第33話 妖術
「どうしよう。」
優子はオロオロ
気が動転して、
どうしたらいいか
わからなくなっていた。
見ていることしか
出来ないのか。
頭が固まって
何も思いつかなかった。
突然
一匹の大蛇が
優子に興味を示した。
優子が
霊視出来ていることを
大蛇に
感づかれて
しまったようだ。
この大蛇は
霊視のきかない者に
興味を示さないのだ。
大蛇に呑まれた者が
呑まれたことを認識して、
その恐怖で
意識が反応したときに
それが現実化するのを
利用するという
ことなのだろう。
「あっ、」
優子は恐怖に
おののいて
後ずさりしようとした。
しかし
足が床に
張り付いたまま動かない。
知らないうちに
大蛇の妖術に
やられていたのだ。
無表情で
冷酷な大蛇の目が
ゆっくり近づいて来る。
ますます
力が抜けて行く。
「キャー」
思わず叫んだ。
しかし声にならない。
大蛇は長い舌を
チョロチョロ出して
毒液を滴らせた。
その瞬間、
カッと全開にした口に
牙を光らせて
飛びかかって来た。
しまった。
意表を突かれた。
と思ったその瞬間、
優子の体が
固まったまま
ゴロンと転がった。
突然
目の前の目標を
見失った大蛇の毒牙が
空を掠めた。
そして転がりながら、
その時優子は
なぜか内側から
不思議な力が
湧き上がって
来るのを感じた。
それは
動転している意識を
押しのけて出て来る。
それが突然
めまいと共に
爆発的噴出になった。
その途端、
プチッと
何かが
弾けたような
感じがした。
すると
妙に
腹が座ってきて
冷静になった。
「武器はないか」と
一瞬でまわりを探る。
すると
まさに
呑み込まれようとしている
無踏の右手に
独鈷が
握られているのが
チラッと目に入った。
キッ、と
鉛色男を
睨みつけたまま
大蛇の動きを
うかがっておいて、
独鈷を
意識がとらえた。
と一瞬、
脱兎だ。
あっと言う間に
無踏の脇へ
飛び込んで、
独鈷をもぎ取ると
同時に、
意識と連動して
一瞬にして
長く伸びた独鈷を
体の脇に突き立てた。
ガキーン。
真横から
八臂の剣が
斬り込んで来て
危うく
真っ二つだ。
間髪を入れず、
独鈷を鋭く回転させ、
剣を下から跳ね上げた。
ガキーン、
相手の腕はその反動で
後ろまで跳ね飛ばされ、
体が反り返った。
男は慌てて
態勢を立て直すと、
無理に
余裕を見せて
体の力を抜き、
照れ笑いで
慌てていることを隠そうと
口を歪めて
右に左にゆっくり
行ったり来たりした。
しかし、
笑うことが出来ないほど
狼狽えていることが
正直に伝わって来る。
大蛇がつねに
隙を狙っている。
八臂の剣が
目にも止まらぬ高速で
動いてきらめいている。
鉛色男は
気を取り直すと
身構えた。
しばらくのあいだ
お互い
にらみ合っていたが、
しびれを切らした男が
「うわぁ」
と叫ぶと
強引に
槍を連続して
突き出して来た。
速い。
あっと思った瞬間、
甲冑の
胸板を突かれた。
優子の体が
後ろに弾かれて
仰向けに転がった。
男が宙を飛んで
そのまま体ごと
上から槍を突きおろした。
独鈷が間に合わない。
優子は素早く
体を横に回転させ、
跳ね起きると
地面に独鈷を突いて
棒高跳びのように
飛び上がった。
「くそっ」
男はうらめしそうに
目で追った。
優子が着地すると
男が突進して来た。
槍で突いて来ると
すぐに剣を回して
上から打ち込んでくる。
槍を弾いて、
即その剣をはね除け、
上から襲って来る
大蛇の牙を
皮一枚でかわすと
シュッと
延びた独鈷で
一気に叩き落とした。
どうっ、と倒れた
大蛇の頭が床で
跳ねると
他の大蛇が襲って来た。
体をかわしながら
男の 胸板めがけて
尖った独鈷の先端を
突き出し、
引きながら
独鈷を
クルリッと回転させると
頭を狙って
振り下ろしざま、
突き出した。
ただ者の動きではない。
どう見ても
武道を極めた者の動きだ。
私は優子の
意識していない、
もうひとつの
異なる意識の力を、
そのとき感じた。
女だと思って
馬鹿にしていた
薄笑いの鉛色男の顔から
笑いが消えて、
必死になっていた。
無踏は完全に
呑み込まれてしまった。
大蛇は胴体の一部を
プックリと
膨らませ、
何食わぬ顔で
舌をチロチロと出している。
呑み込まれたのは
無踏の霊体なのだが、
肉体の無踏は
気を失って
床に倒れてしまっていた。
サエと綾香が驚いて、
無踏の体を
揺すりながら
声をかけているが
意識はない。
いつの間にか、
優子は
まばゆく光り輝く
甲冑をつけて
戦っていた。
優子は
低く身構えながら
大蛇と剣と槍の
連続攻撃を
かわしていたが、
突いてきた槍を
独鈷でバシッと叩いた瞬間、
ふわりと飛び上がった。
ブンと
音がして
ガツッと
衝撃音が
したかと思うと、
鉛色男は持っていた槍を
バタッと
落とし、
頭を押さえてよろめいた。
すかさず
八臂の腕の一つを
独鈷で叩くと、
持っていた剣が
ガラリッと
床に落ちたのを
優子が素早く拾うと、
それを振りかぶって
大蛇の膨らんでいる
胴体の
下のあたりに
シュッと
鋭い音をたてて
斬り込んだ。
大蛇の胴体が
スパッと
真っ二つになり、
ドサッと
音をたてて下に落ちると、
ふらついている
鉛色男の腹を
その剣が
ズンと
貫いた。
男は「ウグッ」
低くく呻くと、
倒れまいと
しばらくこらえていたが、
ついに
ガクッと
膝をついて
うずくまるように
前にのめって倒れた。
優子はすぐに
切り落とした
大蛇の胴体のところに
かけ寄った。
無踏が入っているところが
膨らんでいる。
すでに
人格が
溶かされてしまったのだろうか。
優子は目を据えて
慌てもせずに
剣を胴体に押し付け
ゆっくりと引いた。
よく切れる剣は
音もなく斬り裂いて行く。
裂け目が徐々に広がって
中から無踏の頭が出て来た。
そして見る間に
体が押し出され
転がり出て来た。
無踏は意識がない。
いつの間にか
神官も鉛色男も
斬り落とされた大蛇も
跡形もなく消え失せ、
良一の顔は
晴々(はればれ)として
元の自分に
戻っているようだった。