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ダークエルフ姉妹と召喚人間  作者: 山鳥心士
第十一話 輝く星の魂
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海淵の霧



交易都市メルカトゥラ島発、ラ・ヴィレス魔王国行特別送迎船。闘技大会の参加者は客室ではなく甲板に集められていた。特別送迎船と銘を打っておきながら待遇の悪さに痺れを切らす者もいた。


甲板はだだっ広く、とても客人を送迎するような造りの船ではない。


イルザ達は気絶したままのバジルとラウドが目覚めるのを甲板の端の方で待っていた。初めての海と船旅を楽しみたかったが、乗客の雰囲気が今にも爆発しそうなほど荒っぽいので静かに甲板から見える景色だけで我慢することにした。


「妙ですね・・・、航路が普段と違うようです」


 出航してしばらく経ち、リスティアは怪訝な表情を浮かべる。


「狐の姉ちゃんの言う通りだなぁ。この船はぁいってぇどこに向かってやがる」


ヴェンデも同じく異変に気づいた。何度か船での行き来をしたことがあるリスティアとヴェンデは通常の航路よりも南下していること、そしてその海域についてのおとぎ話を思い出す。


「このまま南下を続けると海淵の霧が発生する海域に到達しますね」


「海淵の霧・・・ですか?」


「ええ、水夫の中で有名なおとぎ話のようなものなのですが、なんでもその海域に立ち入った船は真っ黒な霧に包まれたら最後、二度と帰ってくることは無いと言われています」


 イルザはごくりと息を呑む。


「で、でも噂話・・・なんですよね?だったらそこまで深刻ではないのでは―――」


「噂話やおとぎ話を甘く見てはいけませんよ。そういった話には必ず根源があります。認識していないものを創り出すのは我々には出来ません。せいぜい知っていることを作りかえて、それを新しいものとして話やモノを創り出すのです。だからこのおとぎ話も実際に有り得るのですよ」


「ははん、さてはイルザ。ビビってるな?」


グレンはにまにまとイルザを煽り立てる。イルザは怪談ちっくな話に弱かった。このことがグレンやエルザにバレてしまうと姉としての尊厳が損なわれる。


「べ、別にビビってなんかないもん!」


『もん????』


聞き慣れないイルザの口調に一同は疑問を覚える。


「くくく・・・、そうかい、こ、この程度で、ビビってらんねぇわな」


「『ビビってないもん!』・・・だってよ、そ、そりゃ、む、無理があるぜ」


ヴェンデとグレンは必死に笑いをこらえる。完全にからかわれているイルザは顔を真っ赤にする。


「・・・あんまり姉さんをいじめないで」


「え、エルザ!?」


「わりぃわりぃ、女の子らしいイルザは初めてだったもんでついからかっちまった。たまにはそういうのも可愛いと思うぜ」


「まだ馬鹿にしてるでしょ!」


やーいやーいとグレンはどんどん赤くなるイルザを囃し立てる。ちょっとした追いかけっこが始まろうとしている中。


「!?」


「おっ!やっと目が覚めたか」


横に寝かせていたバジルが顎をさすりながら身体を起こす。


「いってぇ・・・この揺れはいったい、ここはどこだ?」


「ここはぁラ・ヴィレス行きの船の上だぁ。なんだまだ寝ぼけてんならぁもう一発いっとくかぁ?」


「船・・・。そうか!闘技大会の―――って、その声はヴェンデじゃねぇか!!」


「っつー・・・。なんなんだ」


「よぉ、相変わらずだっせー髪型だなぁバジル。そんでぇラウドも不機嫌そうなのは変わらねぇなぁおい」


「だせぇは余計だこらぁ!つーかなんでおめぇがいんだよ。そもそも俺は鎧野郎に借りがあんだちくしょう。仕返しにぶん殴りてぇんだが知らねぇか」


「人んこと言えねぇがぁ、お前さんも頭に血が上りやすいなぁ。まぁ聞けや。まずはなんで船の上にいるのかが先ってぇもんだろ?」


それもそうかと冷静さを取り戻すバジル。仕切り直しということで乱れたリーゼントを丁寧に直し、その場に座り込む。


「んで、なんで俺たちはラ・ヴィレス行きの船の上なんだ」


「お前さんらぁ、大会に出場するつもりだったんだろ?だがぁ、参加人数が足りなくて受付で喧嘩をおっぱじめた。そこでぇ俺はぁお前さんらをぶん殴って仲間に引き入れたってぇわけだ、理解したかぁ?」


「ふむふむ、なるほど?あ!だから俺とラウドはぶん殴られてすやすや眠ってたってわけか!あっはっはっ!よしヴェンデ、一発、いや気が済むまで殴らせろ!おらぁ!」


飛んでくるバジルの拳を軽々と受け流すヴェンデ。時にはギリギリで避けてみたりと、楽しんでいるようだった。


「目覚めたのね。・・・どうして、喧嘩になっているのかしら」


グレンへの制裁を終えたイルザは目の前の状況に頭を抱える。急遽メンバーを引き入れたこのチームで大丈夫なのだろうかと不安になる。







 バジルは焔魔族の青年である。猛々しい焔の髪に静かに青く燃える瞳。炎のような豪快な青年。


 バジルのパートナーである少年ラウドは人間族。鋭い三白眼は冷たい印象を与え、性格も寡黙なのでバジルとは対照的である。


「なにぃぃ!?おめぇもダークエルフの姉ちゃんも神界器の所有者だぁ!?」


「やかましいヤツめ、少しは静かにすることも出来ないのか」


「だってよぉ!あの歩く災害のヴェンデがだぞ!?そんなヴェンデがよ、神界器の所有者になっちまったってんなら歩くどころか駆け抜ける災害になっちまうぞ?」


ヴェンデとバジルの突然の喧嘩を止めたイルザ達は、二人を仲間に引き入れた経緯を説明した。途中、「どこかで会わなかったか?」と聞かれたが、覚えがないので否定した。


ただの闘技大会ではないこと。ラ・ヴィレスの魔王が神界器の所有者を集めて何か企んでいること。イルザ達はそれを探り、阻止すること。魔王の企みを解明することによって神界器の謎について知ることが出来るかもしれない。そういった目的を包み隠さず話すことで信頼を得ようとする。


しかし、バジルは神界器のことや人間族のことについて大した興味を抱いていなかった。


「ぷぷぷ、歩く災害とはよく言ったものっスね」


「だから、人望が、ない」


「大人をからかうなっっんでんだろぉ!まぁいい。それで、お前さんらはぁ賞金目的だろ?シルヴィの病気を成すためのよ?」


「―――ぐっ!?なんでもお見通しかよ!?ああそうだよ!副賞の賞金目当てだ、優勝商品の魔王継承だとかふざけたもんはいらねぇ―」


「シルヴィさんというお方はもかして恋人ですか!?」


ヴェンデとバジルの会話に食い入るように割り込むリスティア。


「あ、ああそうだが、それがどうかしたのか?」


目を輝かせるリスティアに若干引き気味のバジル。


「素敵ですっ!!病気の恋人のために命を張って戦いに赴く!!薄幸のヒロインにたくましいヒーロー!!ああ、そこにはきっと心ときめく甘酸っぱくて切ない恋物語があるのでしょう。バジルさん!!恋人のシルヴィさんとの馴れ初めを詳しく!!」


「俺なんかの話でいいんなら構わねぇが・・・大した物語なんてないからな?」


「構いません!どんな些細な惚気でもどんのこいです!!」


「・・・私も興味あるかも」


エルザも会話に参加する。気がつけば女性陣に囲まれていたバジルは照れながらもシルヴィとの出会いを語った。


「俺とシルヴィは生まれた時から一緒だっ―――」


 『おい!! なんだあの霧は!!』


 馴れ初めを語ろうとした時、船室に待遇に対する抗議をぶつけていた者たちが一斉に叫び声の上げた者が指す霧を見る。船先に立ちこむ真っ黒な霧。その霧に呑み込まれるかのように送迎船はあっという間に黒い霧に包まれてしまった。


 「まさかこれってリスティアさんが言っていた海淵の霧!?」


 「まじっぽいなこりゃ、一か所に固まるぞイルザ」


 イルザ達は互いに背を合わせて警戒態勢に入る。


 「リスティアさん! おとぎ話では霧に包まれた船はどうなるんですか?」


 結末は船が二度と帰らない。つまり船ごと破壊されると推測するが、初っ端から船を破壊する霧なんて減少を起こす霧は聞いたことが無い。物理的に考えて不可能だ。ならば、その結果に辿り着くまでの経緯があるはずだ。生き残るにはそれを乗り越えるしかない。


 「話では、霧に包まれた船は停止し、船にあるものがひとつづつ失われて最後に残るのは船だけになります」


 船にあるもの。その対象となるのは乗員なのだろうか、あるいは道具も含まれるのだろうか?


 『お、おい! 居ねえ! さっきまで隣に居たんだ! それが、手首だけおいて消えやがった!!』


 視界は霧によってふせがれ、手の届く範囲しか見えない。霧の向こうから、仲間が消えた。内臓が転がっている。など物騒な叫び声が聞こえる。


 何者からか攻撃を受けているのか?


 視界が悪いというのは奇襲される側にとってかなり不利である。見えない敵は真っ黒の霧の中を自由に動いて音もなく攻撃を仕掛けているのだろう。


 「皆! エルザの元に集まって! エルザは索敵方陣をお願い!」


 エルザを中心に円をつくる。エルザは広範囲に索敵方陣を展開。


 「・・・姉さん、何も、何も反応しないわ!」


 「そんな―!」


 霧の向こう側では混乱の声、突然止まる慟哭、狂気に飲まれた笑い声。混沌とした気配が充満している。現在進行形で何者かの攻撃は続いているが、エルザの索敵方陣に反応は無い。


 「おい、ダークエルフの姉ちゃんたちよ」


 切迫した状況の中、バジルが静かに話しかける。


 「霧は水分の集まりで出来てるんだ。だったらよ、そいつを完全な気体にしちまえばいいんじゃあねぇか?」


 「言っていることは正しいけど、こんなところで火なんて起こしたら船ごと燃えてしまうわ」


 「こんなところ。だからいいんだよここで。この無駄に広い甲板がな!」


 その言葉を残し、バジルは円から走りだした。


 混沌としていた甲板は犠牲となるものが減っていったのか次第に静かになっていく。イルザ達が狙われるのは時間の問題だ。そんな状況の中、バジルは確かな自信をもって黒い霧の中に消えた。




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