第80話 始末人
大上は後ろからつけられていると
気が付いているのか、いないのか、
警戒する様子もなく歩いて行く。
大上は駅に向かって歩いていた。
喫茶店を通り過ぎたと思ったが
不意に思い直したように振り返ると
戻るようにして
店に入って行った。
馬坂は慌てて横を向くと
タクシーを探しているふりをした。
大上が店に入ったのを確認すると、
あとは少し離れた街路樹の木陰で
出て来るのをただひたすら待った。
しかし熱い。
そよ風も熱風だ。
待っている時間がやたら長く感じられる。
大上はエアコンの効いた店の中で
氷がたっぷり入ったアイスコーヒーを
ゆったりと飲んでいるのだろう。
もうかれこれ一時間ほど過ぎただろうか。
脱水症状でめまいがしてきた。
馬坂は我慢出来ずに
今来た道の少し手前の
路地の角にある自動販売機まで
走って行って
ペットボトル入りのお茶を買うと
急いで戻って街路樹に隠れた。
ペットボトルの蓋を開けて
一口飲んで大上のいるはずの店を見た。
「あれ。いない。
どこへ行ったんだ。」
馬坂は慌てて店に近寄ると
中を見回した。
トイレにでも行ったのか
とも思ったが何気なく道路を見渡した。
すると店のはるか向こうのほうを
見慣れたパンチパーマの後ろ姿が
歩いて行くのが目に入った。
馬坂は一口飲んだペットボトルの蓋を
慌ててしめると
何事もなかったような顔をして歩きだした。
「大上が店を出たのか。
危うく見失うところだった。
これだからちょっとでも
目を離せないんだ。」
馬坂は独り言をいいながら
尾行を再開した。
大上は相変わらずのんびり
警戒することもなく歩いて
駅に着いた。
そして広い構内を迷うこともなく
人の往来をかわしながらすり抜けて
ロッカールームの中へ入って行った。
一瞬、間を置いて、
入れ替わるように
角刈りごま塩頭の
恰幅のいい男が出て来て、
馬坂の顔をチラッと見ると
人込みの中へ姿をくらませた。
「もしもし、あ、親っさん、
鮫谷の奴ら俺を尾行て来ましたよ。
やっぱり疑ってます。」
人込みに紛れながら
島塚は飯山組長に携帯電話をかけて
状況を報告していた。
「やはりそうか。
そうなると
早めに始末しなければならんな。
鮫谷のほうもそろそろ疑問に思って
怪しんでくるころだろうと
思っていたんだが、
図星だった。
どこから足がつくかわからんからな。
今のうちに事情を知ってる者は
すべて始末しておけ。」
飯山が血も涙もなく
冷酷非道に言い放った。
ロッカールームから出て来たのは
島塚だったのだ。
島塚は変装し、
大上と名乗って、
ずっと鮫谷達の様子を
うかがっていたのだ。
ロッカールームに入ると
素早くサングラスと
パンチパーマのかつらと
つけ髭を取り
シャツを脱いで
空いているロッカーへ
それを押し込んで、
下に着込んでいたTシャツで
出て来たのを馬坂は気付かなかった。
数日後の夜遅く、
発角との連絡係りの蚊山が
島塚に呼び出されて車に乗せられた。
蚊山のほかに
見知らぬ組員二人が乗っている。
どこに行くのか聞いても誰も答えず、
車の中では一言の会話もなかった。
車は国道から海岸通りに入って行く。
人影はまったくなく、
たくさんのコンテナが
積み上げられている波止場を
しばらく走って行くと
薄暗く淋しい突堤のところへ出て車が止まった。
ザブーン、ザブーンと
波が防波堤にぶつかっては砕けている。
島塚は蚊山に車から降りるように促して
自分も車から降りた。
他の二人も降りて
蚊山の逃げ場を塞ぐようにして立った。