第38話 残虐
この場所は
暗く冷えきった
極寒の荒れ野に
変わってしまった。
すでに
食料や水も
消えてしまっている。
ザリエル軍団の
飢えと渇きが始まった。
維持部隊の隊員や住民の多くが
ザリエル達に強い怨みと
殺意を燃やして
地獄の次元を
生み出してしまったことが
原因だった。
そうなることを
ザリエルは
目論んでいたのだ。
それにまんまと
乗せられてしまった。
いままで
住んでいた住人も
怨みで目が真っ赤になり、
頭に大小の角が生え、
牙の突き出た口が
耳元まで裂けていた。
天上の世界であっても
低い段階で
不動の意識まで
到達していないため、
強く揺さぶられれば
簡単に意識が動かされて、
怨みから抜けられなくなってしまう。
そのため
敵の酷い仕打ちを
絶対許すことが出来ない。
やられたらやり返す。
相手を抹殺しなければ
治まらない
という意識の状態に
はまり込んでしまっていた。
あの時、
隊長のサバスは
空から降って来た
敵の一太刀を剣で受けた。
そして数交打ち合ったが、
上段から打ち込んできた
相手の強い剣を
斜めにかわした瞬間、
相手の剣が
下から返って来た。
「しまった。」
思う間もなく
腹から胸にかけて
斬られた瞬間、
返したその剣で
肩口をザッと割られた。
「ウグッ」
サバスが思わず呻いて
肩に手をやるところを
足蹴にされて転がった。
そこへ回転した槍先が
左太ももを貫いた。
「グオー」
悲鳴をあげたサバスを
片手で軽々と
持ち上げた魔兵が
空中高く放り上げた。
それを
下から矢がいっせいに
狙い打ちした。
サバスの体に
矢が葱坊主のように刺さって
落ちて来た。
魔界の兵士達は
それを面白がって
甲高い興奮した声で
笑い転げた。
軍団兵士達の
隊長に対する
残虐な行為を見ていたテラソは
悔しさで怒りが爆発した。
「くそー。
ふざけやがって。」
強烈な殺意が噴き上がり、
体中から
真っ赤な火炎と
真っ黒な靄が
立ち昇った。
剣を振りかざして
化け物軍団に斬り込んで行った。
見るとホルスやカバルも
必死に戦っていたが
それぞれの体からも
火炎と黒い煙が噴き上がっていた。
多数の敵に斬られ
玩ばれたあげく
矢で葱坊主にされたサバスは
相手に一太刀も
あびせられなかった悔しさが
憎しみになり
怨みになった。
どうしても
やり返さなければ
気が済まなかった。
隊長である自分が
部下の見ている前で
なぐさみものにされた屈辱感が
堂々巡りして
抜けられなくなっていた。
あまりにも情けなかった。
隊長としての
面子が丸つぶれだ。
今まで
平和すぎて油断していた。
まさか
このようなことが
起こるとは思っても見なかった。
起こるはずがなかった。
いつの間にか
サバスの体が傷だらけで
矢が刺さったまま
執念深い蛇の鱗に
被われ、
角と牙が生えて
人とは思えない恐ろしい姿に
なっていた。
そして
まわりには
黒い靄が
噴き出している
不気味で危険な化け物達が
類は類を呼んで
引き寄せられ、
そこらじゅうの空中から
ポコポコ現れて来る。
次元を越えて
引っ張られて来るのだ。
そして
それが瞬く間に増加し、
地獄が広がって行った。
世界が劇的に変化して行くありさまを
見ていたザリエルは
この勢いをもってすれば
地獄の大帝王ラスホル様も
納得するだろうと思った。
ザリエルは
成果をあげなければ
ならなかったのだ。
なぜなら
ザリエルの住んでいる世界では
義理とノルマは絶対だった。
何がなんでも
これを果たさなければ
生きて行くことは
許されない。
のんびりしている猶予はなかった。
次に侵略する次元も
地獄へ取り込まなければ
ならないのだ。
ザリエルは
荒れ野の時空の壁に
再び念を集中して
穴を開けた。
淡い金色の光が
その穴から漏れて、
暖かい風が
緩やかに流れて来る。
ザリエルは無言で手を上げて
大きく前に振り下ろした。
軍団がふたたび
移動を開始して
次々穴の中に消えて行った。