求める力と差
イルザとスミレはエルザの教えの元、魔術の鍛錬を庭で行っていた。
イルザは元々得意な火属性の上位魔術取得に向けて、魔術書とエルザの実演する魔術との睨めっこを続ける。
スミレはブランの手解きを受けていたとはいえ、単独で魔力を練ることはまだ難しい。ここ数日の鍛錬でオドとマナの違いを感じることは出来たが魔術行使までには至らなかった。
なかなか思うように成果を得ることが出来ず、二人は大きなため息をつく。
「あー、やっぱり私魔術は苦手だわ。魔力はそこそこ持ってるのに魔術行使が難しい。飛んだ宝の持ち腐れよね」
「・・・姉さんは体を動かす方が得意だものね。私でも取得にはそれなりに時間もかかったし、焦らなくていいと思う」
「それはそうなのだけれど。また戦いが起こったらと思うとね・・・」
「・・・姉さんは一人で背負いすぎ。私たち姉妹二人で生きてきたのだから、出来ない部分は互いにカバーすればいい」
いつもは温厚なエルザが珍しく怒っている。声色はいつも通り静かであるが、雰囲気がピリピリしている。
「ごめん。そうだね、正直に言うと強くなれない自分に焦ってるから一人で考えすぎちゃった」
「・・・ん、これからも頼りにしてね。私も頼りにするし、ご飯とかご飯とか」
「あのねぇ・・・」
呆れながらも仲睦まじく笑い合う姉妹。
そんな中、茂みの奥から聞き覚えのない声が響いてくる。
イルザとエルザはすぐに警戒体勢に入る。イルザ達の敷地内に入るには否が応でも、グレンの罠を避けなければならない。つまり、相手は罠を乗りこえて罠を張った主がいることを承知で正面からやってくる。
「複数人いるみたい、スミレは後ろに」
警戒体勢に入ったことを察したスミレは、二人の邪魔にならないように後方へ下がる。
緊張が、静寂が、空気を支配する。
精神を集中させ、声を聞きとる。
「はぇぇ、おっさんの神界器はすっげぇな!」
無邪気な知った声が聞こえてくる。
「・・・姉さん、あの声って」
「うん。でも警戒はしておきましょう」
声の主はグレンで間違いないが、姉妹は相手の攻撃が始まっているかもしれないことに警戒する。
「そ〜んな怖い顔しなくてもダイジョブっスよ〜」
姉妹の背後から突然、女の子の声がかかる。
(いきなり背後をとられた!?)
警戒していたにもかかわらず、気配を一切感じることが出来なかった。
すぐさま振り返ると、そこにはニシシと悪戯っぽく笑う、同じくらいの背丈の少女が立っていた。
ポニーテールにした髪とつり目が印象的で、スラッと伸びる白い脚を強調するかのようなショートパンツは快活に話しかける少女によく似合っていた。
「おーい! 帰ったぞ・・・ってアウラ、何してんだよ」
「ちょいと先回りしてご挨拶してたっスよ〜! にしても、ダークエルフというのはなかなかに見事な美しさを備えてるっスね〜」
イルザとエルザを交互に見てはなるほどなるほどと唸るアウラ。
「グレン、この子はなに? あと、後ろのお客様も」
「神界器の主だぜ。ああでも、敵じゃないから安心してくれ」
「どういうことなのよ・・・」
いきなり神界器の主を連れてきたグレンに頭を抱えるイルザ。
すると、グレンの背後に立っている大男が前に出てきた。
「君が少年の主か。俺はヴェンデって名の闘鬼族だ。ちょいと追いかけている奴がいて、近道にこの森を通らせてもらえねぇかね? 一応、少年には神界器の情報と引き換えにってぇ条件でここまで連れてきてもらったんだが」
無精髭と身長だけは高くひょろっとしてだらしが無さそうだが、圧倒的な力の差を感じさせる。
「まぁ、敵意はなさそうだから構わないわ。もし敵意があったのなら後ろのこの子にやられてるものね」
「そいつはありがてぇ」
「うぃうぃ、今度は上手くいったすねぇ〜ヴェンデ。あ、ボクはアウラっス! 人間でーっス! ほらほら、コルテも挨拶するっスよ!」
イルザとエルザはアウラと名乗る少女が人間だということに驚いた。グレンやスミレとは違い、目の前のヴェンデと同じ圧倒的な力を感じる。
「コルテ、よろしく。私も、人間」
無機質な声で淡々と挨拶するコルテ。黒色のショートヘアに黒を基調としたメイド服。その姿は人形のようだった。
「・・・人間が二人!?」
「そんなに驚くことかぁ? 見た感じ君らもさして変わらんように感じるがなぁ?」
ヴェンデはスミレに目をやる。
イルザとエルザはヴェンデがスミレを人間だと見抜いたことに気がついた。
「ほんと、怖いくらい不意をつくのね」
「まぁこれも経験の差。ってぇやつかねぇ」
イルザは冷や汗を感じる。首の真横に常に刃を当てられているような、おぞましい感覚。
「あーあーあー、ダメっスよ〜ヴェンデ〜。せっかく空気を和ませたのにピリピリさせないで欲しいっスよ〜。すまないっス! お二人と、後ろのお嬢ちゃんのお名前、聞かせてもらっていいスか?」
イルザとヴェンデの間に割って入り頭を下げるアウラ。
睨み合っていても埒が明かないので、仕方なくイルザ達は自己紹介を行った。




