第79話 霊障
真っ暗な部屋の壁の中から
黒い人影がユラユラッと出て来た。
「これからまた忙しくなるぞ。
連絡係りの大上を鮫谷に尾行させて、
裏で指示している張本人を
突き止めさせるんだ。
ますます混乱するぞ。
楽しくなってくるぜ。」
兄貴分の男が言うと
「ケケケケケ」
全体から薄気味の悪い笑い声が起こった。
「ウイルヘルム」
兄貴分が呼んだ。
「へえ。お呼びで。」
ウイルヘルムと呼ばれた男が答えた。
この男は白人で
顔の彫りが深く体が大きい。
言葉は英語だが、
意識で思うことが
そのままテレパシーで伝わるので
言葉を翻訳する必要はないのだ。
「大上が鮫谷に連絡しに行ったときに
尾行させろ。
それでそれが完全にうまくいくように
仕組むんだ。」
兄貴分が言った。
「へえ。
念力でも意識操作でも
なんだってやりますぜ。」
ウイルヘルムが冷酷残忍な顔で答えた。
「それから極斬会の飯山組長と
発角の意識に疑心暗鬼を吹き込んで
不安と恐怖を増大させろ。
そうすればお互いに相手を疑って
殺し合うだろう。
荒谷を襲った奴らは
サツにパクらせて
大魔会の仕業だと自白させるんだ。
そして大魔会、狂龍会、極斬会、
三つ巴の大戦争となるように仕組むんだ。
わかったな。」
ざわざわと全体から
同意の返事と残忍な笑い声が
沸き起こった後、
そこに集まっていた黒い霊達は
スーッと壁の中へ消えて、
もとの静寂が戻ってきた。
部屋の中は真っ暗で、
時折行き場所を失って
徘徊している霊が
姿を現しては消えて行く。
赤いきのこ事件から幾日か過ぎて、
極斬会熊虎組の組長飯山剛太は
妙に心がざわついて
嫌な妄想に怯えていた。
もし自分が裏で操っていることを
狂龍会か大魔会が
嗅ぎ付けたりしたら、
自分は両方の組から
命を狙われて殺されることになる。
今までは上手く行くにちがいないと
軽く考えていたが、
何故か恐怖が重苦しくのしかかって
心が押し潰されそうになって来ていた。
いまは思惑通り
大魔会と狂龍会が
抗争の火ぶたを
切ろうとしているところだ。
ここで
元怒髪組の連中がヘマをこいて
身辺を探られでもしたら、
すべてが水の泡だ。
そのうえ
自分が突き止められる恐れがある。
その前に始末しておかなければと
妙に気の急く想いが
強迫感となって
心を締め付けて来ようになった。
組事務所のソファーに座って
考え込みながら
タバコをふかしていたが
携帯電話を手に取ると
島塚につないだ。
連絡係りの大上は
サングラスをかけて、
パンチパーマに口ひげを生やし、
太った体に大汗をかきながら
三人分の今月の手当を持って
鮫谷のところへやって来た。
そして上からの指示は
三人におかしな動きはないか
探れというものだった。
「悪運の強い邪街組長の息の根を
今度は三人で止めてくれとの
上からの指示なんですが。
頼みますよ。」
大上は鮫谷達に話しかけながら
ポーカーフェイスで
油断なく気配を探っていた。
「はい、しかし
なかなか隙を見せなくて
思ったように行きません。」
鮫谷達も自分達が仕事の依頼主を疑っているということを
悟られまいと平静を装って言った。
「ところで、
一人足りないようだが
どうしたんです?」
大上が一瞬怪しんだ顔で
問い詰めるように言った。
「ああ、知り合いの葬式に行ってるんです。」
口裏を合わせておいた二人が
淀みなく言った。
「そうか。じゃあ、
これは本人に渡しておいてください。
俺も忙しい身だから
これで失礼しますが、
早いとこ決着をつけてください。」
そう言って、
さり気なく二人を見ながら
大上はもう一人分の手当を鮫谷に渡すと、
部屋から出て行った。
あらかじめ仲間の一人の馬坂を
マンションの外に
待機させておいた鮫谷が
すぐ携帯電話で
大上が部屋を出て行ったことを知らせた。
尾行させるためだ。
連絡を受けた馬坂が
マンションの玄関を出て来た大上を
尾行し始めた。