痛覚追跡(ペイン・チェイサー)
納豆はひきわり派です。
『うおおおおああああーっ!』
ずしーんと地面に叩きつけられるイルザとグレン。魔法陣に飲み込まれぐるぐるとめまいのような感覚に陥った後、天井から真っ逆さまに落ちた。
「いっつー・・・」
正確にいうと地面に叩きつけられたのはグレンだけだった。僅差でイルザが後から落ちたのでグレンは地面とイルザのサンドイッチの具となっていた。
「痛ぇ・・・けど、やわらけー・・・」
「ちょ、ちょっと! こんな時にふざけないでよ!」
グレンの頭は運がいいことにイルザの胸に埋もれていた。イルザは慌ててグレンの上から離れ、変態撃退パンチを一発お見舞いしておいた。
「痛って!? 理不尽だぞ!?」
「変なコトいうからよ」
ベーと舌を出す。ラッキースケベなんて許してたまるか。
それはそうと頭を状況把握に切り替える。辺りを見渡してみると先ほどまでのエントランスホールとは打って変わって、石に囲まれた薄暗いじめじめした空間である。石柱が何本か立っており、闇が広がっていることから、比較的広い空間なのだと推測する。
そして耳を澄ましてみると、かすかだが水の流れる音が聞こえる。
「なんで俺たちだけこんなところに飛ばされたんだ?」
「神界器・・・が狙いなのかも」
「にしては誰も姿を見せねぇな。とりあえず、リスティアの元に急ごう。俺たちより強いのはわかってるがそれでも心配だ」
「そうね、場所から推測するに地下みたいだし上を目指しましょう」
残されたリスティアは神界器の所有者ではない。”幻葬の鐘”のレインという女は非常に危険だ。一先ず、今いる場所がどこなのかをはっきりさせて、急いでリスティアの元へ戻らなけらばならない。
一歩、足を前に踏み出した。
石柱に幾多の魔法陣が展開する。
「走るぞ!」
危険をいち早く察知したグレンはイルザの手を引き全力で闇の中を駆け出した。
魔法陣から緋色の閃光が横殴りの雨のようにイルザ達に襲い掛かる。緋色の閃光は闇を駆けるイルザ達の肉体を傷つけた。
イルザの手を引きつつ、グレンはバックパックから灯晶石を取り出し闇を照らす。先には鉄製の檻があり、自分たちは閉じ込められているのだと察知した。
「私が斬るわ!」
イルザは”妖精の輝剣”を手にし、自身の能力を発動させるため魔力を剣に集中させる。
”妖精の輝剣”の圧倒的な切れ味と”覗想斬断”で断ち斬ることができる。とイルザは自身に言い聞かせ、斬れると確信する。それに呼応するかのように”妖精の輝剣”の刀身が蒼白に輝く。
魔力の高まりが最大限に達したところで剣を檻に向けて二撃。
能力を発揮したイルザの剣筋は鉄を容易く斬り落とした。
檻を抜けると細い通路と水が流れる溝が一本。随分と長いのか、灯晶石の灯が届かない。
魔法陣から射出していた閃光は檻の外は攻撃範囲外のようで一先ずは難を逃れた。
「怪我は大丈夫か?」
グレンの全身に切り傷の跡が複数残っている。自分も怪我をしているのにイルザの心配をするグレンに優しさと頼もしさを感じる。
「グレンと一緒であちこち傷だらけだわ・・・。特に左足を深くやられたみたい」
「ならこいつで縛って止血しておけ」
イルザはグレンから包帯を受け取り、切り傷を圧迫するように包帯を巻く。
「ありがとう、治癒魔術も使っておきましょう」
光属性初級魔術である治癒魔術は肉体の自然治癒力を高め、怪我を直す速度を速めるというものである。前提として自然治癒が働く程度の体力がある状態でなければ効果は薄い。
イルザは自身とグレンに治癒魔術を行使する。
―――何かがおかしい。
前提条件である肉体の体力は充分にあるといえる。だが、傷口の出血が収まる気配がまるで感じられない。それどころか血液が凝固していないのである。
「僕の能力はいかがかな? さすがに鉄を剣で斬ったのは驚いたけれど、神界器ならそういうことも納得ができるよ」
通路の奥から青年と思わしき声が響く。映像晶石で聞いたロウの声とは違っていた。
「誰!? まさか”幻葬の鐘”のメンバーとか言わないでしょうね」
「くくく・・・よくわかったね、その通りさ」
闇から姿を現したのは金髪の青年。瞳は赤く、端正な顔立ちは貴族然としている。容姿は人間族と同じで身体的な特徴は見当たらない。
「人間・・・か?」
人間族に近い種族をこれまでいくつか見てきたが、どの魔族も角であったり翼や毛皮など人間にない者を持っていた。最も人間に近いのは鬼種。鬼といっても彼らには物語に登場するような角を持った種族ではないということグレンは思い返していた。
「ふむ、高級食材扱いされるというのは悪くはないが僕は吸血鬼さ。そういう君は人間族だね? とてもいい香りがするよ」
吸血鬼の青年はグレンを見るなり舌なめずりをする。
「なんなんだこいつ・・・気持ち悪ぃぞ!」
「失敬だな、これでも食欲を抑えてるんだ。それに君はダークエルフだね。まさか絶滅した種族の血を一度に二つ味わえる日が来るとは思わなかったよ」
「絶滅した・・・ですって!?」
イルザは冷や汗が流れるのを感じた。物心ついた時からイラエフの森で家族だけで暮らしていたイルザは同族の存在を知らない。それでもこの大地のどこかに自分と同じダークエルフが存在していると思っていた。もしかしたら旅の中で出会えるかもしれないという期待を抱いていた。
「なんだい知らなかったのかい?」
吸血鬼の青年はイルザの反応をみて肩をすくめる。
「そういうお前は随分と詳しいみてぇだな」
「おいおい僕にはジェラード・ノービレという名前があるんだ。お前と呼ぶのは失礼だと思わないのかい? 失礼ついでに君たちの名前も聞いておこうか。食材にも名前があるんだ、大事にしないとね」
―――食材。ジェラードと名乗った吸血鬼にとってイルザ達はただの食料にしかみえていないらしい。そういった扱いは不服だが名乗り返さないというのは大人げない。
「私はイルザよ、彼はグレン。さあ、ダークエルフについて教えて頂戴」
「教えるも何もただ絶滅した。それだけのことさ」
軽い口調でイルザの言葉を流すとジェラードは両腰に藤紫色に輝く装身具を現出させた。
「仕事の為だ、イルザ君には死んでもらうよ。そしてグレン君は生きたまま食料になってもらおうか!」
ジェラードは装身具から複数の光の針を抜き出す。
「くそ! 完全に殺る気満々じゃねぇか! イルザ、一旦引くぞ!」
「ええ・・・」
吐き気が、めまいが、イルザの動作と思考を鈍らせる。
「死体は丁重に扱わせてもらおう」
藤紫色の針がイルザに向けて投げられた。
「まずい!」
イルザが深く傷を負ったという右足を見ると、足元に血だまりができていた。どうやら止血がうまくいかず傷口から血を流し続けていたらしい。
グレンは動きが鈍くなっているイルザを強く引っ張り寄せた。
それと同時に藤紫色の針は地面へと突き刺さり、光が膨張して炸裂した。
「しばらくは身を隠せそうだ・・・」
ジェラードが仕掛けた攻撃による爆風を利用して姿を隠したグレン達。
再び牢に戻る羽目になったが、不幸中の幸いなのか石柱による魔法陣からの攻撃は無かった。どうやら一回限りの警報を兼ねた罠らしい。ジェラードはその後始末のために牢までやってきたというところだろう。
問題はイルザの傷だ。
出血の量が酷く、イルザの意識は完全に朦朧としている。これでは逃げるどころか立つこともままならない。そして塞がらない傷。治癒魔術を行使したというのに傷が塞がる気配が微塵もない。それはイルザだけではなくグレンも同じだった。違うのは傷の深さ。グレンの傷は血が出るほど深くないおかげで行動できている。
パリ・・・パリ・・・
逃げるときに撒いておいた木の実の殻を踏む音が響いた。ジェラードがもうすぐそばまで近づいてきている。
ジェラードの両腰に身に着けていた装身具はおそらく神界器だろう。どんな特筆能力を秘めているのかは不明だが、さっきの攻撃は針を爆発させているかのように見えた。
パリ・・・パリ・・・
足音が近くなる。
動けないイルザを抱えて逃げるのは困難だ。だからといって見捨てるわけにはいかない。
―――ならば、残す手段は一つのみ。
「やあグレン君。鬼ごっこはお終いかな?」
グレンは単身、ジェラードの前へ姿を見せる。
「まだ付き合ってもらうぜ。手の鳴るほうへついてきな!」
”妖精の輝剣”を投擲する。
「無駄だね!」
だが、投擲された剣は素手で弾かれた。
「それはどうかな?」
弾いた剣に煙玉が縛られており、地面に落ちた衝撃で煙幕が貼られる。薄闇が広がる空間に煙幕を張ることによって相手の視界を奪う。さらに強力な臭い付きで鼻がいい者でも嗅覚で見つけ出すことはできない。
そしてジェラードの予想外の方向から蒼白に輝くものが飛んでくる。
「―――っが!? 腕を落としただと!?」
煙の外へ姿を隠したグレンは”妖精の輝剣”を煙幕の中心へ投げた。煙の有効範囲から中心を割り出すことで大まかな位置を特定できる。
「どうした! 早く追いかけて来いよ!」
「くくく・・・いいだろう、鬼らしくその挑発に乗るとするよ。イルザ君のあの出血量じゃまともに動けやしないだろう。グレン君を仕留めた後で殺すとするよ」
ジェラードは切断された左腕を拾い上げ、切断面を合わせるようにくっつける。
吸血鬼は鬼種の中でもっとも生命力に溢れた種族である。その為、腕を切り落とされようが心臓を貫かれようが一瞬で再生する。血は生命力の源。血の力によってジェラードの腕は切り落とされたことが嘘のように元に戻った。
「僕の能力”痛覚追跡”の恐怖を知るといいさ」




