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ダークエルフ姉妹と召喚人間  作者: 山鳥心士
第十話 氷河の国
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螺旋する記録


 ニルスの一日の始まりは珈琲から始まる。


 北国ジュデッカ・王都グリシノゼルグは雪と氷の白銀の国である。国の規模としては騎士隊長五人が治める五つの領土と王都のみの小国家だ。


 ニルスは私室から自分が治める国を眺めながら珈琲を飲むことで、一日の始まりを感じることが出来る。


 ニルスは毎晩夢を見る。


 夢を見ている体感時間はとても長く、鮮明に記憶に残る。おまけに体と気分が重くなる特典付きだ。そんな雪雲のような朝が嫌いなニルスは珈琲を飲むことで気分をリセットする。そんな習慣が何年も続いている。


 (さて、お仕事に向かおうかな)


 午前中は書類仕事。


 (まつりごと)は担当部署に分け、書類で報告させるようにしている。おかげでハンコを押すことに関してもこの国で一番の速さを誇ってしまった。


 (インフラ整備に・・・、こっちは財政案。ああこれは輸入品の関税率見直し案。こうも書類が山積みだとやる気が起きないわ)


 書類に目を通し、認可できるものはハンコ。目を通した意味のハンコ。ハンコにハンコ。


 「だァー! 連日ハンコばっかりで気が滅入るわ! ハイド!」


 「はい、如何なさいましたかニルス様」


 集中力がどうも続かない。ニルスは執事を呼び出し、魔王モードに切り替える。


 「余は今日の予定を変更するぞ、城下の視察へ参る」


 「書類は如何なさいますか」


 「分かるものは一任する。それ以外は視察の後に余が済ませる」


 「かしこまりました。それではお付きの者を―」


 「余一人で構わぬ」


 「かしこまりました、お気をつけて行ってらっしゃいませ」


 「うむ」


 執務室から抜け出せたニルスは軽い足取りで上着を取りに私室へ戻る。


 視察とは名ばかりのサボタージュ。適度にガスを抜かなければ、有能であってもすぐに効率が悪くなる。


 もちろん、サボりが出来る程度には仕事を片付けてはいるし、サボり後もしっかり仕事をこなす。両方こなせるからこそこうやって堂々とサボりが出来る。


 上着を手に取りふと外に目をやる。


 先程まで降っていた雪は止み、空一面の青が白銀の大地をより一層輝かせている。


 (イルザ卿。彼女らのおかげで気候は安定しているな)


 先日、精霊の異常を収めるためにイルザ達を地下神殿へ送り込んだ。その報告にあった古代魔獣ベアゼブル。


 ニルスからするとベアゼブルは赤子の手をひねるよりも楽な仕事ではあるが、立場上おいそれと現場へ向かうことが出来ない。それ以前に古代魔獣が復活していたことが予想外の出来事だった。


 結果的にリスティアの魔眼によって封印できたが、不可解な点がある。


 誰が古代魔獣を呼び寄せたのか。


 誰が地下神殿に侵入したのか。


 報告に会った謎の声は誰なのか。


 「幽霊を信じるか?」という子供じみた言葉を残し、姿を見せずに去ったという。


 今回の事件はこの謎の人物によって引き起こされたものと見ているが全く足取りが掴めずにいた。


 侵入の痕跡もない。精霊が暴走する原因は古代魔獣だったので、封印したことで解決できた。それ以上もそれ以下の出来事は起こっていない。


 謎の人物が古代魔獣を呼び寄せたのでは?


 それもイエスとは言い難い。


 まず、目的が不明である。精霊を暴走させることは我々地上を生きるもの全てに悪影響を及ぼす。世界の破滅を願うならまだしも、古代魔獣を呼び寄せただけではあまりに大雑把過ぎる。


 おまけに報告から推察するに古代魔獣ベアゼブルは自発的に現れた可能性が高い。


 泥のような体液を身に纏うベアゼブルは体を自在に変形させることが可能で、わずかな隙間を行き来出来る。さらにニルス自身が有する記憶によると北国には生息していない魔獣であった。よって他国でなんらかの手法で蘇った古代魔獣ベアゼブルは時間をかけて北国へ来た。と推測できる。


 つまり、謎の人物と古代魔獣の関連性は無いに等しい。


 これ以上の手がかりを掴むことが出来なさそうなので、この一件は保留となった。今優先させるべきはラ・ヴィレス魔王国で開催される闘技大会に出場させるイルザ達の育成だ。


 不幸中の幸いか、地下神殿の事件のおかげで"極光の月弓"をイルザが所有することになったのは大きな戦果だ。ダークエルフ姉妹の姉であるイルザの身体能力は一目置くものがある。魔力量に若干の物足りなさはあるものの、それを補う洞察力と判断力。そして確固たる強い意志を持っている。


 鍛えあげれば魔王として君臨できる力を得るだろう。


 力の使い方を見誤らないように導かねばならない。イルザを客員騎士として迎えたのはそういった意味を含んでいる。


 (イルザ、ふむ。決めたぞ)


 などと考え事をしながら城内を歩くニルスは向かう方向を変えた。







 「ええっと、護衛・・・ですか? 私達よりお強いのに?」


 訓練場で騎士達との訓練に明け暮れているイルザ達は魔王であるニルスに突然呼び出された。


 「出歩くにも建前は必要なのだぞ。いいから着いてまいるがよい」


 城下の視察にいく。イルザ達に全く関係の無い仕事だが魔王直々に行うのだから断る訳にもいかない。


 「まぁいいじゃねぇか。あんまりこの国を見て回ってないし、いい機会なんじゃあないか?」


 「グレンはよく分かっておるの。我が国を知らぬというのなら余が案内しよう!」


 半ば強引に訓練場から連れ出されたイルザ達は突然の休暇を満喫することになった。







 王都グリシノゼルグの市場は人で賑わっている。時刻は正午前。昼食を取ろうとする国民たちがこぞって市場の屋台を訪れる。


 いつも城下を訪れるのは一人であるが、今回は四人ほどお供を引連れている。たまには誰かと街を歩くのも悪くないと、ニルスは無邪気に石畳を歩く。


 「ここのスープとピローグは絶品なの!」


 「・・・美味しそう」


 「油の匂いが香ばしいです!」


 「そうでしょう! そうでしょう! 主人! 五人分のスープとピローグを頼む!」


 威勢のいいニルスの注文に屋台の店主も威勢よく応える。揚げたてを提供するのが売りらしく、注文と同時に肉を包んだパンが熱々の油の池へと放り込まれる。心地の良い油が弾ける音と香りが食欲をそそる。


 「ニル―・・・じゃなくて、ニーナさんはよく城下へ?」


 現在ニルスは絶賛変装中で名前もニーナと呼ばせている。城下を楽しむには身分を隠すのが楽という理由で一般の民になりすましている。口調も魔王モードからプライベートモードに変えている。


 「ええ、もっぱら食べ歩きが多いのよ。ここの屋台はもうすぐ制覇できるわ」


 ゼルグ紙幣を店主に渡し、人数分の食事が入った袋を受け取る。


 「せっかくだし向こうの公園で頂きましょう、とても見晴らしがいいのよ」


 指し示したのは時計塔のある公園。かなり大きな公園で時計塔付近には子供だけではなく、家族連れやカップルなど様々な人が公園で過ごしている。


 適当なベンチに座り、各々に屋台で受け取ったスープとピローグを渡す。


 「それでは頂きましょう」


 ニルスが食べ始めるとイルザ達も熱々のピローグをほうばる。カラッと揚がったパン生地にジューシーなお肉。食べ応えのある食事に頬が緩む。


 「お味はどうかしら?」


 ニルスが得意気に感想を聞くと。


 「ものすごく美味しいです!」


 「これはなかなか・・・」


 「・・・・・・」


 「エルザさん、すごい剣幕です」


 イルザ達は食べることにすっかり夢中になっていた。城内で食べる料理も豪勢で不満な所はひとつもないが、外で食べる大衆料理というのもなかなか捨て置けないものだと認識した。


 「気に入ってくれたようで何よりだわ。ん、おいしい」

他にも美味しい食べものの屋台はあるが、ニルスはピローグが一番のお気に入りである。ニルスとして、初めて城下で食べたもの。理由はそれだけで十分だった。


 「あの、どうして私達を城下に案内してくださるのでしょうか?」


 イルザは緩んだ頬で尋ねた。


 「ふとあなた達のことを考えていたら思いついただけよ。あえて理由を付けるなら・・・。私の守りたいものを知ってほしい。かな?」


 「守りたいもの。それって先代の――」


 「うーん。そうだけど違うかな。先代が守りたかったのはあくまで孤児院の子供たち。(ニルス)が守りたいのは、ジュデッカに住まう全ての民よ。同じようで違うの。私たちは今を生きて未来を進もうとしている。そこは魔王だろうと民草だろうと一緒。未来を進むためには協力が必要、一人では無理だと私は考えるわ。だから私は国と民を大事に守るし、民もまた、国の為に働く。それってとても素敵だと思わない?」


 「ええ、とっても素敵だと思います。市場を通ってこの国の活気の良さを感じました」


 「それなら案内したかいがあるわ。それに、別段この国だけが大事という訳ではないの。世界にはみんな同じように今を生きている。誰かが今を諦めてしまうとしわ寄せがくる。千年戦争時代の人間は恐らく今を諦めてしまった。だから滅んだのだと思うわ」


 記憶にある人間族の勇者(ブレイブ)。彼らは間違いなく今を生きていた側だろう。でなければ必死になって人間を守るはずがない。彼らも誰かが諦めたしわ寄せを受け、滅びた。あまりにも無惨であっけない最期。もし同じようなことが愛する民に起こると思うと胸が締め付けられる。


 イルザとの会話を聞いていたエルザはあの晩のことを思い出す。「人間族と変わらぬ愚かさ」。リスティアが残した「魔族の起源(ルーツ)」。そのことについて聞きたいと思っていた。


 「・・・ニーナ。覚えていないかもしれないけれど、ポーカーの時はごめんなさい。だけど、教えて欲しい。貴女の思う愚かさとはなんなのかを。そして、魔族の起源(ルーツ)について」


 エルザの言う通りポーカーについてあまり覚えていなかった。恐らく深酒の影響で記憶と性格が入り混じったせいだろう。ならば、意見するのは今ここに居るニルスとしてその問いに答える。


 「私が思う愚かさというのは、自分の利益の為に他者を侮辱する行為。だと考えているわ。人間族は私達魔族が生きることを侮辱した。人間族は人間族のために戦う勇者(ブレイブ)を侮辱した。とても許されたものとは思えない。それが今私の思う愚かな行為。そして魔族の起源、アリスの記憶に研究施設が出てきたでしょ?」


 エルザは「やっぱり」と。イルザも同じように察した。


 「魔獣に感情と力はあれど知性はない。知性と感情はあるが、力のない人間と掛け合わせたらどうなるか。感情と知性と力を備えた魔獣と人間のハーフ。それが私達魔族。感情と知性は一度くっつくと離すことができないもの。楽をするし侮辱だってする。行動原理に人間と魔族の違いなんて無いと思うわ。だから千年戦争なんて力を使ったものが起きた。こんなところでいいかしら?」


 エルザは納得したように頷く。グレンやスミレと生活を共にしてダークエルフとの違いなどほとんど感じられない、精々食べ物の好みくらいだ。同じように笑うし涙を流す。決定的に違ったのは魔力を扱えるか否か。だが魔力をも扱えるようになっているグレン達。人間族と魔族。結局はどう想い、どう行動するか。各々の思想で善にも悪にもなり得る。


 「だからこそ、神界器(デュ・レザムス)の扱いには気を付けて」


 最後にイルザとエルザの考えていることを読み取ったのか、それだけをニルスは呟いた。







 ニルスの私室。時は赤い月が照らす夜。


 「今日は充実したわ。出来れば心地よく眠りたいものね」


 ニルスは毎晩夢を見る。


 先代雪女族アリスの記憶。


 過去を映した記録。


 何を思い、何を起こしたか。


 ニルスの二面性はアリスの夢の影響が大きい。プライベートはニルス。魔王として振舞うときはアリスに感情が寄る。エルザが言う覚えていない記憶の部分は恐らくニルスとアリスが混在してしまっているからだろう。


 そう、ニルスの中にはアリスがいる。


 先代に転生前の人格が宿ることは無かった。何故かニルスの代で起こった。ニルスが今に拘る理由は、内に潜むアリスの人格を抑えるため。前を向いて未来を進もうとするニルスの意思。それを知る者はいない。


 ニルスは夢を見る。


 愚かな、愚かな人間族の夢を。



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