第25話 天変地異
しかし
盆地に築かれた
都市の人々は
予想もしていないところから
大量の水が出て来たことに
驚愕した。
地震で破壊されたところへ、
来るはずもない津波が、
思ってもみない
山から落ちて来たのだ。
何が起きたのか。
人々は高台に逃れようと
必死で走った。
しかし
運河に渡された橋は
ほとんどが
落ちていた。
そして
そこへ
山のような津波が
運河を埋め尽くすように
盛り上がって
突進して来た。
「神が怒っている。」
「神を怒らせた。」
神々がこれほど怒るとは
よほどのことが
あったに違いない。
人々は恐れおののいた。
あれほど
生け贄を捧げたのに
どうしたことか。
神の機嫌を損ねたのは
一体誰なんだ。
何に怒ったのだ。
生け贄の中に
気に入らない者がいたのか、
それとも
神官のやり方に
問題があったのか。
命からがら
危機一髪で
生き残った人々は
海水が巻き込んで
破壊した瓦礫の山を
前にして
持って行きどころのない
怒りと
日頃虐げられて
生殺与奪を
欲いままにされ、
押さえつけられてきた
鬱憤が
強い怒りとなって
噴出した。
地震と津波の後、
余震がいつまでも
続いている。
こうなってしまった
神の怒りは
最高神官である
自分のせいに
されるかも
知れないのだ。
テミクシは
責任を逃れる
方法はないかと
考えていた。
死んでも
すぐに生き返る
という思想は
子供の頃から
教え込まれているために
死ぬことは
恐ろしくなかったが、
生け贄にされて
黒曜石のナイフで
胸を裂かれ、
断末魔の
呻きを上げて
息絶えるのは
屈辱感と恐怖感で
生きた心地が
しなかった。
これだけは
なんとしても
避けなければならないと
思った。
しかし
自己犠牲が
美徳とされている以上
生け贄に選ばれたら
断ることは出来ない。
もし
それを恐怖して
逃げでもすれば
国民全体から
非難を受けて、
この国で生きて行くことは
出来なくなる。
どうしたらいいのだ。
テミクシは必死に
知恵を絞った。
幾度も幾度も
考えが堂々巡りした後、
責任を追及されないように
するためには
国王に
余計なことを
考えさせなければ
いいのだと思い至った。
国王が
テミクシの不手際に
目を向ける前に
大量の生け贄を
自分が主導して
太陽神、水の神、山の神、大地の神に
捧げることだと思った。
太陽神は
命が弱ってしまったのか、
まだ
厚い雲に覆われたまま
姿をあらわさない。
取りあえず
早く生け贄の命を捧げて、
太陽神を
生き返らせることが
先決だった。
この闇を
テミクシが祓って見せれば
それが手柄になるだろう。
それを責任追及の前に
成し遂げれば
テミクシの罪は
免れるはずだ。
そのためには
未だかつて
無かったほどの規模で
大々的に
生け贄を捧げる儀式を
執り行う必要があった。
規模が小さければ
神々は
許してはくれないだろう。
「さっそく
国王に奏上して
生け贄を集めよう。」
まだ余震が続いて
水が引く様子は
なかったが、
すぐに
配下のアデルコを呼んだ。
「緊急事態だ。
宮殿に行って
国王陛下の安否を
確認してくれ。
そして
すぐに生け贄を
多数必要としていることを
申し上げて来てくれ。」
テミクシは有無を言わさぬ
強引さで言った。
「テミクシ様、
まだ水が引いておりません。
この状態では
宮殿に行くことが
出来ないと
思われますが。」
アデルコは
何でこのような状況の時に
テミクシが
このようなことを
言い出すのかと
不満に思った。
しかし
専制国家では
これ以上の反論は
出来ない。
「何をぐずぐず申しておる。
すぐに
生け贄を
捧げなければ
ならないのだ。
どのような
手段を使ってでも
国王陛下に
お伝えするのだ。
いますぐにだ。」
気温が下がり、
ここのところ
雪が降り続いている。
アデルコは
厚手の服を
羽織って
仕方なく外へ出た。
水は
だいぶ引いてきたが
まだ深い。
数人の人足を連れて
丸木舟に乗ると
漕ぎ出した。
山のように
積み上げられた
瓦礫が行く手を阻む。
津波に呑まれた
マンモスや恐竜の死骸が
その中に
多数見えて
異臭を放っていた。
それを
避けながら
進んで行く。
神殿にも
被害はあったが
完全に崩れては
いなかった。
しかし
石造りの都市の
ほとんどは
壊滅状態になっていた。
そして
物流が止まり
国中が飢餓状態に
なっていた。
食べるものが
なくなったとき、
人間は人間で
いられなくなる。
肉体は
生き残るために
手段を選ばない。
そうなると
奪い合いが始まる。
そのため
どこへ行っても
危険な人間で
溢れて来ていた。
道路は寸断され
物流は止まり、
国の生産活動再開のめどは
まったく立っていない。
人々は
飢えに耐え兼ねて
食物を探し回っていた。
生き残ったマンモスや恐竜は
格好の餌食となり、
人々は先を争って
奪いあう。
アデルコは
油断なく
辺りを警戒しながら
舟を進めた。