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第67話 一宿一飯

陰日は退院したが



組を抜けることを言いだせずに



毎日悶々としていた。



ギブスで首が回らない。



組の事務所にいても



脇見運転をして組長に



怪我をさせてしまったことで



みんなの目が冷たかった。



「何をやらせてもダメなやつ」



と言われているようで



肩身が狭く息苦しい。



組長に組をやめることを



言おうかどうしようかと



思い悩んでいたが



なかなか言い出すことが



出来なかった。



この世界では



一度親分子分の盃を交わしてしまうと、



その縁を切ることは



容易なことではない。



ある日の午後、



組事務所にいた陰日は



酒多菊夫から部屋に呼ばれた。



また何か怒られるのだろうか。



それとも



ここしばらく、



元気なく浮かぬ様子でいたので、



組を抜けたいと思っていることが



わかってしまったのか、



とも思ったが、



わかってしまっていたら



その場で盃を返す話しをしようと



覚悟を決めて



呼ばれるままに



部屋へ入っていった。



組長と張子と酒多、



全員が首にギブスをはめて



首が回らず、



座敷にあぐらをかいて



不自由な格好で



コーヒーを飲みながら



ケーキを食べていたが、



首が固定されていて、



あごを動かすたびに



頭がカクンカクン上下していた。



陰日が入ってきたのを見ると



「まあ、そこに座れ。」



組長が陰日を



組長の向かい側に座らせた。



即座に若い者が



コーヒーとケーキとおしぼりを



陰日の前に置いて引っ込んだ。



「お前もケーキを食え」



組長が言った。



組長は酒が呑めず



甘いものが好きだった。



陰日は酒が好きで



甘いのは苦手だったが



組長が進めてくれたのを



断るわけにはいかない。



恐る恐る部屋に入ってきた陰日は



怒られる様子がないので



ホッとした。



安心して食べても



大丈夫だと思って、



頭をカクンカクンさせて



食べ始めた。



ふたくちみくち食べたところで



口の中が甘ったるくて



ため息をつきながら、



ふと回りを見ると



全員の目が陰日に向いていた。



陰日は口を開いたまま見回した。



なんだこれは。



陰日が気付いたのを見て



組長がおもむろに口を開いた。



「実はな。お前に話しがある。」



全員が笑っている。



何で笑っているんだ?



陰日は不安になって



組長の顔を見た。



「寺野組の荒谷の



たまを取ってこい。」



組長が



ケーキを頬張ほおばりながら言った。



「えっ、私が?」



陰日は耳を疑った。



「ハクをつけて来い。」



組長がひとこと言うと



酒多が拳銃トカレフを



陰日の前に置いた。



それを見ると



急にからだに悪寒が走って



ガタガタと震えがきた。



陰日は口に入れていたケーキを



喉に詰まらせ、



震え出した手に持ったカップから



コーヒーがこぼれ落ちた。



「私には出来ません。



誰かほかの人にお願いします。」



冷静さを失い、



うろたえて夢中で懇願した。



「いままで組から



これだけ世話になっておきながら



受けた恩義に



報いたくねえってわけかい。



一宿一飯に



命を賭けて報いるってえのが



極道の仕事なんだ。



まさか、てめえ、



極道をなめてんじゃねえだろうな。」



張子鉄次がギブスに首を固定され、



アザの残る顔で



頭をカクンカクン上下させて言った。



陰日は後悔した。



まさかこんなことになるとは。



「嫌か。



どうしても恩を返せねえってか。



おう、てめえ、



みんなの首をこんなふうにしちまって、



このおとしまえ、



どうつけるつもりだ。」



張子が声を荒げて



陰日を睨みつけた。

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