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ダークエルフ姉妹と召喚人間  作者: 山鳥心士
第十一話 輝く星の魂
114/125

耽美で甘美な

バターケーキが食べたいです。


 ラ・ヴィレス魔王国、闘技大会開催まで一週間と四日の朝。イルザとエルザは究極ともいえる二択を迫られる窮地に立たされていた。


 季節のフルーツサンドと濃厚ホルホル鳥卵のカスタードケーキ。


 朝食をどちらにするか頭を抱える姉妹。さっぱりしたフルーツサンドは安定して美味しい。確実に選んで失敗というのはないだろう。


 そこに現れた”濃厚”ホルホル鳥の卵。以前ホルホル鳥の肉を食べたが、肉嫌いをある程度克服できたぐらい美味しかった。その鳥の卵ときたら美味しいに違いない。だがどうだ、朝からがっつりスイーツを摂取するのはカロリーの暴力による血糖値上昇大暴乱が始まるのではなかろうか?


 重大な決断というのは意外と近くに眠っているのだと感じる二人だった。




 路地裏で今日も今日とて取引が行われる。




 グレンとアウラは相変わらず本の虫となっていた。


 朝食のメニューに頭を悩ませているダークエルフの姉妹を置いて先にオムレツとパンを数個、手早く片付けて昨日借りた物語をもう一度目を通していた。


 「主人公の男の子に救いがないなんて駄作も駄作っスね~」


 「そうか? 俺はそれはそれで面白いと思うぞ?」


 『長耳の使徒』を見つけたときは必要箇所しか読まなかったので、話の流れを把握していなかった。なので今回はきちんと一つの物語として目を通すことにした。


 「好きになった女の子を目の前で殺されて、挙句の果てに主人公も死んじゃうんすよ!? ハッピーエンドが好きなボクからしたら受け付けゴメンっスね」


 人それぞれ好みがあるから意見が合わないのは仕方がない。


 「俺は好きなんだけどなぁ・・・」


 とはいえ、真っ向から否定されると少しだけ寂しくなるのだった。




 廃屋で、空っぽになるものがまた一人。




 コルテは読書感想の意見交換する二人をぼーっと見つめながら今日の予定はどうするか考えていた。服装もこの国に滞在する間は目立たないように、黒を基調としたチュニックにブラウンのスカートといったごく普通の少女らしい服装をしている。


 施療院で治療を受けているスミレは未だに目覚めない。


 話し合いで治療場所をジュデッカの王都に移すことになった。これから闘技大会に殴り込みをかけるのだから正しい判断だとは思う。だがせめて、無事に目が覚めて言葉を交わしてからお別れしたかった。


 コルテにとってスミレは大切な友人。せっかく再会できたのにすぐ別れることになるのは悲しかった。


 リスティアはラ・ヴィレスに滞在している仲間にスミレの移動を依頼しに行ったが、ヴェンデはどこに行ったのだろうか。


 アウラは触れないほうがいいと言っていたが、ヴェンデは命の恩人で、大切な主で、父親の代わりをしてくれる優しい鬼だ。


 胸の奥で密かに蠢くざわめきをコルテは無視した。




 空っぽが、再び満たされようと街に出る。




 ラ・ヴィレスの街の所々に、映像を映す晶石が置かれている。流行りのブティックや最新魔道具の宣伝など愉快な音楽とセリフと一緒に放映されている。


 その日、映像晶石に映ったのは愉快なものではなかった。


 『親愛なるラ・ヴィレスの諸君、ご機嫌よう。ロウ・クルディーレだ』





 「ロウですって!?」


 イルザはカフェに置いてある映像晶石から聞こえる声に衝撃を受けた。リスティアの話では自らの手を汚さずに策を講じるのに長けていると聞いていたからだ。


 イルザはなにも映し出されていない映像晶石に耳を傾ける。


 『近々大規模な闘技大会が開催されるのは承知だと思うが、急遽予定を変えることになった』


 予定変更の通達。


 ラ・ヴィレスが用意した船から降りた後、姿を眩ませたのだから何かしらのアクションがあると踏んでいたのでここまでは予想できていた。


 『これより国を挙げてのバトルロワイアルを開始する。ルールはラ・ヴィレスに潜伏している八名の排除だ。生死は問わない』


 映像晶石にイルザ・グレン・スミレ・ヴェンデ・アウラ・コルテ、そしてバジルとラウドの写真が映し出される。


 『そしてより多く排除できたものには素晴らしい景品を。ラ・ヴィレスの魔王としての支配権を委ねよう。現魔王は既にこちらで拘束している。この国の体制に不満を抱いている同士も少なくないだろう。もちろん私は常に弱い者の味方だ。排除したターゲットを連れて玉座まで来るといい。我こそはという強者は振るって参加してほしい。それでは健闘を祈るよ』


 「・・・どういうこと? 景品が魔王って、放伐じゃない? 姉さん達はその道具にされたということ?」


 「わからないわ、だけど先手を打たれたみたい。一先ずティアと合流しましょう」


 イルザがテーブルを立とうとしたとき、カフェの店主がこちらを見ていることに気が付いた。とりあえず笑顔でごちそうさま、ケーキ美味しかったわ。と腰の刀をチラつかせながら伝えると、びくびくと冷や汗をたらしながら店主は頭を下げた。


 カフェを出るとリスティアが事態の深刻さに切迫した表情をして、イルザの元に走ってきた。映像晶石を観てすぐさまこちらに向かってきたのだろう、僅かに魔力を行使した気配があった。


 「イルザさん! まだ無事みたいで良かったです」


 「まだ無事・・・?」


 イルザが口にした疑問はすぐさま解決した。


 路地裏からのそりのそりと、明後日の方向を見ているあやふやな意識の住人がイルザ達を中心に集まってきている。


 「なんなんだこいつらは!」


 グレンに襲い掛かろうとした魔族を蹴り飛ばした。声を上げることなく、鈍く重い音を立てて地面に倒れる。


 「おそらく何物かに操られています。おそらく対象は薬物使用者かと」


 リスティアが見た先には昨日、イルザに薬物を使わせようとした男たちの姿があった。もはや知性の欠片も残った様子はなく、唾液を溢しながらこちらへ向かってくる。


 「エルザ! 道を開けるからスミレの元へ向かって! この様子だとスミレも狙われているかもしれないわ!」


 イルザは襲い来る者たちに掌底をいれ吹き飛ばす。


 「・・・姉さんはどうするつもり!?」


 「私は騒動の大元を断つわ。ロウの待つ玉座に行ってやるわ! だからスミレをお願い!」


 「そういうことならエルザさんの護衛はボクに任せてほしいっス!」


 アウラはコルテの首元を掴もうとする手を払いのけ、地面にしゃがみこんで脛の骨を折る。相手が大勢を崩したところを見計らって胴体に蹴りを入れて距離をとる。


 「私も、行く」


 アウラに振りかざされた拳の着地地点にコルテの魔法陣が展開される。その拳がアウラでなく魔法陣を叩くと腕を丸ごと飲み込み、魔法陣が収縮すると腕が空間に固定され動きを制する。そしてコルテの能力で動けなくなったところをアウラの飛び蹴り、能力を解除という連携で相手を地面に沈めた。


 「搬送の準備はできています、港に行けばすぐにわかると思います! 私はイルザさんについていきます!」


 「ティア!?」


 リスティアの目的は闘技大会の開催理由を探ること。もはやイルザに付き合う理由はない。


 「言ったでしょう? なんでもかんでも背負いこまないでください。それにこう見えて結構怒っているのですよ? 他者を自分の都合で好き勝手するというのは大変胸糞が悪いのです」


 リスティアが地面に手を置くと空気が瞬間的に凍り付いた。凝結した空気は柱となり壁となる。襲い掛かる群れを割って作られたのは一本の突破口。


 「行ってください!」


 「・・・ありがとう。アウラ! コルテ!」


 「うっス!」


 「うん」


 エルザ達三人は氷の道を走る。 無事に群勢を通り抜けたのを確認した後、イルザ達は騒動の現況たる魔族。ロウの待つ玉座へと向かうのだった。





 「これで炙り出しはできるだろう。薬を撒いておいて本当によかったよ」


 闘技塔から悦楽の笑みを浮かべるはロウ・クルディーレ。そのすぐ傍らには嘆きと悦び、二つの顔のような空洞が空いた一本の樹木のがあった。


 ”狂酔樹”その樹から採れる樹液には一種の覚醒作用がある。体内に取り入れたものは快楽を得て、少しずつ樹液の摂取量が増加していく。やがて樹液は摂取した者を宿主とし、肉体は樹へと変貌する。宿主は肉体を支配されることを知ることなく、他者へと同じように快楽へ誘おうとする。”狂酔樹”はそのようにして繁殖する。


 そして特筆すべき習性は樹木と宿主の親と子の関係である。樹木が敵と認識したものを特殊なフェロモンを通じて宿主へと伝え、それを排除しようとする。


 ロウ・クルディーレはその習性を魔力でコントロールし、イルザ達を捕らえるように仕向けていたのであった。


 街で裏取引されていた透明のシートはより効率的に強い快楽を得られるようにロウが開発したものだった。国の表と裏、両方の支配ができるからだからこそできた行為である。


 「―――もう少し見学させてもらうとするか」


 ラ・ヴィレスの所々に煙が上がる。”狂酔樹”は細かい制御はできない。ただ標的に向かい続けるだけ。


 そんな光景をロウはどんな珍味よりも至極の味わいをもつと惟う。


 何よりも至福の時間。


 誰にも邪魔されない耽美で甘美なひと時。



 

―――ガラスが砕ける音。

 ゆっくり流れるロウの時間はその音とともに加速した。




 「よぅ、随分と探したぜぇ。手間ぁかけさせんじゃあねぇよ」

 



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