第24話 最高神官
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「どうしたらいいんだ。」
最高神官は
頭の中が混乱していた。
神の怒りだ。
完全に
神を怒らせてしまった。
あれだけ
生け贄を捧げたというのに。
我が国には災いを
及ぼさないだろうと
信じていたのだが、
神は何故、
このような
罰を我々に与えるのか。
自分が行った祀り方が
神の意にそぐわなかった
ということなのか。
このままでは
最高神官である
自分への信頼は
地に堕ちてしまう。
ここで
手をこまねいていれば、
権力の座を
狙っている奴らの
格好の餌食だ。
祭司の真心が
神に届かなかった怠慢の
責任を追及され、
自分が生け贄にされかねない。
最高神官は
他人を生け贄にすることには
痛みは感じていなかった。
というよりむしろ
残虐さに打ち震えて
狂喜で踊り狂うほどの
強烈な快感を
感じていたのだ。
ところが、
いざ自分が
生け贄にされて
黒曜石のナイフで
胸を斬り裂かれ、
生皮を剥がれることを思うと
気味悪さで
全身にゾッと鳥肌が立った。
それだけは
なにがなんでも
避けなければならない。
この国、カボトバン王国の
国王カムシュリの
残虐さは
国内はおろか
周辺国にも知れ渡っていた。
それ故、
誰かが
この事態の責任追及を
国王に進言でもしようものなら
私の命はない。
最高神官は
様々な想いが
心の中を駆け巡って
穏やかではいられなかった。
「テミクシ様」
扉の外で声がした。
「入れ。」
テミクシと呼ばれた
この最高神官が答えた。
すると
頭に被物と
石の胸飾りをつけ、
耳に大きなイヤリング、
腕と足に飾りを付け、
サンダルを履いて
赤と茶と黄色の
幾何学的な柄を
編み込んだ
裾のながい服を着た
神官のパチャクが
入って来て
最高神官の前に
ひざまづいた。
テミクシは頭に
宝石の並んだ
革ベルトのようなものを
巻いているが、
その下に
柔らかくなめした革を
被っていて、
それが頭の後ろに広がって
垂れ下がっている。
その革の縁に
人の手や足の形を
したものが
付いている。
それは
人間の皮だったのだ。
そしてやはり
青と赤の幾何学的な柄の
裾の長い服を着て
鷲の形を模した
フードを被り、
耳に大きな
イヤリングを付け、
カッと
飛びだすほど
大きく見開いた
瞬きをしない
狂った目を
パチャクに向けて
「どんな様子だ。」
とテミクシが尋ねた。
「はっ、
コスカル様が
不審な動きをしています。
側近のセンチャコが
国王に影響力のある
王公貴族達のところへ
頻繁に
出入りして
何やら根回しを
しているようです。」
やはり狂気で
見開いた目の
パチャクが
あたりを憚って
声を潜ませた。
コスカルというのは
テミクシの一族と同様、
代々神官を出している貴族だが、
お互い事あるごとに
権力闘争を
繰り返していた。
「やはりそうか。
思った通りだ。
あいつを
始末しておかなかったのが
間違いだった。」
テミクシは一瞬
表情が動いたが、
すぐに
無表情な顔に戻った。
テミクシは
コスカルが
自分を
落とし入れるのではないかと
いつも疑っていた。
そこで
今回も
すぐパチャクに命じて
密かに
コスカルの動きを
探らせていたのだ。
パチャクを下がらせたあと、
テミクシは
コスカルの策謀を
阻止する方法を
模索し始めた。
自分が生け贄にされる。
それだけは
避けなければならない。
やられる前に
先手を打たなければ。
それにしても
私のどこがいけなかったと
いうのか。
生け贄を
怠ったことが
あっただろうか。
思い返してみたが
生け贄を
増やすことはあっても
減らしたことは
断じてなかったはずだ。
ここ数年間、
凶作が続いて、
太陽神が弱っているのは
感じていた。
そこで
太陽神トナティウと
大地と水の神アトラトナンへの
生け贄の数を
二倍に増やしたのだが、
それでも
事態はよくならなかった。
これでもまだ
足りないのだろうと
いうことで
これ以上増やそうとしたが
生け贄の数が
追い付かなくなってしまった。
それで
近隣の部族に言いがかりをつけて
戦を仕掛け、
生け贄としての
捕虜を確保しようとしていた。
その矢先の
この天変地異だった。
やはり太陽神や
大地の神の命を
永らえさせるには
生け贄の命が
不足だったのだろう。
生け贄が足りなかったのだ。
神が完全に怒っている。
大変なことになってしまった。
太陽は姿を見せず、
ただ真っ黒な
分厚い雲を通して
薄暗い世界と
闇の暗黒世界が
交互に入れ替わりながら
一日が過ぎて行く。
いったいこの世は
どうなってしまったのだろう。
神の怒りだという
噂ばかりで、
正確な情報は
まったく掴めなかった。
かなりの高地なのだが
見渡す限り
海原が広がっている。
被害がどのくらいなのか、
世界は滅亡したのか。
下の地域への交通が
遮断されて
孤立したままで、
不安だけが増していった。
思い起こせば、
こんなことになる
だいぶ以前から
地震が頻発し、
多くの火山が
連鎖反応のように
次々噴火を
繰り返していた。
それは漠然と
不吉な予感として、
すべての国民が
感じてはいたが、
これが果たして
どうなって行くのか
ということまでは
まったく
理解出来ていなかった。
しかし、
それが
突如として
やって来た。
ドオーッと
地鳴りがしたかと思うと
突然地面が盛り上がった。
あっ、
と思った途端、
大地が篩にかけられたように
大きく波打って
激しく揺さぶられ、
バッと
地面が
広範囲に割れて
口をあけた。
いつもの地震とは違う。
山も崩れるかというほどの
巨大な激震が
長い時間続いた。
その後
大きな余震が
頻発していたが、
どのくらい経っただろうか、
やっと
揺れが落ち着いたころ、
人々が何やら
東の方角を指差しながら
騒ぎ出した。
はるか彼方の地平線に
水煙りが
靄のように広がって、
巨大な山のように
盛り上がったものが
地平線全体に広がって
こちらに突き進んで来る。
「何だあれは。」
「どんどん近づいて来るぞ。」
「山か。」
「いや、違う。水だ。」
「水の神の怒りだ。」
高い山に住んでいる部族にとって
津波などということは
理解出来ない。
それはものすごいスピードと
海の水全体かと
思うほどの水量で
すべてを巻き込み
破壊しながら
押し寄せて来る。
そしてそれが
近づいて来たとき
人々は恐れおののいた。
これだけ高い山の
上のほうにいるというのに
津波は
山をも飲み込むほどの
高さで襲い掛かってきた。
「逃げろ。」
「来るぞ。」
人々は先を争って
山の上にかけ上がった。
そのうち
瞬く間に
暗雲が全天を覆って、
今まで
すぐ下に見えていた
山々までもが
水の底に沈んでしまった。