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あずきと迷子、一つの決意

「午後からの予定はなんだっけ?」


「お布団と……、日用雑貨ですね」


 ショッピングセンター内の喫茶店に立ち寄った僕たちは、昼食をとりながら午後の予定について話し合っていた。僕とは違って春香の方は順調に買い物を進めていたらしく、この調子でいけばおもちゃを選び直す時間も充分に確保できそうだ。


「あずきちゃん、何色のお布団が良い?」


「あかー!」


 イメージ通りでしかない答は、わかりやすくていい。赤は決して眠りに良い色ではないけれど、好みに合わせるのが一番だろう。


子どもの好きは何よりも優先されるべき事項である。


「そーいや、布団なんて買ってどうやって帰るの? 秋博にそんな体力ないでしょ、他にも荷物があるっていうのに」


「何で僕が全部持つ前提何だろうね? 大丈夫だよ、今日は狩野さんが非番だから」


 打ち合わせは昨日の内に済ませておいた。二つ返事でOKしてくれる辺り、さすがは頼れるお巡りさんである。


 ……僕もそろそろ、免許取らないとなぁ。


 新しいことから逃げ続けるのは、あまり良くないことだ。


「――さて、と」


 予定を決め終えて、雑談をして。


 テーブルの上も片付いたので、僕たちはそろそろ喫茶店を後にしようとしていた。あずきも眠そうに目を擦ってきたころである。眠気を覚ますのにも、食後は体を動かすのが一番いい。


「じゃあそろそろ出よう……、ん?」


「どうかしましたか? 秋博君」


 荷物をまとめようと立ち上がった時、少し気になることが目に映った。動きを止めた僕を見て、春香も視線をそちらへと向ける。


「……迷子さん、ですかね?」


「みたいだね」


 気にしなければ気づかない、日常の一コマなのかもしれない。


 一人で呆然と立っている小さな女の子が、今日は妙に心に引っかかった。丁度昨日同じような出来事があったからだろう。迷子という事象に敏感になっている。横をあっさりと通り過ぎていく大人たちを、薄情だと感じてしまう自分がいた。


 ……きっと大多数が、そうなんだろうけどね。


 ご立派な偽善者にでも、なったような気分だ。


「千夏、いいかな」


「ん、どしたの?」


 春香に女の子のところへ行ってもらい、千夏に事情と方針を話す。その間あずきはじっと迷子の少女を見つめていた。何か思うところがあるのだろうか、あずきも似たようなもの――、


「ふぁぁぁ」


 ……いや、考え過ぎか。


 単純に眠かったから、一点を見つめていただけのようである。


「あずき。ちょっとだけ寄り道するけど、いいかな?」


「んー? いーよー」


 きっと細かな事情を説明しても難しいだろう。こういう時は大まかに話しておく方が無難だ。


 ……それに、あまりあずきに迷子の話はしたくない。


 思い出したくない記憶は、誰にだってあるはずだ。


「お待たせしました。一階にサービスセンターがあるので、とりあえず行ってみましょうか」


「そうだね」


 迷子を見つけた時には色々な対処があるが、それが無難だろう。


 いつでも父親を名乗れば解決するわけではないのだ。


「おっけー。短い旅だけど、よろしくね!」


 千夏が女の子の頭を撫でる。涙目だった彼女はむず痒そうな、でもやはり哀しそうな。とても複雑な表情を浮かべた。ここで泣きださなかったのは千夏の為せる業だろうと、素直に思う。


「それじゃ、行こうか」


「んー」


 人見知りという意外な一面を持つあずきは、一人メンバーが増えるだけで静かになってしまった。千夏が女の子と先行し、残りの三人が後に続く。千夏は女の子を元気づけようと身振り手振りを交えながら話していたが、少女の表情は浮かないままだった。


「……」


 春香にも思えることだけど、きっと千夏もいいお母さんになるだろう。


 そんなことを思いながら、気まずさから目を逸らしながら。


 賑やかなショッピングセンターを、僕たちは黙って歩いていた。



   □ ■ □ ■ □



 結果として、女の子のお母さんはすぐに見つかった。


「……うわぁぁぁぁぁん!」


「ごめんね……。ごめんね……!」


 火がついたように泣き出した女の子を、半べそのお母さんが抱きしめる。まだ若いお父さんは何度も何度も千夏に頭を下げていた。千夏は困ったように首を振っているが、しかしその表情は嬉しそうだ。


 一つのピンチが、温かい家族の一ページとなる。


 家族にとって絶体絶命だった今は、いつか感慨深い笑い話に書き換わるのだろう。


「よかった、ですね」


「……うん、そうだね」


 何と声をかけようか迷っていたのだろう。春香はつまりながら、差し障りのない言葉を選んだ。きっとその選択は間違えていないけど、僕は苦笑いしか浮かべられない。


「オトーサン?」


「ん、どうしたの?」


「んー? んーん」


 あずきも何か感じ取ったのか、僕の手を僅かな、でも精一杯の力で引っ張る。僕は千夏がしたように、赤色のフードを撫でた。僕はそうしながら、深く息を吐き出す。


「何でもないよ、あずき。ほら、千夏が呼んでる」


「おいでー、あずきちゃん!」


「んー! ママ!」


 名前を呼ばれた千夏は素直な返事と共に駆けだした。今日の千夏はファインプレーが過ぎる。後でデザートでも奢ろう。


「……千夏、一つ決めたことがあるんだ」


「はい、教えてください」


 春香も気づいている。そして彼女も心を決めたはずだ


 あずきの身にはきっと、何かが起きたに違いない。思い出したほうが良い記憶と、忘れたままの方が良い記憶はあるだろう。だから、僕はずっと心のどこかで迷っていた。


 でも、決めた。


「迷子は、きっとああやって終わるべき事件だと思うんだ」


「……はい」


 僕は父親を演じ続ければいいだけ、なのかもしれない。


 或いはその方が、あずきのためになるのかもしれない。


 でも、起きてしまった事件はいつか終わるべきなんだ。


 ならばきっと、終わりは早い方がいい。


「だから、僕はあずきの両親を探すことにするよ」


 とりあえず一つだけ、当たってみたいことがある。


「……明日からには、なるけどね」


 そして僕は、ポケットからスマートフォンを取り出した。


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