第96話 生皮
戸口に幾つもぶら下がっている
人間の生皮らしいものに
二人は気を取られていた。
「こいつら人の生皮を剥ぐのか。」
ミヤナは辺りを憚りながら言った。
「そうなんじゃねえのか。
冗談じゃねえな、まったく。
こんな所で捕まったら、
俺たちの生皮も
あそこにぶら下がるようになっちまうぜ。
やだやだ。」
バドグが肩をすぼめて言った。
「ふざけた奴らだ。あんなもの何に使うってんだ。
どの小屋にも干してあるぞ。」
ミヤナが周りの何軒かを見回しながら
気味悪そうに言った。
「何なんだかな。嫌なとこだぜ。」
バドグも理解しかねるという顔で
首を傾げた。
突然、女の悲鳴が聞こえて、
二人がハッと我に返った。
見ると遥か先のほうで人が争っている。
「何だ。」
咄嗟に意識で拡大した。
数人の男達が一人の女を
地蔵菩薩に縛りつけているところだった。
「女と地蔵を縛って、何やってんだ。」
どんな奴らなのか
相手の様子を探りながらバドグが言った。
この世界は物騒な連中ばかりなので
不用意に飛び出すわけにはいかない。
相手を見極めてからでなければ
取り返しがつかないことになってしまう。
ミヤナは物陰から
様子を窺っていたが、
「あれ」と思った。
イタチはどこだろう。
うっかりしていた。
肝心なイタチの姿が見えなくなっている。
「いないぞ。」
ミヤナは慌てて見回した。
しかしイタチの姿はどこにも見当たらなかった。
どこかに隠れているのだろうか。
隠れていそうなところを目で探してみた。
その間に男達は縛った女を
担ぎ上げると
丈の高い草むらの中へ姿を消した。
ミヤナは他に誰もいないことを確認すると、
すぐ全力で走って行って、
イタチの足あとを探した。
しかし途中までついていた足あとが
この場所でパタッと消えている。
「イタチに何かあったのかな。」
バドグがあとから追いついて来て言った。
「わからん。」
ミヤナはぶっきらぼうに言い放った。
顔を覗くと鬼の表情になりかかっている。
バドグは慌てミヤナから離れると
それ以上言葉をかけるのをためらった。
機嫌をそこねて怒り出すと
手に負えないのだ。
バドグはミヤナの気分が治まるのを
薄暗い森を見回しながら待っていた。
ここは現世の山の深い森と異次元の霊界が
複合された世界で、
いわゆる二重世界とでもいったところなのだろうか。
現世と霊界がダブって見えている。
ふと、バドグの動きが止まった。
今までずっとこちらを監視しているらしい
ザワザワした波動を感じていたのだが、
その波動がいつの間にか
殺気に変わっていることに気づいた。
これはヤバイ。
こんなところでもたもたしては居られないぞ。
「姉御行こうぜ。」
バドグはミヤナを促して、
この危険な場所からすぐにも離れようと声をかけた。
その時、
突然行く手をさえぎるように
白いものがぼんやりと現れ、
その輪郭がしだいにはっきりしてきた。