第62話 二大組織
店内に客が入り始め、
活気が出てきた。
この店は飯山が
経営している店だったのだ。
島塚に好きなだけ
飲ませるように
店長に言葉をかけて、
飯山は一人で店を出た。
外はいつのまにか
雷雨が激しく降り始めていた。
これから巻き起こる暗雲を
象徴しているのだろうか。
飯山はこのあたりの
入り組んでいる縄張りで、
二大組織の
大魔会魔崎組と
狂龍会寺野組から、
ことあるごとに
嫌がらせを受けていた。
極斬会は二大組織からすれば
その規模は小さい。
飲食店のショバ代なども
熊虎組に決まったはずのものが、
境界線のあたりでは
曖昧になっていて、
いつの間にか
寺野組のほうに
納められている。
店が力の強い組織のほうへ
付かざるを得ないように
されてしまうのだ。
突っ張って
血の気の多い連中だから
いつもいざこざが絶えない。
「バカにしやがって、
いまに見てろよ。
そのうち
俺たちを馬鹿に
出来ないようにしてやるぞ。」
飯山はいままでいつも
そう思いながら
何とかしなければと
考えていた。
そして思いついたのが
この地域を取りし切っている
魔崎組と寺野組を戦わせ、
世論の反感を煽って、
組を解散させてしまう
ことだった。
そうなれば
残った熊虎組が
この一帯をすべて
手に入れることになるのだ。
そしてその財力を使って
極斬会の直参になることを
夢みていた。
これだけの規模の歓楽街を
手に入れれば、
豊富な財源は
すべて熊虎組のものだ。
何がなんでも
手に入れなければならない。
目的のためなら
手段は選ばない。
どんなことでもするぞ。
そのためなら
邪魔するやつは
抹殺する。
飯山は血も涙もなく
そう決意すると、
止めてある大型の外車に
乗り込んで走り出した。
ネオンがフロントガラスの水滴に
滲んでぼやけている。
これからどうなっていくのか。
先が見えない不安はあったが、
半面自分にはなんでも出来る、
すべてうまくいっている、
という手応えも感じていた。
このあたり一帯を
何がなんでも
独り占めにしてやる。
飯山の心は
執念と欲に取り憑かれ、
燃えた。
それから数日後の夕方、
飯山は組長室にいた。
先ほどまで
次々に鳴る電話と
訪ねて来る人々、
貸した金の取り立て依頼、
飲食店の新規開店挨拶や
ショバ代の支払い、
街宣車の要請、
縄張り内のトラブルなどに
応対している組員達の働きを
時々部屋から出て
満足そうに見ていたが、
それも静かになって、
これから
女の待っているマンションに
帰ろうかと思っているところへ、
ふらっと
熊虎組の金融部門を担当している
有坂銀次が入って来た。
「親っさん、お久しぶりです。」
太って腹が出た二十代後半の男だ。
丸顔で温厚そうだが
目は鋭く冷たい。
「おお、
しばらく会わなかったな。
まあ、入いれ。」
飯山が有坂を組長室に招き入れると、
ソファーに座るようにすすめて
自分も向かい側に腰をおろした。
見習いの組員は
言われる前に
きびきびとした動作で、
もうお茶とおしぼりを出してきて、
飯山がタバコを口にくわえると、
すかさず火をつけた。
吸った煙りをはき出しながら
「どうだそっちのほうは。」
飯山が聞いた。
「はい、
最近、高利の貸付けは
風当たりが強くて、
取り立ても
やりにくくなっていますが、
オレオレのほうは
うちの役者にいいのが
揃ってるので
大変に収益が上がっています。
オレオレとは
オレオレ詐欺のことらしい。
有坂の下には
高利の金貸しや
オレオレ詐欺グループ、
売春、覚醒剤の売人 (ばいにん)、
賭博などが
組織化されていた。
「そうか。
オレオレなら
元手はいらなねえしな。
もっと規模を拡大して
一気に頂いちまったほうが
いいんじゃねえのか。」
「はあ、そうですね。」
有坂が言うと
「ここにいる若いのを
そっちに送るから、
街でヤンチャ坊主を
勧誘して役者に仕込め。」
飯山がタバコの火を
揉み消しながら言った。
「ところで親っさん。」
有坂が声を落として
飯山に額を近づけた。
飯山が怪訝な顔で
有坂を見ると、
「実はちょっと気になることを
小耳に挟んだんですがね。」
言いにくそうに言いよどんだ。
「どんなことだ。」
飯山が促すと
「どの程度、信憑性があるかどうか、
わからないんですが、
大魔会と狂龍会が
手を組もうとしている
らしいんです。」
有坂が飯山の顔色を
見ながら言った。
一瞬飯山の顔が曇ったが、
すぐに平静を装って
「手を組まれたらうまくねえな。
その前に
手を打たなくちゃならねえ。」
飯山は考え込むように
遠くを見つめながら言った。