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赤ずきんとヘッドスライディング

 フッ


 口を閉じると同時に、少女の体が揺らいだ。


「危ない!」


 相当な疲労を抱えているはずだが、不思議と体は素早く動いた。地面を強く蹴りだし、腕を最大限まで伸ばす。


 間に……合え……!


 ズザザザザザッ


 体を削られると同時に、腰辺りに少女が倒れこんだ。一定の重量が痛みとなって反響する。久方ぶりに決行したヘッドスライディングは目測が甘かったようだ。


 ……まあ、行き過ぎなかっただけましだろう。


 僕の腰の方が地面より随分と優しいはずだ。


 枕として一生を過ごすつもりはないので、少女の頭を太腿まで移動させてその場に座る。むき出しになっていた腕からは血が滲んでいたが、見た目ほど痛みは感じない。


「……さて」


 自分の怪我の具合を確認した後、少女に視線を落とす。


 赤いフードつきのケープと、白いワンピース。


 童話の中から飛び出してきたような風貌を持つ彼女は、安らかな寝息を立てながら眠っていた。吹き抜ける風に、金色の髪が揺れる。


「どうした、もんか」


 咄嗟に助けたはいいが、僕はどうすればいいのか。少女を放っていくわけにはいかないので必然的に待機ということになるが、この日差しだ。風が通り抜ける分ましだが、夏であることに変わりはない。


 親が近くいるなら大声を出して呼びたいところだが、生憎喉は枯れ果ててしまっていた。少女が一人でこんなところまで登って来られるはずがないんだけどなぁ……、と辺りを見渡すが、人影はない。もう少し遠くではぐれてしまったのか、


 それとも……、


 おばあさんのお見舞いに行く途中、だとか?


「……いやいや、冗談はよしてくれ」


 童話は嫌いではないが、僕は現実主義者だ。自嘲の笑みを浮かべながら、汗で張り付く前髪を乱暴に拭った。


 冷静に考えろ、僕。


 確かにネタを探しにここまで来たが、ここは現実世界だ。


 迷子の子供を見つけたら、まずやるべきことがあるだろう。


 プルルルルルル


 鞄から携帯を取り出した瞬間に、無個性な着信音が鳴った。手帳型になっているケースを開き、液晶に表示された名前を確認する。


 ……向こうから電話をかけてくれるとは、丁度いい。


「はい、保科です」


「おお、秋博君! わしじゃ、狩野じゃ!」


 鼓膜がはちきれそうな大声に、思わず耳から離してしまう。もう十分満身創痍なのだから、これ以上の追い打ちは勘弁してほしいものだ。


「登山は順調か?」


「山登りは、驚くほど順調でしたよ」


 山登りだけ、を評価するなら。頂上まで登る予定はなかったので、順調と言っても過言ではない。


「ほーか! それはよかったのぉ!」


 僕の声が届くだろうぎりぎりの距離まで離したはずだが、狩野さんの豪快な笑い声は未だにうるさい。ちなみに僕の皮肉は気づかれていないらしかった。


 ……さっさと本題を切り出してしまおう。満足した狩野さんが電話を切りかねない。


 この人は怪物級の天然だ。


「でも、二つほど問題がありまして……」


「問題? おう、どうした? お巡りさんに話してみぃ」


 僕の数少ない知人の一人である狩野さんは、町の交番に務めるお巡りさんだ。


「山の中で、子供が倒れていたんです」


 迷子の子供を見つけたら、警察に通報する。


 こんな簡単なことを思いつかなかったのは、きっと熱中症のせいだ。


 決しておとぎ話に迷い込んだからではない。


「ほう、それは確かに問題じゃな。子供の親はそこにおらんのか?」


 急に狩野さんの声音が低くなる。僕が友人から通報者に変わった瞬間だ。


「見渡す限りは」


「わかった。恐らく迷子じゃろう。とりあえず子供を連れて下山してくれるか?」


「そうしたいのはやまやまなんですが……。ここで二つ目の問題がありまして」


「ん、何じゃ?」


「これ以上歩ける体力がありません」


 言い放った瞬間に、狩野さんがペンを落とす音が聞こえる。恥ずかしいのでそんなあからさまな反応はやめて欲しい。


「……はっはっはっ! それは仕方ないのぉ!」


「すみません……」


 狩野さんの声音が元に戻る。拍子抜けしたのだろうが、こちらとしては由々しき事態だ。自分一人での下山も危ういのに、少女を連れてなど論外である。


「わかった、迎えに行っちゃるわ! どこにおるんじゃ?」


「恐らく頂上かな、と。開けた場所です」


「りょーかいりょーかい。そこなら一時間もかからんわ。まっとれよ!」


 ブツッ


 ……電話が切れた。突然だったが、要件は伝えられたからいいか。


 さて、狩野さんが来るまで日陰にでもいないと。いくら狩野さんがスーパーアスリートで、常人の数倍のスピードで迎えに来ると言っても一時間炎天直下はまずいだろう。ない体力を振り絞ってでも移動した方がいい。少女を抱えようともう一度視線を……、


 視線が……、


 あった。


「…………え」


 宝石のような蒼が、不思議そうに僕を見つめる。


 しかし、ぱちぱちと何度か瞬きをした後、


 その顔には、何故か笑顔の花が綻んだ。


「―――オトーサン!」


 え?


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