第40話 トイレは
けたたましい警報音に
全員が一斉に
あたりを見回した。
そして
それぞれが慌ただしく
自分の持ち場に走った。
かなりの距離があるが
黒く煤けた大集団が
砂埃りのようなスモッグを
立ちのぼらせながら、
民家を取り巻いているのが見えた。
アルタミラは黒い集団に
意識を向けて拡大してみた。
同時に声も拡大されて
意味不明な狂声や
話している大きな声が
聞こえてくる。
「皆殺しだ。」
「誰が一番成果をあげるか競争だ。」
「てめえなんかに負けやしねぇ。」
「一人残らず殺っちまえ。」
興奮して
嬉々(きき)とした声が
聞こえて来る。
人殺しが楽しいらしい。
鮫の目をして
角を生やした兵士達は
集団のあちらこちらで
喧嘩が始まると、
そのまわりも巻き込まれ、
すぐ殺しあいになり
大混乱になる。
怒り、憎しみ、殺意が
この集団を動かしているようだ。
化け物より恐ろしい
鬼の大軍が
住宅街からこちらに向かって
進軍し始めたのがわかって
アルタミラは肝をつぶした。
「あの住宅街は全滅なんだ。
だから言ったじゃん。
あんな間抜けな顔した試作機じゃ
太刀打ち出来っこないって。」
アルタミラは最初から
弱腰になってうろたえていた。
「アルタミラ君、
戦ってもみないうちから
もう負けているのかね。」
ガリレ博士が
横目で睨んで
たしなめて言うと、
アルタミラは
また恐縮して謝った。
ガリレ博士は細い目をより細め、
白衣の腕を組んで
暗黒軍団がやって来るのを
見ていたが
「最前列に
実験用試作サイボーグを
横一列に列べて、
その後に
実戦用サイボーグを
配置するように、
それから
司令塔のまわりに
バリアを張ってください。」
と命令した。
試作サイボーグが
最前列に五十機、
後列に
実戦用サイボーグが一千機
それぞれが間隔を開けてならんだ。
迎え撃つ暗黒軍は
十万の大軍勢。
芥子粒のように見えていたものが
徐々に
ズーム無しでも
ハッキリ見えるようになってきた。
間抜けな顔をしたサイボーグ達が
どこを見ているのか
危機感もない様子で
ボーッとつっ立っている。
ザリエル達も
以前から博士達の様子を
意識でズームにして
状況を探っていた。
目を大きく開けた
びっくり人形のような顔の
サイボーグを見ると、
ザリエルは鼻で笑って
「なんだあれは、
あんなおもちゃみたいたもので
おれ達に対抗しようというのか。
我らの力を見せてやる。
一握りでたたき潰してくれようぞ。」
と言うと、
兵士達もけたたましい野獣のような
笑い声を上げて
「首をもぎ取って、
手足もバラバラにして
二度とおれ達に逆らえねぇように
してやろうじゃねぇか。」
ギラついた目で
口を歪め、
狂ったように騒ぎ立てた。
ザリエルは
兵士達を浮かせているパワーを
横に拡げた。
瞬く間にズラズラーっと
広い範囲に兵士達が展開されて、
圧倒されるような
大スペクタクルの光景が現れた。
攻撃が始まれば
一直線に突進してくるに違いない。
ザリエルは
攻撃にちょうど良い距離まで近付くと
全体を止めて
タイミングを図っていた。
双方とも動きが止まったまま
睨み合う形になった。
暗黒軍の兵士達は
ウズウズしながら
いまか、いまかと落ち着かずに
攻撃命令を待っている。
サイボーグ達は笑った顔で
ポケーと、
どこを見ているのか
わからない様子で
まっすぐ前を見て
身動きもしない。
ザリエルがゆっくり右手を上げた。
「来るぞ。」
博士達の陣営に緊張がはしった。
アルタミラは恐怖のあまり
逃げ出したいほど体がガチガチで、
心臓がのどから飛び出しそうになっていた。
「お腹が痛い。」
霊に肉体はないはずなのに
便意を催した。
この世界は思ったことが現実化する。
我慢出来なかった。
トイレはないかと探し回った。
しかし
トイレはどこにも見当たらないのだ。
恐怖と便意によって気がそぞろ。
上の空になってしまった。
脂汗が噴出してくる。
肉体を持っていたときの意識が
まだ残っていて、
危機を感じると
肉体感覚の回路が作動するだろう。
アルタミラは建物の中を
トイレはないかと探し回った。