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ダークエルフ姉妹と召喚人間  作者: 山鳥心士
第十話 氷河の国
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傍目八目


 エルザ・アルザスは先代雪女族の千年戦争について思案していた。どうにも、話が噛み合わない部分があり、疑問が疑問を産む。


 まず、千年戦争の遺跡について。


 記憶が曖昧になっているという事で詳細な情報は得られなかったが、神界器(デュ・レザムス)の封印場所の構造。


 ブランが残した資料では石碑のようなものがあったとされているが、先代が封印した場所は兵器倉庫だった。兵器を保管する場所にわざわざ神界器(デュ・レザムス)ごとに石碑を残すだろうか。


 肉体を一部犠牲にするほどの呪術で遺跡に人払いを施したとも言っていた。しかし、現状の遺跡は立ち入ることが出来るが、常人で発狂、神界器(デュ・レザムス)を持つものは神蝕のトリガーとなる。


 記憶はあくまで記録であり、先代の主観に過ぎないと主張する魔王ニルスがこの齟齬に気がついていないはずがない。


 グレンが感情的になってしまったせいで聞きそびれたので日を改めた時にまた質問しよう。


 そう考えていた夜、周りが見えていなかったので用を済ませた後に自分が城内で迷子になっていることに気がついた。おまけに灯魔石の魔力が尽きたので薄闇の中を進むしかない。


 (・・・困った)


 適当に歩いていれば誰かに出会うだろう。その誰かに案内してもらえばいい、と開き直り再び考え耽る。


 グレンが感情的に怒声を上げたのは意外だった。年上の頼りになる男の人が取り乱すとこちらまで不安になってしまう。


 それに、人間族が愚かだというのは充分に理解したが、魔王ニルスの言い分の方が正しいと思う。種族だから全員が愚かとは思わない。グレンはグレンだし良い所も悪いところもある。それはスミレだって一緒だ。一色単にするのは間違っている、だからあの時はグレンを制した。制さなければスミレだけでなく、グレン自身がもっと深く心に傷を負ってしまうと予感したからだ。


 大切な人が傷つくのは嫌だ。


 それだけはエルザの確固たる意思である。


 「ッ!?」


 硬いような柔らかいような温かい何かにぶつかった。鼻を強くぶつけて思っていたより強い衝撃だったのか思わず涙ぐむ。


 「お、おうエルザ。灯魔石も持たずに何してんだ?」


 目の前には気まずそうにしているグレンが立っていた。


 チクリと、少しだけ胸が痛い。


 グレンのことを考えている所に、思わぬ本人ご登場で嬉しいような、恥ずかしいような、よく分からない気持ちがエルザの中に渦巻いた。


 鼻を押さえて誤魔化した。


 どうやらお互いに迷子なのだという。


 なんだか可笑しいな、だけど悪い気分じゃない。



 何故か辿り着いた遊戯室で酒に酔った魔王ニルス (というかニルスちゃんと言いたくなるくらいキャラが変わっている)とグレンを見るやあたふたするリスティアと四人でポーカーをすることになった。


 カードゲームの存在は知っていたが遊ぶのは初めてで、改めて外の世界に出て良かったとエルザの知的好奇心が沸き立つ。


 はたまた何故か、脱衣ルールがニルスちゃんによって強制的に決められた。


 それについては特に思うことはなかった。


 だけど、ゲームを進めていく中、ニルスちゃんとリスティアがグレンしか見ていないことに少しだけ腹が立った。だから、何がなんでもグレンと一緒に勝ってやろうと決意した。


 幸いにも心理的要素が強いゲーム、感情を読まれないようにするのはエルザの十八番である。


 更に、ゲームが始まる前にテーブルから落ちていたカードを拾っていた。落ちていたことを言い出せず、ディーラーであるハイドが枚数を確認せずにゲームを開始したので終わってから言えばいいと思っていたが、エルザはこれを使うことにした。


 あとは、グレンの役に合わせるだけ。



 ゲームは終盤を迎えた。


 察するに、グレンの役は勝負に出せる程度には強いものが揃っている。ニルスちゃんは強気な姿勢を崩さないけどたぶん、グレンよりは下。リスティアは、完全に敗北している。


 あとは順番に手札を見せて勝負するだけ。グレンの手札に合わせて、拾ったカードで同じ役を目を盗んで作る。


 グレンの役は・・・ストレート。幸いにもストレートを作ることは出来る。


 そして、倒すべき二人。ニルスちゃんはスリーカード、リスティアはワンペア。


 裾に潜ませていたカードを素早く、見つからないように入れ替える。三人の視線はこちらに向いておらず、難なく入れ替えは成功した。


 グレンの緊張と不安の眼差しがこちらに向けられる。ようやく、自分を見てくれた。少しだけ揺れる心。


 だけど、リスティアは負けが確定したことに嘆き、ニルスちゃんは興味を失っている。見てくれているのはグレンだけ。


 腹が立つ。


 だから意地でもエルザという存在を、二人に焼き付けてやろうと思った。そのための100ベッド。


 グレンは息を呑む。



  エルザの手札

   ハート:10

   スペード:J









 「同じ役・・・!?」


 グレンは安心しているのか唖然としているのか、それ以上言葉がでなかった。


 てっきり、もっと強い役を揃えて勝負に出てくるであろうと予想していた。それは、グレン以外も同じように予想していた。


 「こ、この場合ですと、どうなるのです? ハイド」


 リスティアは決定した敗北を嘆くのを止め、予想の斜め上の結果に我を取り戻す。


 ニルスは、無言。


 「通常でしたら同じ役の場合で引き分けの場合、勝者で賭けを山分けするのですが。脱衣ルールですと恐らく、グレン様とエルザ様の勝利。ニルス様とリスティア様の敗北となるかと―」


 「・・・私"達"の勝ち。魔王様でもルールは守ってもらう」


 ハイドの説明を遮るように勝ちを主張するエルザ。遊びとはいえ、その語気はとてつもなく迫力のあるものだった。


 「ふん、戦いは始まる前に終わっておったか」


 エルザを見つめ、再び無言に戻るニルス。


 「くっ、負けてしまったからには仕方がありません。素肌を殿方に晒すのは些か不満ですが、ニルス様の決めたルールです」


 顔を赤く染めて、目がぐるぐると回っているリスティアはワンピースを脱ぎ捨て、下着姿を露わにした。


 「ぶっッ!? ちょ、ちょっとリスティアさん!?」


 思春期真っ只中男子のグレン。期待していたとはいえ、いきなり年上の女性の下着姿を目にするのは背徳感と好奇心の狭間で揺れ動いてしまう。


 もはや収まる勢いがないリスティアは胸の下着を外すため、手を背中にまわす。


 (ごくり・・・)


 ニルスが無言なのは気になるが、自身の尊厳(アレ)を死守したのだ。ご褒美として裸体を目に焼き付けてもバチは・・・。


 グレンの視界だけが真っ黒になった。


 「あ、あれ? 何も見えねぇぞ!!」


 「・・・目に毒だから視界を封じた」


 「おいエルザ、そりゃああんまりじゃあないか?」


 「・・・」


 まさかのご褒美を、受け取る直前で奪われてしまった。


 「くっ、やはり責任をとっていただく他は」


 「ふん」


 「ほう・・・視界を遮る魔術ですか」


 「だーつーい、だーつーい」


 魔王側の四人は各々、好き勝手に言葉を紡ぐ。若干一名 (たぶんメイドだろう)は主に向かって脱衣コールを掛けている。怖いもの知らずか。


 などと、この混沌とした収拾のつかない状況。見えない視界のせいでどうしようもなく、頭を抱えるグレン。


 (そうだ、本来の目的を思い出せ。早く部屋に戻って寝ようそうしよう)


 とりあえず、正面に座っているであろうニルスに向かって、部屋に戻りたいと口にしようとしたその時。


 (冷気!?)


 この城の中は外の雪景色と違い、温かい。本来なら冷気を感じることは無い。それが、すぐ真横に感じられる。


 エルザが座っていた場所に。


 「エルザ!?」


 視界は暗闇のままだが、エルザの安否を確認するため手をエルザに向けて伸ばす。


 冷たい。


 触れたものは氷。あまりの冷たさに手を引く。このまま触れ続けていたら自分の手までもが凍りついてしまう程に強力な冷気。


 「やはりな、つまらぬことを。あまり慣れないことを実戦で行うでないぞ。ここが戦場ならば主はすでに死んでおるぞ」


 氷よりも冷たい声で背後からニルスは隣にある氷の塊に語りかける。


 視界が見えない今、危機的状況であると察知したグレンはテーブルナイフ程の大きさの"妖精の輝剣(アロンダイト)"を握り、妖精の加護による自身へ魔術干渉を断ち切った。


 視界が鮮明に映る。


 エルザが座っていた場所は、氷晶の柱が立ち、エルザの頭と右腕以外を氷漬けにして逆さに吊られていた。


 そして、エルザの真下には二枚のカードが落ちていた。


 「まさか、エルザ、イカサマを・・・!? いや、今はそっちじゃあねぇ。これはどういうことだ!! 俺達には手を出さねぇんじゃあなかったのかよ?」


 「こ奴はつまらぬことをしたのだ、愚かだ。人間族と変わらぬ愚かさよ」


 この言葉にグレンの頭の中の何かが切れた。


 「ふざけんなよ、おい。たかが遊びにそこまでしなくてもいいだろうがよ!!」


 「グレンよ、遊びと戦争の境目はどこまでと思う? 余には境目は存在せんと思う。それと同じように種族と感情に境目があるとは思わぬ。」


 「何を言ってんだてめぇはよ!? さっさとエルザを離せ!!」


 「やれやれ、リスティアも前途多難じゃな。すぐ頭に血が上るのは若さ故か」


 「ぶつぶつ言ってんじゃあねぇ!」


 テーブルナイフの大きさから短剣へと変化させ、ニルスに切りかかる。


 ニルスは掌を掲げ、氷の盾を即座に作りだし受け止める。触れたモノを即座に凍結させる盾だったが、妖精の加護により干渉もろとも縦は砕ける。


 だが、ニルスには受け止めたその一瞬で充分だった。


 僅かに出来た隙を突いて、グレンの鳩尾に鋭い蹴りを入れ、吹き飛ばす。


 「がッ・・・!!」


 あまりの素早さに避けるなどという考えすら与えない。蹴りを素で受けたグレンは呼吸が止まり壁に激しく打ち付けられた。


 「弱いな、あまりにも、弱い。あたしはもう眠い。ハイド、ルクセア。こ奴らの手当てを頼んだぞ。あたしは寝る」


 「かしこまりました」


 執事とメイド長は揃えて返事を返す。


 ニルスが指を鳴らすと、氷の柱は魔力の粒となって溶けていき、エルザを解放した。


 「ま、ま、て・・・」


 意識が遠のく。これで二度目。怒りで興奮していた脳は麻痺し、意識諸共暗闇へと沈む。


 「リスティア様は如何なさいますか?」


 下着姿のままのリスティアにハイドは問いかける。


 「酔っているとはいえ、ちょっとやり過ぎですね。グレンくん達の手当てと部屋まで送ったあと、ニルス様の様子を見てきますね。眠っていたらきっと今夜のことを忘れているだろうし」


 「かしこまりました」


 三人は治癒魔術を行使し、グレンの腹部の打撲、エルザの凍傷を癒した。怪我の具合からしっかりと手加減していたことに安心するリスティア。


 (こんな状況でグレン君の神界器(デュ・レザムス)を見ることになるとは思わなかったけど、やっぱり凄まじい力ね。ニルスの氷を無効化するなんて・・・。魔力は察知できるみたいだけど、まだ能力を得ていない。この子達が強くなったら、ニルスでも適うか分からないわね)


 伸び代がまだまだある人間の少年グレンに期待と不安を寄せる。強大な力に見合った器を得ていない少年。このままでは力に呑まれてしまうだろう。


 (明日の予定は決まったわね)


 ニルスが客員騎士として迎えたという事は、あの話に乗るつもりなのだろう。その為にもやるべき事がある。


 二人の治療を終え、部屋へ送り届けた。ニルスは二人の部屋のテーブルに書き置きを残した。



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