世界浄化
サイゼ○ヤさんに入り浸っています
「退けレイン、目的は達成された」
闇の外からひどく落ち着いた男の声が響く。
イルザの眼前には針達磨の姿となったジェラートの神蝕体が針を伸ばしたまま動きを止められていた。神蝕体の周囲には魔界文字が鎖のように取り巻き、ギシギシと音を立てながら拘束している。
「はぁ〜い⭐︎ リーダぁの仰せのままに」
上機嫌な猫撫で声で地面の中から返事を返すレイン。リーダー、ということは"幻葬の鐘"のボスということなのか。
「惜しいな。駒を失うのは実に惜しいが計画に支障は無い。神体の確保が最優先だ」
一体何を言っているのだ? 神体とは何のことだ? イルザは沸き立つ疑問に苛立ちをみせる。知らないということがこんなにももどかしい。
「あんたがボスね、出てきたらどうなの! ラ・ヴィレスの王様は無事なの!?」
闇雲に声を張り上げる。
「使徒の末裔か。王なら安心しろ、無事だ。こうして王直々出向いてやったのだ。証拠としては充分だろう」
「王が直々———!?」
その言い草だとリーダーと呼ばれている男が人質となっているラ・ヴィレスの魔王ということになる。ロウがラ・ヴィレスの裏と表を支配するように、そのボスもラ・ヴィレスの表と裏を支配していたのだ。
そしてイルザたちを包んでいた闇が霧散するように晴れていく。目に映るは炎上する中庭、呻き声を上げながら拘束されている神蝕体、城の遥か上から見下ろす茶髪の青年と全身をローブで隠している謎の人物。
「へぇ…オルフェも来てたんだ」
地面から再び姿を見せたレインはローブの男を見るなり不服そうに呟いた。ローブの男の名前がオルフェでその隣にいる茶髪の男がボスなのだろう。
オルフェは褐色の腕を晒し、詠唱を始めた。魔界文字の呪詛がオルフェの周囲を取り囲み、幾重にも積み重なる。
「ヤバっ…! あたしがいるんだからちょっとは待ちなさいよ!」
慌てた様子でレインは大きく跳躍した。彼女の様子からしてイルザの立っている場所に何かを仕掛けてくるのがわかる。
「やれ、オルフェ」
ボスの合図と共にオルフェの周囲を取り巻いていた呪詛の羅列が、イルザの眼前で硬直するジェラートの神蝕体へと延びる。
イルザは直感で自分に害はなくとも危険だと感じた。何故そのように思ったのかは不明だが、体の奥底から湧き上がる不安がイルザを突き動かした。
"妖精の輝剣"は蒼白に強く輝き、イルザは呪詛を断ち斬ろうとした。
「———弾かれた!?」
斬撃は通らない。ありったけの魔力を込めた一撃だったはずなのに、呪詛は他者の干渉を許さなかった。
「そのまま攻撃を続けろぉ!! イルザの嬢ちゃんよぉ!!」
空から声。赤銅の煌めきが一直線に神蝕体へと落ちる。
「ヴェンデ!? あなた一体今まで何を———」
「話はぁ後だ。今一刻も早く呪詛を止めなきゃぁならねぇ」
ヴェンデは神蝕体に起ころうとしている何かを知っている。イルザの直感は正しく、それは危険なものだった。考えている暇はない、一刻も早く呪詛が発現する前に止めなければならない。
「終わったら知ってる事全部話してもらうわよ」
「安心しろ、はなからぁそのつもりだぁ」
イルザは再び"妖精の輝剣"に魔力を注ぎ込み、爆発的な威力を込めた斬撃を神蝕体と呪詛に叩き込む。
「装填、ドレッド・バレット!」
"天道の陽銃"に弾丸を装填し、シリンダーを回転させる。通常ならば回転させる動作は必要ないが、ドレッド・バレット使用時のみ回転させる必要がある。
「一日に何度も神蝕体に出会うとはぁなぁ? まぁ、大人しく眠ってくれや」
二丁の引き金を同時に引く。銃口から伸びる一筋の熱線が神蝕体を貫く。
神蝕体は抵抗を見せない。動きを完全に封じ込まれており、全身の針すらも微動だにしない。神蝕体の守りを固めているのは、オルフェが放った呪詛であった。
「なん…なの…よっ!! びくともしないじゃない!」
イルザのヴェンデの猛攻は徐々に弱まっていく。一頻り神蝕体の全身を巡り終えた呪詛は紫紺色の結晶となり、その中へ神蝕体を封じ込めた。
「ちっ…遅かったか」
熱線を吐き出し終えたヴェンデが舌打ちをする。呪詛の妨害に失敗した。だが起こったのは結晶化だけで他に危険な挙動はない。
「イルザ!」
「グレン、ティアは無事なの?」
「ああ、頼もしい助っ人が安全な場所まで連れて行ってくれた。ほら」
グレンは自分の背後を指し示す。
「エルザ! それにアウラとコルテ! 無事でよかった…!」
「うへ〜! なんスかこのでっかい結晶は———」
駆け寄るアウラは結晶を見た後、イルザの隣に立つヴェンデに向かって安堵した表情を見せながら。
「終わったっスか?」
「おかげでな」
短いやりとりを終え、イルザたちは城壁の上で見下ろす三人を睨む。状況は切迫している、だが数ではイルザたちが有利だ。
「あはは! 雑魚がワラワラとフナムシみたいに集まってきっもちわる〜い⭐︎ もしかして数さえ揃えば自分たちの方が有利とか思ってたりしないよね〜?」
「事実、そうだと思うけど?」
嘲笑うレインにイルザは冷静さを保って返答する。冷静さを欠いては覆せるものも覆せなくなる。
「レイン、無駄に刺激をするな。計画の遂行が最優先だ」
「はぁ〜い⭐︎」
呪詛を仕掛け終えたオルフェは再びボスの一歩後ろへ下がる。それを替わるようにボスの手には桜色に輝く槍が現出する。
「ラ・ヴィレスの魔王、クレビン・アーカム! おめぇの狙いはぁ何だ? 新世界の神にでもなるつもりかぁ?」
ヴェンデの両手が鉄紺色に輝き、イルザが初めて目にする神界器である戦鎚が握られていた。
その鎚を見るや否や、クレビンと呼ばれたボスは冷めた瞳で表情を変える事なくヴェンデの問いに応える。
「ロウもやられたのか。こちらの被害は大きいようだな。オレたちの目的を聞いたところでどうもできまい。世界浄化に抗うことなく消え去るのだからな」
「世界浄化…? それは一体———」
言葉の意味と状況が飲み込めないイルザ。世界浄化———。それではまるで、世界そのものを作り変えようとしている風に捉えられる。
「これ以上は時間の無駄だ、手始めに我が王国から浄化を始める」
クレビンの神界器が桜色に強く輝くと同時に、オルフェは再び呪詛を唱え始める。
「イルザの嬢ちゃん!! 全力でアレを止めるぞ!!」
「あ〜ら⭐︎ あたしがそれを許すと思う〜?」
「ちっ…!!」
鮮烈なレインの脚技に足止めをくらうヴェンデ。赤銅色の鎧が深緑のブーツとぶつかり合う。
アウラとコルテはヴェンデに加勢した。レインの妨害はヴェンデに任せて自分たちでできることをするしかない。
「エルザ援護をお願い! グレン!」
イルザの呼び声にエルザとグレンはうなずく。エルザは杖を構えて自身の魔力を練り上げる。
「…霹靂を歩む者、気高き咆哮を上げよ。幻獣召喚、雷帝ボルティック・ペガサス!!」
エルザの目前に紫電の魔法陣が描かれ、激しい雷轟と共に紫電を帯びた天馬が召喚される。
エルザの"躍進する者"創術系能力"幻獣召喚"。エルザは属性を付与させた幻獣を任意に召喚できるようになっていた。
「…姉さん、乗って! その子は姉さんの意思に従うわ!」
「ありがとうエルザ」
イルザとグレンは天馬に跨った。雷にも似た雄叫びを上げる天馬は地面を蹴ると、遙か上で見下ろしてるクレビンとオルフェの元へ空を駆ける。
「オルフェ、お前の血族は幻獣をも手懐けるようだな」
「……」
返事をすることなく淡々と呪詛を連ねるオルフェ。その呪詛に応えるかのように桜色の輝きを脈動させる"破丘の桜槍"。
イルザは天馬を自在に操る。自分の思念がそのまま天馬に伝わっているのか、思い描いている道筋通りに空を駆けてくれる。
「イルザ、俺はボスをやる。お前はオルフェを止めてくれ」
「わかったわ。だけど無茶はしないでね」
「それはお互い様だぜ? お前を守るために俺はこうして生きてるんだからな」
「だったら私が無茶してもしっかり守ってよね?」
「それこそ無茶ってもんだぜまったくよ」
短いやりとりを終え、クレビンの元へ降り立つイルザとグレン。二人の手には"妖精の輝剣"が、エルザの召喚したボルティック・ペガサスによって紫電と蒼白が入り交じった輝きがクレビンとオルフェ、それぞれに振り下ろされる。
イルザの剣先はオルフェを覆うマントを翳める。
オルフェは刹那の感覚で後退するが、頭を覆っていたマントは引き裂かれた。
「その…顔は……!?」
素顔を露わにしたオルフェを見てイルザは言葉を失う。その姿は、写真でしか知らないイルザの父親と瓜二つであった。
「……」
その姿を見られてもなお呪詛を止めないオルフェ。
例え敵対している者が自分の父親であっても止めなければならない。その使命感がイルザを突き動かす。
「父さん…っ! いえ、あなたは! 父さんじゃ! ない!!」
剣の応酬、次々と斬撃を浴びせようとするがことごとく避けられる。イルザは確信していた、目に映る男は父親ではないと。根拠はない。だが、得体の知れない感覚が父親であるということを拒絶する。
「…そうだ。俺はお前の父ではない。…奴の、兄だ」
「兄…っ!?」
イルザの動揺に一瞬の隙を突かれ、腹に蹴りを入れられる。
「ぐっ…!」
凄まじい蹴りに後退する。怯んでいる暇はない、呪詛の完成を阻止しなければいけないとイルザの直感がそう叫ぶ。
「…無駄だ。時間切れだ」
その言葉と同時にオルフェの周囲の呪詛がクレビンの神界器へと移る。
「がっ…!!」
その神界器はグレンの胸を貫いていた。
「グレンっ!!」
クレビンは穂先を抜き捨て、グレンの肉体は地面へと落下する。
その様子を見ていたオルフェは闇色の空間を生み出し、その中へ足を運ぶ。
「…お前は選定を抜けれるだろう。精々足掻くといい」
その言葉を残してオルフェは闇色に消える。
選定とは一体何のことだろうか、そんな疑問を他所に城壁から落とされたグレンを追うイルザ。イルザの呼びかけに天馬は応え、落下するグレンとイルザを拾う。
「これより、世界浄化の選定を開始する」
クレビンの号令が響く。
「手始めに我が国ラ・ヴィレスの選定に入る。神の裁き、特と受けるが良い」
クレビンの神界器が異様な桜色を発する。クレビンのその目には結晶化した神蝕体が映っている。
「どちらにしろぉこの国はもうだめだ。全員撤退だぁ! 海に走れぇ!」
見切りをつけたヴェンデが叫ぶ。
グレンが負傷した今、戦闘を続けるのはリスクが大きいと判断したイルザは天馬に跨ったまま、エルザを拾い城外へ逃げる。
クレビンは手に持った呪詛を帯びた神界器を結晶化した神蝕体に向けて投擲し、突き刺した。イルザたちの攻撃にびくともしなかった結晶を軽々と貫き、桜色と藤紫色が入り混じる光がドーム状に広がっていく。
あの光に呑み込まれるのはマズい。その場にいた全員がそう感じた。
光は壮絶な速さで広がっていく。
「とにかく走れぇ!!」
「あわわ…! ほんとなんなんスかさっきから!!」
先頭を走るヴェンデを追いかける。街を抜け、市場を抜け、無我夢中で光から遠ざかる。
港へと抜けると一隻の船と見覚えのある二人が大きく手を振っている。バジルとラウドがイルザたちを待っていた。
「急げ!! 出航準備は出来てる!!」
「さすがバジルさんっスね!!」
「さすがと言いたいのはオメェの読みだよアウラ! 全員乗ったな? 出してくれ!」
全員が船に飛び乗ると魔力を全開にして船が出港する。
迫りくる光は紙一重のところで逃れることができた。
「みんな無事?」
イルザの声に各々手を上げたりして反応を返す。無事ではないのは胸を貫かれたグレンだけだった。
「…姉さん、グレンの止血をしよう。リスティアの隣のベッドに寝かせてあげて」
リスティアをこの船に運んだのはバジルだった。
スミレを施療院から運んだ際、もう一隻脱出用に船を用意しておいて欲しいとアウラが頼んでいたのだった。アウラの読み通り、船はラ・ヴィレス脱出に役立った。
船の後ろを振り返ると、砂と水の国ラ・ヴィレスは光の柱に包まれていた。
「…世界浄化」
クレビンは選定と言っていた。その真意は不明だが世界そのものを作り替える様な強大な力を感じる。
イルザたちは船の上でただ光の柱を見ることしかできないのであった。
「あ〜! 疲れたぁ〜!! ねぇリーダー、結局選定に残ったのってあたしたちだけ?」
砂嵐に包まれるラ・ヴィレスだった場所。結晶の前でレインは空中で寝そべっていた。
「この国の民は新世界に不要だということだ」
風化した城壁に座り込むクレビン。その目は北を見つめていた。
「ま⭐︎ あたしにはどうでもいいけどね! あーあー、それにしても本当にあたしたちだけか〜ジェラもロウも逝っちゃったなんてなっさけな〜い」
「リグレット、いや、リスティアか。裏切ったのは惜しいがオレたちには些細な損失だ」
「そうよ、リグレットの奴、次こそは絶対ブチ殺してやるんだから…! それはそうと、どうしてオルフェがいるのを黙ってたのよ〜?」
「……」
銀髪褐色の男、オルフェは無言を貫く。
「オルフェは世界浄化の要だ。ギリギリまで存在を隠す必要があった」
「せめてあたしには教えて欲しかったな〜」
「許せレイン。さて、しばらく休んだら北へ向かうぞ。世界浄化は始まったばかりだ」
「は〜い⭐︎」
三人となった"幻葬の鐘"は世界浄化の名のもとに星の救済を目指す。ラ・ヴィレス魔王国だった場所はその日から地図から消えたのだった。
ラ・ヴィレス編これにて終幕です。
次回
ラ・ヴィレスから逃げ戻ったイルザたちは世界浄化の対策を立てる。
そして眠ったままだったスミレが遂に目を覚ますが…。
といった具合でお送りしようと思います。




