第69話 予期せぬ方向
翌日、陰日は昼近くになって
目を醒ました。
昨日は山から戻ったのが
明け方に近かった。
山へ向かっているときは
自分が消されるのではないかと
怯えていたが
拳銃を撃つ訓練だということで
ホッと胸をなでおろした。
しかし微かな疑心暗鬼は
払拭し切れないでいる。
拳銃は撃ってはみたが
なかなか的には当たらなかった。
拳銃の精度がよくないのか、
それとも陰日に才能がないのか。
でも実際に撃ってみて
いちおう即席ではあるが
拳銃を扱えるようにはなった。
生半可に扱えるようになると
自分が強くなったような気がして
自信に満ちてくる。
いっぱしのやくざになった気で
肩で風を切って歩くようになった。
いざとなれば拳銃を使える。
拳銃を出せば怖いものはない。
しかし
陰日は組を抜けたい気持ちに
なったかと思うと
拳銃を扱える
怖いものなしの
優越感に酔いしれてみたりと
心はふらついて
複雑な心境になっていた。
いよいよ四人は荒谷襲撃の準備で、
組事務所へ
打ち合わせのために集合して
荒谷の顔を写真で記憶した。
それから襲撃方法も
様々な状況を想定して
シミュレーションしてみた。
荒谷が乗る高級外車の窓ガラスは
防弾ガラスにしてあるはずだから、
窓越しに狙っても
弾は弾き返されてしまうだろう。
荒谷が車に乗るときか、
降りるときに
襲撃するしかない。
陰日は
これから人を殺すのかと思うと
体が震えて
立っているのもやっとだった。
膝がガクガクして
めまいがしそうだが、
みんなから度胸がない、
気が小さいと
馬鹿にされて
相手にされなくなるのが怖くて
無理に突っ張って
強がっていた。
待っているのは
命のやり取りの修羅場なのだが、
こんな状態で大丈夫なのか。
陰日はまたしても
逃げ出したい衝動に
駆られた。
しかし
このような集団の中にいると
自分の想い以外の強い流れに
押し流されてしまう。
そして自分の
予期せぬ方向へ
どんどん向かって行ってしまう。
陰日は知らぬまに
人をあやめる刺客に
なってしまっていたのだ。
引き返すなら今なのだろうが、
しかし
この計画を
知ってしまった以上
抜けようとすればどうなるのか。
それを思うと抜けられない。
結局踏ん切りがつかないまま
ズルズルと流されて
寺野組をひそかに
見張り始めてしまっていた。
荒谷は事件以来
身辺に若い者を配置して
警護を強めている。
なかなか隙を見せない。
車の乗り降りのときは
その者達が
ガッチリと取り囲んでいて、
強引に襲撃しても
阻まれてしまう可能性のほうが高かった。
なかなかチャンスはなかった。
その日も、
中が見えないほど
濃いスモークを張ったワゴン車が
寺野組を見張っていた。
リーダーの薮金は
出て来た荒谷が
手下にガードされて
車に乗り込むのを
無言で見ていたが、
はっ、と表情が動いた。