第50話 消え失せた
摩利支天は
ザリエルと全体の
一人一人の意識の動きを
感じ取って判断を
下しているようだった。
猪達の動きも
それに呼応していて、
兵士によっては
徹底的に
攻撃されている者もいた。
摩利支天は
ジッと
兵士達が
右往左往している中の
一点を見つめたかと思うと、
ゆっくりと
持っている弓に矢をつがえ、
キリキリキリッと
引き絞って
一気に解き放った。
プシュッ、プシュッ、プシュッ
光の矢が連続して
一直線に飛んで行くと、
兵士達に埋もれて
転がっている
アルタミラを囲うように、
ドドドドドドッと
光の柱が突き立った。
摩利支天は
アルタミラを守るため
光の檻を作ったのだ。
猪達は摩利支天に
協力出来るということで、
元気いっぱい暴れまわって
土埃で猪達の姿が
よく見えなくなってしまった。
暗黒軍全体が
猪の大群に掻き回されて
大混乱のまま、
兵士達が猪の体当たりで
突き飛ばされて、
あちらこちらで
ポップコーンが弾けたように
空中に舞い上がっている。
猪達の力は
摩利支天の法力で
倍増していて
暗黒軍は
どうすることも出来なかった。
指揮官のザリエルが
身動き出来ない状態では
暗黒軍の士気も下がり、
兵士達の動きも鈍って、
戦意を失ってきていた。
次元の裂け目が
ジタバタ
あがいているザリエルを、
じわじわと飲み込み始めた。
イシン中隊長が駆け寄って
ザリエルの体を引っ張ると、
まわりの者達も
いっせいに駆け寄って
引っ張ったが、
次元の裂け目は
ガッチリと
ザリエルをくわえたまま
放そうとはしない。
このまま飲み込まれたら、
どうなってしまうのだろうか。
ザリエルも兵士達も
不吉な予感に怯えて、
いつのまにか
戦いは中断してしまっていた。
遥かかなたまで
倒れた兵士達が
累々(るいるい)と横たわっているが、
その中で動ける者が
ザリエルのまわりへ
次々に集まって来て、
口々に言い始めた。
っというか
思うことと話すことが
同時なのだ。
「クソー、
引っ張ってもダメなら
どうすればいいんだ。」
「飲み込まれたら
どうなっちゃうんだ。」
「助からねんじゃ仕方がねえよ。
俺には関係ねえ。」
「あいつがいなくなりゃ
俺達は自由だ。」
「あいつにはひどい目にあわされた。
あんなやつは
飲まれちまえばいいんだ。
ざまあみやがれ。」
心配している者がいるかと思うと
恨みを晴らそうとしている者もいる。
独裁者として
言うことをきかせるためには、
力で押さえつけなければ
ならなかったために、
兵士達にも
ひどいことをしてきていた。
それを恨みに思っている者も
多くいたのだ。
ズブズブと
ザリエルがなすすべもなく
いちだんと沈んで、
コウモリの羽も無惨によじれて、
力なく動かすばかり、
誰もどうすることも出来ない。
とうとう
首まで沈んで
頭が出ているだけに
なってしまった。
摩利支天は
どうしているのだろうか。
あたりを見回すと
摩利支天の姿は
いつのまにか
忽然と掻き消え、
同時に猪の大群も消え去って、
サイボーグ軍団が
アルタミラを救急搬送用ボックスに入れ、
それをサイボーグの一台が
背負って飛び立つところだった。
ザリエルは目を見開いたまま、
すでに顔の半分まで沈んで、
あっ、というまに
頭が少し出るくらいにまで
なってしまった。
「あー、
将軍がー」
皆が一斉に叫んで
懸命に頭を引っ張ったが、
ドンドン
沈んでいって
ザリエルの頭が
スーッと
空間の中へ
跡形もなく消え失せた。