闘技塔の支配者
スミレはバジルによる応急処置のおかげで一命を取り留めることができた、だが依然として意識は失ったままである。
病院で再び合流したヴェンデ達はこのあとどう行動するか話し合っていた。
「おぅグレン、スミレの嬢ちゃんの様子はどうだぁ?」
「ヤマはなんとか。だけど傷がかなり深くて脊髄がやられちまってるって・・・。後遺症は残っちまうらしい・・・」
くそっ、とグレンは壁に拳を打ち付ける。スミレのあの咄嗟の行動は主であるイルザを守る為だということは直感で分かった。召喚された人間は無意識に主を守る様に体が勝手に動く。動いてしまう。その役割をスミレに担わせてしまったのが不甲斐ない。
「イルザさんは・・・大丈夫なのですか?」
「あいつはエルザとコルテと一緒にスミレの傍にいるよ。ずっと自分を責めてる」
「そう・・・ですか」
魚人の攻撃は明らかにイルザを確実に殺そうとしたものだった。それをスミレがイルザを突き押し、庇うことで狙いは外れて即死は免れた。
「病院で大所帯ってぇのも迷惑だ。ダークエルフの嬢ちゃんたちはぁコルテに任せて、俺たちは宿に向かうぞ。今後の方針を決めなきゃならねぇ」
「私も行く」
移動を始めようとした矢先、目を真っ赤に腫らしているイルザが真剣な面持ちでヴェンデ達を呼び止めた。
前を向き続ける。
母を亡くした日からそう自分に誓ったのだ。イルザは決して振り向かない。
手にした小さな幸せを奪われるのは許せない。スミレはもう充分苦しんだ。そして未来をスミレ自身の手で描こうとしていた。その手を奴らは奪ったのだ。
「だから最高だぜ、イルザの嬢ちゃんよぉ」
ヴェンデはイルザの目を見て悟った。
前に進み、未練という鎖を断ち斬る意思。イルザにはそれがある。夜空に輝く小さな星のように弱くともそこに在り、光り続ける。
だからこうしてイルザのもとに次々と仲間が集まる。そしてヴェンデもそのうちの一人。イルザの為に力を貸そう、そう思えるのだ。
現在イルザ達がいる場所はラ・ヴィレス魔王国である。海に面した城塞都市で街のあちこちに移動用の水路が敷かれている。建物は白煉瓦で出来ており、温暖な気候に恵まれた水の国。
城壁を超えた先にはかつて人間族が領土としていた大地、灰色の砂漠が広がっている。ラ・ヴィレス魔王国が城塞都市として機能しているのは、千年戦争の名残だという。
今では人間族という脅威が消え、国民が生活しやすいように区画が整理されている。港、住宅街、市場、娯楽施設など生活に必要な施設以外も充実している。
その娯楽施設の一つである闘技塔。
そこでは日夜腕に自信のあるもの同士で争いあい、強者を決定する。観客はその期間で最も勝ち星を得る者を予想して低レートの賭け金を設定する。賭け金は入場料のようなもので負けたとしても大きな損失はない。
だがそういった場所には必ず裏で高レートの賭けが行われる。それを取り仕切っているのが”幻想の鐘”のロウ・クルディーレ。
今回の大々的に執り行われる闘技大会もロウ・クルディーレという男が主催している。
彼の”幻想の鐘”での立ち位置はメンバーの中でも特殊で、ラ・ヴィレスの魔王と繋がりがあるとされるリーダーを除き、ロウは表舞台である闘技塔の支配人として権力を振るっている。
つまるところ、イルザ達が参加しようとしている闘技大会は完全にロウ・クルディーレの手中にあるということになる。
参加者の管理、船での送迎、宿の確保など。開催側が全て手配している。
イルザ達は当初宿泊する予定だった宿ではなく、港町にある小さな宿に泊まることにした。
そしてその宿の一室で今後の方針について話し合う。
「以上がこの国の実態とロウに関する情報です」
諜報員として”幻想の鐘”のメンバーとして活動しているリスティア。彼女から得られたロウの情報はそれほど多くなかった。
そもそも外の世界を知らないイルザを除く他の仲間が”幻想の鐘”に抱いている認識はちょっと危ない盗賊集団という程度である。もとの情報自体が巧妙に操作されており、実態を掴むものはほとんど存在しない。
リスティアが”幻想の鐘”のメンバーとして潜りこめているのは奇跡に近いという。
「しっかしなかなか厄介そうな奴っスね~。裏組織の構成員なのに表舞台で堂々と姿を現すのはどういうつもりなんスかね」
「表に立つってぇことは裏の権力者じゃねぇってぇことを示してんだよ。なんせ表の部分しか民衆は見えねぇからな。誰もロウが表と裏、両方の支配者だなんてぇ思うまいよ。たとえ奴の裏を知ったとしてもそのまま消されるか、裏の世界で生き続けるしかぁねぇだろうよ」
「ヴェンデさんの言う通りですね。その実、ロウは自らの手を汚さずに仕事を完遂させることに長けています。その手段の一つが船での襲撃でしょう」
イルザの表情が険しくなる。イルザにとってロウという人物は敵となった。怒りの矛先を向けるべきはあの魚人だが、それを仕向けた大元もどうように憎むべき相手である。イルザの中に一つの結論が出ていた。
「私は闘技大会に出場しないわ」
「おいおいおいおい!! ちょっと待て、黙って聞いてりゃ勝手に話を進めやがってよ! 俺は大会に出るっていうからここまでついてきたんだぜ? 無理やり仲間に引き入れたと思ったら次は大会にでないだ? そいつはちと勝手が過ぎるってもんだぜ。 ラウドもそう思うだろ?」
「ふん・・・意見が一致するのは気に食わないが大まかその通りだ」
バジルとラウドの意見は正しい。神界器の所有者とはいえ、半ば強制的に連れてきたようなものだ。
そもそもこの二人の目的は大会で得られる賞金である。根本的にイルザ達と行動する理由が違うのだ。
「ごめんなさい。だけど私はロウって奴がどうしても許せないの。そんな奴の思い通りに動いてるって思うだけで吐き気がするわ。だから私は・・・闘技大会を壊そうと思う。ううん、壊してやるわ」
「物騒なこというんじゃねぇよ! マジなのか!? 俺は反対だぞ、金を稼がなきゃいけねぇんだよ。おめぇらはどうなんだよ! まさかこの嬢ちゃんについていくとか言うんじゃないだろうな?」
バジルは言葉を他の仲間に向ける。まず初めに口を開いたのはリスティアだった。
「私の目的は闘技大会が開かれた真の目的を探ることです。実のところ、大会に参加するだけで情報を得られるかどうか怪しいところでした。ですので、私はイルザさんの意見に乗ろうと思います」
リスティアの言葉を聞いたヴェンデの目がキラリと輝いた。
「いいねぇ、そう来なくっちゃあなぁ! いいぜそのハナシ、俺も乗った」
アウラはやれやれ仕方ないといった仕草をして、ヴェンデに同行するという意思表示を示した。
「どいつもこいつもバカじゃねぇか!?」
机を叩き八つ当たりをしたバジルはそのまま部屋を出ようとする。その後ろを誰を見ることもなくラウドはついていく。
イルザはこれでいいと思った。関係のない者たちをこれ以上巻き込むわけにはいかない。ただ一つ申し訳なく思うのは、バジルたちがお金を稼ぐ手段をなくしてしまうことだ。
「よかったのか?」
無言を貫いていたグレンが気にかけてくれる。
「うん、私の勝手なわがままだから。それよりもありがとう、味方でいてくれて」
「イルザが選んだ道だからな、俺はイルザを守るだけだ」
「かっこいいこと言っちゃって」
グレンが無言でいてくれたのはイルザと同じ気持ちだったからだ。危険を承知で始めた旅だが、いざ目の前で誰かが傷ついてしまうのはたまらなく辛い。それでもなお、前を進もうとするイルザにグレンは戦う勇気をもらえる。




