第7話 黒い人影
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油断なく
あたりに
気を巡らせて、
怪しい気配はないか
探ってみる。
屋根の上に積もった雪が、
時々
ドサッと落ちる以外、
物音はしない。
少し
ホッ
としたが、
気持ちが緊張して
高ぶったせいか
眠気が
すっかり
醒めてしまった。
それから
幾度か寝返りをうって、
どのくらい
時間が経ったのか、
男はまた、
うとうとっ
とした。
スーッ
と意識が遠のいて、
夢うつつのうちに、
遠くのほうで
「キーン」
と微かに
金属音のような
耳鳴りがしたな。
と思った
途端、
その音が
グワーン
と急速に大きくなって、
頭が割れんばかりの
激烈な轟音になった。
あーっ、
声にならない叫びを
上げた。
途端に
男の体は
ガチン
と固まって、
まったく
動かなくなってしまった。
声が出ない。
目は開いていて
天井が見えている。
自分の体が
ただの
物体と化して
横たわったまま、
動かそうともがいても、
神経がなくなって
しまったかのように
反応がない。
必死に
何とかしなくてはと、
あがいていた。
しかし
意識は不思議なほど
冷静に
部屋の様子を
うかがっていた。
ヒシヒシ
と不安が増してくる。
体は動かないが、
どういう訳か
目だけは動くのだ。
目で部屋の隅々まで
見回した。
いまは動けなくても
とりあえず
危険はないだろう。
でも
早く
この危機を
なんとかしなければ。
動けないこの状態で、
もし
悪意のある
何かが出て来て
襲われでもしたら、
まったく
なすすべが
ないと思った。
その時
足元の空間が
ゆらーっ
と歪んだかと思うと、
真っ黒な
ずんぐりむっくりした
中肉中背の
人影が現れた。
「えっ、
なんだ。」
思わず
心の中で叫んだ。
恐怖で逃げようとしたが
体が動かない。
「だれだ。」
これはまずいな。
相手の思うままだ。
こいつは何者だ。
どうするつもりなんだ。
その化け物は
凶暴さむき出しの
ギラギラした目で、
まじまじと、
横たわっている男を
見つめていたが、
無言で
ゆっくり
近づいて行くと、
いきなり
ガシッ
と首を絞めてきた。
「うっ」
すごい力だ。
ぐーっ
と絞められて
息が出来ない。
見る間に
血が止められて
顔が充血し、
眼球が
飛び出しそうに
なってくる。
化け物は
男の上に馬乗りになって
首を絞めている。
「くっ、
くるしいー」
声にならない。
体は
まったく動かせないし、
無抵抗のまま
どうすることも
出来ないのだ。
脇で見ている私のほうにも
同時に
同じ感覚が伝わってくる。
物質ではない
霊の存在ではあるが
強烈な
怨みや憎しみを持つと
肉体に作用するほど
物質化する
ものらしい。
「殺してやるーっ」
突然
絞り出すように
低く
唸るような声が
左耳にささやいた。
化け物の頭が
男の頭の左側にかぶさり、
馬乗りになって
手で首を絞めている。
何とかしなければ、
と気持ちは焦って
もがいているが、
どんどん
絞められていく。
どうにも出来ない。
本当に
殺すつもりなのか。
半分信じられない
想いもするが、
男はこのうっとうしい相手を
なんとか
振り払いたいと
焦っていた。
しかし、
しつこいやつだ。
時間としては
短いのであろうが、
感覚的には
ひどく時間が過ぎたような
気持ちがする。
すると
横のほうの空間に
突然
もうひとつの
黒い人影が現れた。
また
化け物だ。
「この野郎、
姿が見えないと思ったら
横取りしてやがって。」
言うがはやいか、
手に下げていた長剣を
躊躇もなく
振り下ろした。
ヒュッ、
鋭い風切り音と
横たわっている
男の首に
とり付いていた
黒い影が
ビクッ
と振り向いたのと
同時だった。
「ギャー」
断末魔の悲鳴を残して、
スパッ
と胴体が
真っ二つになった。
しかし
上半身の腕は
首に
まだ、しがみついている。
「くそー、
しぶてー野郎だ。」
言うが早いか
ふたたび剣を
ヒュッ
と縦割りに
鋭く斬り下げた。
鋭い悲鳴とともに
強欲剥ごうよくむ)き出しで
取り付いて
首を絞めていた腕が
真っ二つに断ち切られ
バタリ
と両脇に落ちた。
「油断もすきも
あったもんじゃねえ。
こんなところまで
くっついて来てやがったのか。」
いまいましそうに
見ていたが
「こいつも
しばらくは動けねえだろうが、
元に戻ったら
八つ裂きにしてくれる。」
はき捨てるように言うと、
気を取り直して
寝袋の男に
視線を向けた。
「やっと
ここまで追い詰めたぞ。
この体はおれがもらう。
誰も手出しするな。」
あたり一面が
ザワザワっ
と揺らめいたと
思うと、
ズラーっ
と黒い人影が
隙間もないほど
ひしめき合って、
その凶暴な
影の男の一挙手一投足を
凝視している。
いま斬られた
男の体は
しばらく動かなかったが、
しばらくすると
意識が戻ったように
ジリッ、
ジリッ
と斬られて、
はなればなれになった
残骸が
元の体に復元するように
距離が縮まって行く。
「おまえら、
そこの死神を
押さえておけ。
俺のじゃまをさせるな。
いいか。」
凶暴男が
群集に向かって
言った。
「へー、
おっしゃる通りに
いたしやす。」
黒い影が
ひしめき合う中に、
手足をつかまれて
身動き出来ないでいる
死神の頭巾の中に
顔は無く、
真っ暗な
深い空洞に
なっている。
その空洞のかおが
怒りで
歪んでいるように
感じた。
「おい、
その鎌をこっちへよこせ。」
「へえー」
死神を
押さえ付けている手下が
死神から
無理矢理鎌を
ねじり取って
凶暴男に手渡した。
「この鎌じゃねえと
仕事にならねえんだ。
死神を捕まえるのに
てこずったがな。
俺に不可能はないんだ。
ざまあ見やがれ。
この通りだ。」
手に持って
満足そうに、
鎌をながめてから
「いいか、
おまえら、
これから俺が
こいつの霊子線を
半分だけ切る。
それで
こいつの魂が弱まって
意識が薄れたら
俺が
こいつの胸の下側から
魂を抜く。
そしたら、
こいつを
すぐに戻れないところまで
引っ張って行って
捨ててこい。
その間に
俺は
こいつの体内に入って
肉体を支配する。
わかったか。」
「へーい、
おっしゃる通りに
いたしやす。」
凶暴な影の男が
鎌で探りながら
心臓についている
霊子線の根元に
鎌をあてがって、
ゆっくりと
刃を引いた。
「あー、
殺されるーっ。」
恐怖に駆られて
寝袋の男が
思わず
声にならない声で
さけんだ。
突然
ズキーン
と男の胸に
激しい痛みが走った。
意識が
だんだん薄れていく。
それを見計らって
凶暴な影の男が
みぞおちのあたりから
手を差し込むと、
魂をつかんで
引き出そうと
腕を引き抜き始めた。
まわりの手下達が
我先に
手柄を自分のものにしようと、
互いに
押しのけあうように
ひしめきあって
待ち構えている。
凶暴男の腕が
とうとう
魂を引きずり出した。
「出たー、
出たー、
出たー、」
場は騒然となった。
口々に
ヒステリックな
狂喜の雄叫びとともに
魂の奪い合いになって、
噛み付きあい、
なぐりあい、
興奮して
相手を八つ裂きにしたり、
大乱闘になって
激しい争奪戦と
化してしまった。
この連中は
感情が
極端に揺れ動いて
自分では
押さえきれないらしい。
一度興奮すると
極限まで
いってしまうようだ。
思うことが
そのまま
行動になってしまって、
相手に
憎しみや怒りを
感じた瞬間に
相手を
襲ってしまうのだ。
憎しみや怨みが
深ければ深いほど、
その行動は
残虐になる。
本人達も
どうすることも
できない
安らぎも
ゆとりもない世界が
そこには
広がっていた。
思うことは
相手に
すべてわかってしまって
ごまかすことは出来ない。
思った瞬間に
行為になる。
抜け出すことが出来ない
非情な
霊の世界だった。