第63話 時限爆弾
有坂が帰ったあとも
しばらく
物思いに耽っていた。
両者が手を組もうと
歩み寄っているところでは
今の計画をこのまま進めて
大丈夫なのか。
不自然な感じがして、
かえって疑われるのではないか。
双方で情報交換すれば
バレてしまう可能性もある。
そうなると
元気な二つの組織を相手に
熊虎組が
戦争しなければならなくなって、
こっちが潰される。
しかし、
たとえ不自然であっても
お互い疑心暗鬼から
抜けられないのだろうし、
組織の末端まで
すべてが手を組むことに
賛同しているわけではない
ということもある。
中には
反旗を翻す奴だって
いないとは限らないはずなのだから、
手を組む前に
事を起こしても
問題ないのではないか。
大丈夫だろう。
そうだかえって好都合だ。
逆に丁度よかったんだ。
飯山を不安にしていた懸念は
いつの間にか
すべてが自分に都合良く
回っているように
感じられるようになっていた。
両者が手を組むということは
慎重にことを運ばないと
うまくいかない可能性があるだろう。
その均衡を崩してやればいいのだ。
それだ。
飯山はにんまりと笑った。
不意に呼び出し音が鳴った。
携帯には島塚の名前が
表示されていた。
飯山が携帯に出ると
「モシモシ」と
言う間もなく
「やりました。
荒谷の店が
木っ端みじんです。
ざまあみやがれ。
魔崎組のバッチを
転がしておきましたよ。」
と興奮した島塚の声が
飛び込んできた。
途端に飯山の心が
言いようのない不安で
重苦しくなった。
それまで仕返しと欲とで
勢いがついていたが、
いざ実行されたとなったからには
もう後戻り出来ない。
「ご苦労。
しばらく潜んでいてくれ。
死者は出たのか。」
と尋ねた。
「そりゃあかなり出たはずですよ。
客がいるど真ん中で
爆発ですからね。
いまごろは大変な騒ぎに
なっています。」
四十も過ぎている島塚だが
狂気に憑かれて
狂ったように
けたたましく笑った。
飯山は島塚のその様子に
不信感が心をよぎった。
この男に任せておいて
大丈夫なのか。
ただの殺人狂ではないのか。
不安がますます大きくなった。
荒谷は狂龍会の過激グループ
寺野組の大幹部だ。
爆破されたことを知れば
気も狂わんばかりに
激昂して
必死に犯人を探すだろう。
これで大魔会の魔崎組と
戦争になってくれればいいが、
大魔会と狂龍会が手を組んで
犯人を探すとなると、
潜入している者が
バレる恐れがある。
そして
連絡係がいることが
わかってしまえば、
それを探し出すに違いない。
そうなった場合、
熊虎組の仕業が突き止められて
大魔会と狂龍会の
二大組織と
戦わなければならないことになる。
とても勝ち目はないだろう。
飯山の心に後悔の想いが
ひしひしと迫って来た。
「これで狂龍会の動きがなければ、
しばらく間を置いて
魔崎組の矢場の店を爆破です。」
島塚が嬉しそうに言った。
飯山は島塚がここで焦って
次の事件を起こせば、
手違いで何らかの証拠を
現場に残しかねないことを
危惧した。
飯山の心は揺れた。
「それはちょっと待て。
その件でいまそっちに
連絡を入れようと
思っていたところだ。」
と飯山が言った。
おやっ、という感じで
「何か問題でもあるんですか。」
島塚が不服な様子で聞き返した。
「実は大魔会と狂龍会が
手を組むらしいという情報が
入っているんだが、
もう少し
詳しいところを
調べてからにして
もらいたいんだ。
それがわかるまで
次の計画は待っていてくれ。」
飯山が言った。
「そうですか。
いまがチャンスだと
思ったんですがね。」
不服そうに島塚が言った。
飯山はあらためて
この現状を見直してみると、
あまりにも
無謀な計画だったのではないかと
背筋に冷たいものが
走るのを感じた。
島塚に任せたのは
間違いではなかったか。
島塚が軽率な男に感じられて
信じられなくなっていた。
下手をすると
島塚の落ち度で
熊虎組が極斬会から
破門状を回されかねないような
気もしてきた。
人間は強そうに見えても
自分の命が危ないとなれば
意外に弱い。
他人の命は
どうなっても構わないが
自分の命となると
そうはいかないものなのだ。
携帯を切ったあと、
飯山は部屋のテレビの
スイッチを入れた。
しばらくすると
ニュースの時間が始まった。
「高級クラブで爆発死傷者多数」
のトップニュースが
けたたましいパトカーと
消防車のサイレンとともに、
現場が写し出された。
報道関係者や
野次馬たちが
映し出されているが
ごった返している中に
寺野組の荒谷の姿があった。
ガッシリした体格で
頬に肉がついた
恰幅のいい
三十代前半の男だ。
白いトレーナーの上下を着た
荒谷は連絡を受けて
普段着のまま
駆けつけて来たのであろう。
無惨に壊れた自分の店の前で
茫然と立ち尽くしていた。
時限爆弾らしく
犯人はまだわからない。
しかし店の客が
犠牲になったことで
騒ぎはますます大きくなって、
マスコミはこの事件を
大々的に批判していた。
警察も威信をかけて
犯人逮捕に
本腰を入れることを発表した。