14.深夜の遭遇
イベント広場は完全に野外の施設であり、安全のために鍵をかけるといった行為ができない。
そこで、運びこんだ機材などが盗難に遭わないよう、朝まで交替で見張ることにした。
警備なんて専門家に任せればいいのかもしれないが、それだってお金がかかる。
限られた資金のなかでの開催なのだから、自分たちで可能なことはやるべきだという考えは、みんな一致していた。
俺と昌也が任されたのは、深夜一時~四時の時間帯だった。
飲み歩く人々の姿は徐々に見えなくなり、車どおりもほとんどなくなっていく。
とても静かだ。
昌也はタブレット端末に向き合ってなにかやっていたが、俺は手持ち無沙汰で、ただ黙っているのも落ちつかない。
そこで、陸奥湾ステージの両側に配置されている屋台のテントなどをチェックしてまわった。
特に食べものを扱う屋台にはさまざまな決まりがあり、ひとつでも違反していると大変なことになる。
せっかくのイベントに水を差されないよう、厳格な目で確認していく。
――ふと気づくと、昌也がステージのまんなかに仁王立ちをしていた。
その表情があまりにも険しくて、気になる。
「どうしたんだ?」
俺が近づいていっても、変わらなかった。
「……とうとう、明日なんだな」
「あ、ああ」
顔とは裏腹に、感慨深げな言葉。
もしかしたら、昌也は自分の気持ちに戸惑っているのかもしれない。
そう悟った俺は、下手に聞き出さず、次の台詞が紡がれるのを待つ。
昌也は「ふぅ」と、大きく息を吐き出した。
「あのおっさんさ乗せられで、こったに席つぐってまったけど、ほんとに全部埋まるべが……」
「足りないよりはいいんじゃないか? なにせ初めてのことだから、どれくらい人が来るのかは全然わからないし」
「だよな……」
どうやら昌也は、少し弱気になっているらしい。
「不安なのか?」
「そりゃあな! 普段のわいだば、組織の一員どしてイベントばやるして、責任どがそったらごとはあんまり考えねくてもよがったけど……」
「組織の一員という意味では、今回だって同じじゃないか」
俺たちは間違いなく、実行委員会という組織の一員である。
しかし昌也は、その返答では納得しなかった。
「全然違うべな! いぐら実行委員長ば芳雄くんに押しつげだとしても、実質的な中心はわいど卓真だべ!? もし『まさかリズム』がうまぐいがねがったら、心中するのもわいど卓真だっ」
「昌也……」
そんな大袈裟な――とは、言えなかった。
言い出しっぺには、それだけの責任があるのだ。
いくらみんなの力を結集して開催したとしても、万が一失敗したときには全員に責任があるなんて、言えるわけがない。
それはよくわかるのだが――俺にだって、意見はある。
昌也と同じようにステージにあがると、縁に腰かけた。
「なぁ昌也、おまえが思う失敗って、どんなだ?」
「へ?」
「『まさかリズム』が盛りあがらないことか? それとも、なにか問題が発生して途中で中止になることか?」
「……それ以外にも、なんがあるが?」
「逆だ。俺はどれも失敗だとは思わない」
「は?」
目を丸くして、昌也が俺を見おろした。
その瞳の奥に、プレッシャーからか押し隠されていた希望の色を見つける。
「気負うなよ。前にも言っただろ? 俺たちの目標は、『まさかリズム』を開催することなんだ。明日なにがあろうとも、無事にスタートさえできれば、当初の目的は達成される」
「そ、それはそうだけど……」
「フェス中の盛りあがりとかそういうのは、ストレッチゴールみたいなものだ」
「目標を達成した先の、目標?」
「そうそう」
「なるほど、ストレッチゴールが……」
それはクラウドファンディングでよく使われる言葉であり、目標調達資金額を達成したあとに、追加で設定するゴールのこと。
あわよくば達成できたら嬉しい。
それくらいの心構えでいたらいいと、伝えたかった。
やれる準備はもう、すべて終えたのだから。
昌也はようやく表情をやわらげると、フッと笑った。
「……んだな! わいが今さら悩んだって、どうにもなんねぇごとだ。明日蓋を開げでみでのお楽しみってこどだな!」
「ああ」
「卓真はどれぐらい来るど思う?」
「さあな、俺だってまったく見当つかないよ。ラジオでも宣伝してもらったし、ネット上ではかなり情報発信できたと思うけど、そもそもそういったメディアは触れる層が限られているからな」
ラジオもネットも、普段からそれを使っている人にしか届かない。
ラジオは特に年配層が多いだろうし、ネットは特に若年層が多いだろう。
その中間をどう取りこんでいくかが、現段階ですでにある課題なのではないかと考えていた。
昔なら、それこそ街の掲示板に貼っておけばいろんな人が見てくれたが、今では立ちどまる人も少ない。
「最終的に頼りになるのは、やっぱり口コミじゃないかと思うから、来年に繋がるかどうかは明日の結果しだいではあるかな」
「そったごと言って、今度はプレッシャーかげるのやめでけろじゃっ!」
「ははは」
大きな手振りで顔を覆う昌也に、笑ってしまう。
半分くらいは強がりなのだろうが、それで充分だ。
真面目に堅苦しくやったって、つまらないのだから。
――その後も昌也と、いろんなことを話した。
これだけ長い時間一緒にいるのも久々で、話題は最終的に音楽そのものの話になり、お互いに好きなアーティストの話で盛りあがる。
好きな曲を流しあったりもした。
今はどこにいても、スマホやタブレットがあってネットに繋がってさえいれば、簡単に音楽が聴ける時代だ。
ストリーミング配信サービスも充実しているため、昔のようにあらかじめデータをダウンロードしておく必要もない。
もちろん音楽だけに夢中になることはなく、視線はしっかりと、並べられた機材たちを捉えていた。
だからこそ、気づいたのだ。
「お、おい、卓真っ」
「どうした?」
「い、今そごば、なんが小さい影とおったんだけど……」
昌也が指差したのは、イベント広場正面の来さまい橋通りのほうだった。
屋根を支える柱がいくつかあるため、隠れることはできそうだが……。
「なにかって、なんだ?」
「わがんね! カモシカか、クマか、サルか?」
「カモシカとクマは、あの柱に隠れるのは大変そうだな」
「へばサルだ!」
「薬研の辺りならたまに見るけど、こっちまで来るサルはほとんどいないだろ」
下北におけるサルの繁殖地は、昌也が生まれ育った場所でもある脇野沢地区だ。
まさかりで言うと、刃のいちばん尖った部分。
ここには、世界で最も北限に位置するサル類であるニホンザルが棲息しており、野生のサルが街なかに出てくることはたびたびあった。
だが、脇野沢からこの市街地に来るまでは相当な距離があるため、こちらではめったに見かけない。
ちなみに、カモシカとクマも当然天然ものだ。
カモシカのほうは、特別天然記念物に指定されているニホンカモシカで、街に出没してもさほど害はないため、みんな遠目に見守るくらいだった。
逆にクマのほうは、ひとたび目撃情報が出ると市内全域に警戒放送がかかり、注意が促される。
近年は特に目撃例が多く、農作物を荒らされる被害なども出ていた。
ようするになにが言いたいかというと――万が一クマだったら大変だ!
もちろん、盗み目的で近づいてきた人間という線だって捨てきれない。
俺たちは顔を見合わせると、頷きあった。
「昌也はここから見ててくれ。俺が行ってくる」
「だ、大丈夫が?」
「おまえに行けって言っても、無理だろう?」
「わいだっきゃ怖がりだしてな!」
「知ってる」
というわけで、俺が偵察に出る。
ステージからおり、左側のトイレに行く振りをして、建物の裏にまわりこんだ。
身を屈めて、柱の陰に誰か隠れていないか視線を向ける。
「……っ!?」
一瞬、本当にサルかと思った。
それくらい小さかったのだ。
だが、よくよく目を凝らしてみると、間違いなく人間だ。
しかも、本来ならばこんな時間にいるはずのない子ども――
そこで俺は、ハッと気づいた。
心当たりがあったからだ。
「きみ!」
トイレの陰から飛び出して声をかけると、その子はビクリと大きく跳ねた。
それから脱兎のごとく逃げていく。
「待ちなさい……っ」
事情がなければ、別に追う必要はなかった。
機材にイタズラをしようと思って来たのかもしれないが、まだされたわけじゃない。
脅迫メールだって、犯人がわかっている今、実害はない。
わざわざ追いかけて怖がらせるような真似をする理由は――他に、あったから。
小学生はすばしっこいものの、脚の長さで言ったら大人の俺に分があった。
普段重いカメラを持ってあっちこっち行っているのだ、体力だって自信がある。
ほどなく追いつくと、後ろから抱きあげてやった。
「は、放せじゃ!」
浮いた脚をばたつかせても、俺の力には敵わない。
「駄目じゃないか、こんな時間に出歩くなんて。家を抜け出して来たのか?」
「そったの、おめさ関係ねぇべなっ」
反抗的な態度だ。
とても事情なんか聞き出せそうになかった。
――だが、もう、それでいい。
「悪いけど、『まさかリズム』は絶対に開催するよ。きみのためにもね」
「は……? なに言ってらんだ?」
「明日も来るつもりだったんだろ? お兄ちゃんが出るもんな」
「な、なんでそったごと知ってらのさ!?」
驚きで反抗心を忘れてしまったらしい。
子どもは別々の感情を同時に持つことが苦手で、こういったことはよくある。
取材の経験からそれを知っていた俺は、その子を地面におろしてやった。
すると、逃げるどころか逆に、俺のズボンに掴みかかってくる。
「もしかして、お兄ちゃんがなんがよげぇなごと言ったのが……?」
「俺はよけいだとはまったく思わなかったけど」
「屁理屈言うなっ」
「へ、屁理屈……」
年齢に似合わない言葉だ。
きっとこの子自身が、よく言われているんだろう。
俺は苦笑をおさえつつ、続けた。
「とにかく、だ。明日の夕方、ここにおいで? 本当はお兄ちゃんに頼んで連れて来てもらおうと思ってたけど、本人に会えたからちょうどよかった」
「な、なにが企んでらのが!?」
「ああ、企んでいる」
俺はしゃがむと、視線の高さを合わせて訴える。
「だから、絶対に来るんだ。来なかったら、きみは戦いから逃げたと判断する」
「な……っ」
わざと挑戦的な言葉で煽ると、その子は俺を後ろに押し倒した。
子どもとは思えない、強い力だった。
「誰が逃げるがっ!」
逃げながら言われても説得力はないが、遠ざかる背中に向けて、さらに来やすいよう追い打ちをかけてやる。
「運がよければ、海軍コロッケをタダでもらえるからね~」
ちゃんと聞こえたのか、一瞬立ちどまったのがおかしかった。
どうも憎めない子だ。
悪いことは悪いと、ちゃんと教えなければならないという意見もわかる。
だが、教えかたが悪いと逆効果になるのだ。
無理やり謝らせたところで、当人に謝罪の気持ちがなければ意味がない。
――俺は、あの子にも音楽を好きになってほしかった。
『まさかリズム』を楽しんでほしかった。
いつまでも悲しみを引きずっていたら、お兄さんだって浮かばれないだろう。
「なに話してらったんだ?」
俺がステージ上に戻ると、さっそく昌也が話しかけてきた。
相手が人間以外の動物でなかったことは、さすがに察していたらしい。
「京介くんの時間に観に来るように、誘導しておいたよ」
「ああ……例の『脅迫メールくん』だったのが」
「物理的に邪魔しようとしに来るなんて、よっぽど嫌だったんだな、『まさかリズム』の開催」
「芳雄くんの話だば、メールはまだ毎日届いでらみてぇだしてな」
「そっか……」
――でも、だ。
それでも、その情熱はきっと、行き場のない想いから来ていて。
正しい方向に導いてやれば、大きく花開ける。
俺はそう考えていた。
なにしろ、お兄ちゃんのほうはとてもまっとうに音楽と向き合っているのだ。
もしかしたら、ただ反発しているだけなのかもしれない――
「あ」
そこで俺は、気づいた。
「あの子が音楽を嫌っている理由こそ、屁理屈そのものじゃないか」
「音楽さ罪はねぇもんなぁ」
「うん……」
じゃあ、今度は俺が指摘しよう。
本当はきみだって、音楽が好きなはずだ、と。




