第51話 裏切り者
ザリエルが消えると、
いままで
兵士達を
浮かせていた力も消えて、
暗黒軍のすべてが
ガラガラと
落下し始めた。
投影されている映像も
回転しながら
真っ逆さまに
落下していって、
突然、
映像が消えると
無踏は闇の中に
すっぽりと包まれて
立っていた。
気がつくと
滝の水音が耳に迫って、
悪鬼の集団が
無踏を取り囲んで
今にも飛び掛かりそうに
邪悪な目を光らせていた。
暗黒軍が落下して
映像が消えたということは、
どうやら
ヘデルはザリエルと共に、
あの暗黒軍の中にいて
一部始終を
体験していたのであろう。
「思い出したであろうな。
そなたが姿を消して以来、
われらの力は封印され、
自由に動くことも
ままならぬ有様だ。
我らはそなたを
どれだけ捜したことか。
密偵に命じて
地獄の隅から隅まで
捜したのだが見つからなかった。
あれから
どれだけの年月が経っただろうか。
どれだけ捜したかわからぬ。
しかし、
思わぬところで
そなたが密偵の目に止まったのだ。
とうとう見つけた。
我らは躍り上がって驚喜した。
このときを
どんなに待ち望んだことか。
ああこれでまた
我らの力が蘇る。
期待は高まっていった。
がしかし、
いつのまにか
そなたは天上の使いっぱしりに
なり下がっていたではないか。
これは一体どういうことなのだ。
あまりのことに、信じられぬ。
明らかに
我らを裏切った行為ではないか。
ここにおる者達を
地獄の兵士に
仕立てあげた将軍のそなたが
裏切るとはいかなることか。
返答せよ。」
「返答しろ」
「裏切ったわけを答えろ」
暗黒軍の生き残りらしい
集団の中からも
口々に追求の声があがった。
夢覚めやらぬ状態で
意識が朦朧としながら
ヘデルの話しを聞いていたが、
無踏はいまだかつて
味わったことがない衝撃に
見舞われていた。
まさか
自分が暗黒軍の将軍であった、
などということは
信じろと言われたところで
信じられるわけがなかったし、
おまけに
「裏切った」
など寝耳に水で
理不尽窮まりないことだ。
なんという
身勝手なやつらなのだろうか。
無踏の心の中で
怒りが燃えだした。
返答しろと言われたところで
返答のしようもないではないか。
それに
こんな連中に
まとわり付かれること自体、
迷惑至極な話しだ。
覚えもないことを
持ち出されたところで
答えようもない。
無踏は無性に腹が立って
無言でヘデルを睨んでいた。
こんなやつらに
まともな返答など
したくもない。
返答などしてやるものか。
無踏は意地になって
一切口をきかないと
心に決めていた。
ヘデルは無踏のそういう反抗的で
敵意に燃えた意識を読み取ると、
たちまち激しい怒りが
燃え上がった。
目の色が残忍になって、
ヘデルのオーラが
赤黒く変わると
波動が無踏を締め付け始めた。
グーッと
強い圧迫感が
全身に迫って来て
息苦しい。
ヘデルは
自分を毛嫌いして
無視するような
無踏の態度に、
残虐感情が
一挙に沸き上がって逆上した。
「貴様ーっ、
八つ裂にしてやるぞー」
激昂して
歯ぎしりするように怒鳴ると
無踏の襟首を
乱暴に掴んで
剣を首に思い切り押し付けた。
ズキッと
剣の刃が首に傷を付けて
痛みが走ると、
肉体の首筋から血が滲んで
ツツツーと
一筋の赤い血が垂れた。
「ぎゃー、
やっちまえー。
殺せー。
ズタズタにしろー。」
地獄の暗黒集団全体が
狂喜して
ドッと
地響きするほど
あたりが揺らいだ。
血を見ることが
なにより楽しいらしい。
ヘデルは顔を
無踏の顔に
押し付けるくらいに近づけて、
興奮でブルブルと
体を震わせながら、
何をしでかすか
わからないような
狂気に支配された視線を
無踏に執念深く
ジットリと
絡み付かせて
「素直じゃないな。
このままでは
大変なことになるぞ。
我らをナメる態度は
命を縮めることになるのだ。」
唇を歪ませながら
声を落としてささやいた。
「ヘデルよ、
早まるな。
興奮を静めよ。」
滝の中からたしなめる声がして、
ヘデルは渋々
無踏から手を離して
引き下がった。