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あずきと迷う僕

「着いたわよー!」


「おおきーい!」


 なんて端的で素直な感想なんだろう。


やはり僕にはその純粋な感性が眩しくて仕方ない。


「私たちも行きましょう」


「そうだね」


 駈け出して行った千夏とあずきを、小走りで追いかける。照りつける日差しの下では、それだけの運動でも汗が滲んだ。


 目の前にそびえる四階建てのショッピングセンターは県内最大級の規模を誇っている。中には喫茶店から電気屋まで幅広い店舗が軒を連ねており、生活必需品のほとんどをここで揃えることができると言っても過言ではない。今日は平日なのでそれほどでもないが、遊園地並みの客が押し寄せることで有名だ。


「オトーサン、はやくー!」


「そーよ、何してんの!」


「ちょ、ちょっと待って……」


 あの二人、早すぎやしないか? 


 体力に自信がないのは確かだが、距離が離れていくのはおかしい。娘と友人の期待に応えようと、やや後方に春香の足音を聞きながらスピードを上げる。昨日から体に無理させてばかりだ。本格的に鍛え始めた方がいいのかもしれない。


 あずきと千夏の数十秒後に、開いた自動ドアの向こうへとたどり着く。途端に暴力的なほどの冷気が体中を包み、驚いた肺が鋭く痛んだ。入り口で悶えるのも迷惑なので、疲弊した体を引きずるようにエスカレーター横のベンチへと向かう。


「だらしないわねー」


「わねー」


 千夏のため息にあずきの嬉々とした声が重なる。いつそんなに仲良くなった。あずきは人見知りだが、心を開くのが早いのかもしれない。それか千夏の精神年齢が、いや、なんでもない。多分それは気のせいでしかない。本当だ。


「秋博君、大丈夫ですか?」


 春香が心配そうな表情で僕の顔を覗き込む。普段ならこれぐらい走ることに問題はないのだが、昨日山登りをした後の身であることを忘れないでほしい。色々なことがありすぎて記憶が薄れているのは間違いないけど。


 だからといっていつまでも時間を食いつぶすわけには行かないのは確かだ。僕がこのベンチに座るために暑い日差しの下ここまで来たのなら構わないが、今日は他に大事な目的がある。


「……大丈夫だよ、行こうか」


 駄々をこねる体に鞭を打ち、立ち上がる。膝は絶賛爆笑中だが、幸い役割を放棄してはいない。


「オトーサン!」


「なに?」


「んー!」


 精一杯背伸びしたあずきが、僕に掌を差し出す。


 僕はその手を、一瞬の迷いの後に握った。


 ……迷っているあたり、まだ僕に覚悟が足りないということだろうか。



   □ ■ □ ■ □



 僕は、再び迷っていた。


「……千夏」


「……なに?」


 いや、僕たち、か。


「あずきぐらいの子供は、何をして遊ぶんだろう?」


「……さあ?」


 問われた千夏が、ゆっくりと首を傾げる。それはこの問いの迷宮入りを宣言することと何ら変わりない。


 ある程度店内を歩いた後、僕たちは二手に別れて買い物を始めることにした。僕と千夏、あずきと春香という組み合わせは僕なりに考え抜いたつもりだったが、今こうなってみると人選ミスだったことを痛感せざるを得ない。


「あずきちゃんに直接聞いた方がよかったんじゃないの?」


「いや、やっぱり初見で遊ぶのが楽しいかなあって」


「わからないでもないけど、さ」


 千夏が大げさなため息をつく。僕があずきとペアにならなかった理由はそれだけなので弁解の余地もない。乾いた笑いでその場を誤魔化す。


「僕たちが子供の時って、何してたんだろうね」


「あんまり覚えてないかも。外で遊ぶのが好きだったかなあ」


 何とも千夏らしいが、今欲しい答ではない。


 かく言う僕もその程度の記憶しか残っていないので何も言えないけど。


 身長の二倍はあろうかという棚に立ち並ぶ色とりどりのおもちゃは、昔懐かしいものから最新の技術を用いたのであろうものまで幅広い。僕たちの好みで選ぶこともできるけど、それであずきが喜んでくれるとは限らないだろう。こういう時世のお母様お父様方は何を基準に選ぶのか。


「秋博って昔、どんな子供だったの?」


 千夏が僕に視線を向けないまま尋ねる。その様子からして、あんまり興味はないのだろう。


「春香から何か聞いてない?」


「全く」


 幼稚園以前からの幼馴染なのだから、春香は僕の子供時代をよく知っている。それでも千夏に何も話していないのは、僕に気を遣ったのか単純に興味がなかったのか。恐らく後者だろう。


「そうかい。えっとね……」


「オトーサン!」


 僕が話し始めようとした瞬間に、あずきの声がそれを断ち切る。声のした方を向くと大きな紙袋を持った春香と、真新しい赤いフードつきのパーカーを羽織ったあずきの姿があった。


 ……流石仕事が早いね。


「そろそろご飯にしませんかー?」


「おなかすいたー!」


 二人の声を聴いて、千夏と顔を見合わせる。時計を見ると、いつの間にか十二時をまわっていた。僕たちは一時間近くも悩んでいたらしい。


「……行こうか」


「そーね」


 お互いに苦笑いを浮かべながら、歩き出す。


 僕の話も、おもちゃ選びも、次話以降に持ち越しだ。

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