、やることの全てが『人類』そのものを表していると。俺の生きざまこそが、何千年の歴史を積み上げてきた人類の集大成なのである。そう考えるに至ったのだ。そして、人として凡庸の域を出ない男にできることと言えば、世界が滅びる前と変わらぬ生活を送るぐらいのことであった。


 出勤して、初めにやることは墓園の清掃であった。木々から零れ落ちた枝葉を、竹ぼうきで集め焼却炉に突っ込む。それが終われば、墓園の外での営業活動だ。住宅地を訪問してまわり、放置された遺体を見つければ、墓園まで運び、弔い、見つからなければ日が暮れる前に帰宅する。休日は、ガソリンや保存食といった生活物資を集めたり、ふと思い立って玩具屋へ突撃し、好きだったアニメキャラのフィギュアを掻っ攫ってきたりした。そして、時には休日が終わってもなお出勤を拒否し、何処へとも知れず旅に出るのだ。


 そうして、男は世界で一番罪深い男となったのだ。

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