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第70話 憑依

その日は



一日中荒谷をつけまわしたが



襲撃のチャンスはなく、



組事務所へ戻ると



薮金は一人でどこかへ出て行った。



魔崎組の事務所は



歓楽街の一角に



建っているビルの



二階を借りていて、



入口には刃多興業はたこうぎょうの表札が



かかっている。



メンバーの矢田忠二やたちゅうじ



釣羽兼太郎つるばけんたろう



事務所のソファーに



そっくり返って座った。



「まったく用心深けえな。荒谷のやつ。」



矢田が憎々しげに言って



足を投げ出した。



「まったくだ。抗争には慣れてるからな。



そう簡単には隙を見せないだろうよ。」



髪の薄い釣羽が言った。



陰日は無言で



机のところにある椅子に座っている。



「あれじゃあ



強引に突っ込んで行っても



こっちが危ないからな。



何かうまい手はないのか。」



矢田が連日



成果もなく帰って来ることに



痺れを切らして言った。



「いっそのこと



出て来たところを



手榴弾しゅりゅうだんとマシンガンで



っちまえば



イチコロじゃねえのかな。



派手でスカッとするぜ。」



釣羽がやけくそで言った。



陰日は聞いていても、



はしゃぐ気持ちになれず



気分もすぐれなかったので、



相変わらず黙っていたが、



急にグラグラッとめまいがして



冷や汗がドッと噴き出した。



すると、



何者かが



背中から腰にかけて



サラサラと大きな刷毛はけ



軽く左右に触れながら



動いた感じがしたかと思うと、



頭が鉢巻きをしたように



絞めつけられた。



全身がヒヤーっと冷えて、



突然強い不安と恐怖に襲われた。



傍観者の私は



陰日の背後に目をやった。



そこには



ぼんやりと白い雲のようなものが現れていた。



見ていると



その輪郭が徐々にはっきりしてきて、



赤い目が爛々(らんらん)と光り、



前足で陰日の頭にしがみついて、



ゆっくりと私のほうに顔を向け、



どんなもんだと



得意げに長いふさふさした尻尾しっぽ



左右に振っている者が現れた。



「あっ、狐だ。」



狐の体はジワジワと



陰日の体の中に沈み込んでいって



背中が少し出ているあたりで



それは止まった。



狐は陰日の体の暖かさで



湯舟にかった時のように



深く息をはいて



しばらくうっとりした目をしていたが、



急に我に返ると



自分の頭を



陰日の頭の後ろから



中へそろそろと入れ始めた。



突然、



また陰日は頭痛とめまいがして



頭を抱えて机に突っ伏してしまった。



しかし、



しばらくそのまま我慢していると



不思議なことにそれは治まってきた。



でも何となく肩から背中にかけて



重苦しい感じがしてスッキリしない。



背中を左右に何かが動く



ザワザワした感じがして



気分が悪かった。



狐は陰日に取り付いたことで、



いつ襲われるかわからない世界の



不安な状態から、



肉体という



隠れる場所を得た解放感で



ホッと安心しているようだった。



地獄の世界は



出会えば襲うか襲われるかという



弱肉強食の世界なのだ。



この人間に取り付いて



隠れみののように



肉体の中に潜んでいれば



襲われる心配はないと思った。



狐は苦労して手に入れた



この極楽の状態を



絶対に手放さないぞと



陰日の肉体にしがみついた。



そして、



自分がこのままずっと



取り付いていられるように



陰日の意識を



コントロールしようとし始めた。



何かのきっかけで



意識の波動が



変わってしまったりすると



取り付けなくなってしまうようなのだ。



狐はそれを恐れて



自分の意識と陰日の意識を



完全に同期させようとしていた。



今の陰日と狐の意識の波動は



非常に似通っている。



ずる賢くて



自分の痛みには敏感だが、



他人の痛みにはまるで気付けない。



気が小さくて恐怖心が強いが、



すぐ怒りに心が支配される。



頭の痛みとめまいが治まると



原因はわからないが



たいしたことはないだろうと



陰日の心配は薄れていった。



翌日、



四人組はまたワゴン車に乗って



荒谷が出て来るのを見張っていた。



朝から寺野組の見えるところに



車を止めて機会を狙っているが、



すでに日が暮れて夕方になってしまった。



いつまでこんなことをしているのか。



「うちの組長は俺を恨んで



わざとこんなことをさせているんだ。



やっぱり俺を殺したいんだろう。」



陰日はもうイライラが鬱積して



不満のやり場もなく、



ところ構わず



拳銃をぶっ放してやろうかと



危険な衝動に駆られ始めていた。



突然、



「そうだ、その通りだ。



拳銃をぶっ放してやれ。



組長はお前なんか



死んだって構やしないと



思っているんだ。



あの事故のことを恨んでいるんだぞ。



このまま



組長の言いなりで殺されるか、



それとも先に



うちの組長を撃ち殺しちまうか。



どっちか一つだぞ。」



どこからか声がした。



気のせいなのか。



まわりを見回したが



他の三人は何事もなかったように



飽き飽きした顔をして



見張りを続けている。



なんだろう。



俺はどうかしちゃったのかな。



陰日は少し心配になった。



何か急に



自分の疑心暗鬼のおもいが強くなって



明確な信念のように



陰日を突き動かそうとしているような気がする。



「あっ、出て来たぞ。」



釣羽が荒谷の姿に気付いて小さく叫んだ。



瞬間全員に緊張が走って



いっせいに



寺野組の事務所のほうに目を向けた。

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