表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/136

第23話 沢山良一

編集済みました。

それから



しばらく経った



五月半ばの週末、



昼を過ぎたころに



優子の幼なじみの



神林サエが訪ねて来た。



短くカットした髪が



ほほの下あたりで



内側に



カールしている。



細身で



黒縁のメガネが



よく似合う



二十代の女性だ。



れて色のせた



黒いジーンズをはいて、



ウォーキングシューズに



白いブラウスと



黒のカーディガン姿で



玄関を入って来た。



派手さはないが



西東大学を出て



三丸商事に勤めている。



まだ独身。



ソファーに腰を下ろして、



サエが持って来たケーキを



食べながら、



女性二人が



雑談に夢中になっているのを



無踏が脇で



聞くともなしに



聞いていた。



「やっぱり



このお店のモンブランは



美味しいわね。



でも



なかなか



買えないって



聞いてるけど。」



おしげもなく



たっぷり盛り上げてある



栗餡を



フォークでちぎって



口に運びながら



優子が言った。



「そうなの。



すぐ売り切れちゃうんだ。」



サエがひと口飲んで



コーヒーカップを



皿に戻しながら言った。



「じゃあ



買うのが



大変だったんじゃない。



朝早くからならんだんでしょう。」



優子が



申し訳なさそうに言った。



「うううん、



そんなことないよ。



午前中に行けば買えるから。」



こともなげに言った。



そして



「そうそう、



このあいだ



理沙と会ったんだ。」



サエが



思いついたように言った。



優子が



フォークを口に運びながら



サエを見た。



「理沙の旦那さんて



研究に夢中で



理沙に付き合ってくれる暇も



ないんだって。



暇もないって言うか、



歳も離れてるし、



理沙と話すことに



興味がないんじゃないのかな。



研究のほうが面白くて



楽しいんでしょうから。



玉の輿こしだけど、



ちょっと寂しいね。



でも生活は安泰だから



贅沢は言えないけど。」



理沙の夫は



工科大学の



大学院教授の冴木信三だ。



「そしたらさ。」



理沙が



急に話題を変えた。



綾香あやかの旦那さん、



このあいだから



変になっちゃったらしいって



言うのよ。」



「えっ、どうして。」



変という言葉を聞いて



一瞬



優子は



信三が夢遊病者のように



徘徊はいかいしている様を



想像した。



「綾香の旦那さん



貿易会社の社長で、



海外出張に行ったんだって。



そして帰って来たら、



すごく性格が変わって、



まるで



別人みたいに



なっちゃったんだってさ。」



サエが



声を落として言った。



理沙と綾香は



優子とサエの



中学校時代からの親友だ。



「出張ってどこへ。」



優子が



怪訝けげんな顔で聞いた。



「メキシコらしいよ。



アステカとかの



遺跡(いせき)のあるところだって



言ってた。」



サエが言った。



アステカの遺跡と



綾香の主人の性格が



変わってしまった



ということを聞いて



無踏は興味を引いた。



様子が変だといっても、



どの程度なのか、



綾香が困っているのではないか。



心配な気もした。



二人の会話の



途切れたところで



「一度様子を見に



行ってみようか。」



無踏が提案した。



「そうね、



どういう状態なんだか



見に行ったほうが



いいかもね。」



優子も気になるらしく



同意した。



結局



サエも一緒に行くことになった。



一週間後、



ファミリーレストランで



待ち合わせて



三人で昼食を済ませた後、



綾香の家に向かった。



綾香の家は



高台の高級住宅街の一画にあって、



鉄筋コンクリート



二階建ての



大きな家だった。



入り口の脇に



何台か止められる



ガレージがあり



外国の高級車が



一台入っている。



主人はかなりの



高給取りなのだろう。



表札には



沢山良一と書いてあった。



優子が



門のチャイムを鳴らした。



しばらくすると



玄関が開いて、



ふっくらした丸顔に



髪をアップにして



頭頂でまとめ、



薄紫の地に



白牡丹柄の着物を



洋服に仕立て直して、



グレーの



ゆったりした



スラックスをはいた



綾香が門まで出て来て



三人を迎え入れた。



入ってすぐ庭になっている。



牡丹ぼたん芍薬しゃくやく



皐月さつきが咲き揃い、



仕切られた向こう側に



薔薇ばらが見える。



手入れがよく行き届いて、



スッキリと



まとまった庭だ。



「この庭は全部綾香が作ってるの。」



優子が庭を見て聞いた。



「そうよ。



手伝ってくれる人が



誰もいないんだもの。



自分でやるしかないのよ。」



聞かれた綾香が



おどけた感じで



得意げに答えた。



「えー、そうなの。



信じられない。



大変でしょう。」



サエが声を上げた。



「そうね。



でも



それほどでもないわよ。



庭いじりは楽しいから。」



綾香が笑いながら言った。



しばらく



庭先で立ち話した後、



綾香に(うなが)されて



家の中に入った。



真ん中に廊下が通って



両側に部屋が並んでいる。



玄関から上がって、



すぐ右側のドアが開いていた。



そこは広い応接間で、



絨毯じゅうたんを敷き詰めた上に



白いレザー張りのソファーが



丸いテーブルを中にして



ぐるっと円形に置かれている。



そこに綾香の主人の



良一(りょういち)が座っていた。



三人が入って来たのに気付くと



良一は立ち上がって



「ようこそ。



さあ、



どうぞおかけ下さい。」



如才(じょさい)なく



にこやかに言って



()を進めた。



性格が変わってしまった



と聞いていた三人は



拍子抜けして



良一を見つめた。



「全然変じゃないよね。」



サエが優子の耳元に



顔を寄せて



小声で言った。



「うん、なんだかね。」



優子も小声で言葉を濁した。



「さあさあ、



みんな座ってちょうだい。」



綾香が



お茶と茶菓子を持って来て、



ソファーの前の



テーブルに置いた。



サエは自分の聞いた話しが



間違っていたのではないかと、



いぶかりながら



良一の顔をうかがった。



しかし、



じろじろ見る訳にもいかず、



綾香が入れてくれた



お茶を飲みながら、



何喰わぬ顔で



良一を観察していた。



話が弾んで楽かったが、



良一のことは



聞きづらかった。



気兼ねして



そのことに触れないように



話題を選んでいた。



それぞれの苦労話や



思い出話しが



次々出て来て



話題は尽きなかった。



すると、



やおら良一が



インカ帝国や



マヤ帝国、アステカ帝国の



遺跡(いせき)の話しをしだした。



一瞬



その場が



止まったような気がした。



話題にすることを



ためらってはいたが、



良一から



それに触れてくるとは



好都合だった。



触れてみたくて



ウズウズしていた欲求が



全身を耳にした。



組んだ石にカミソリ刃の



入る隙間(すきま)もないとか



一年に一度、



石段に蛇の姿が



浮かび上がるときがあって、



ピラミッドがある



ところもある、



といったような話しが



出てきて、



興味深かった。



しかし、



良一の性格が



変になるほどの



危ない事件に



巻き込まれた話しが



出て来るのではないかと



期待して聞いていた三人は



拍子抜けした。



いつまで経っても



それらしいものは



出て来なかった。



あっという間に



時間が過ぎていた。



気がつくと、



()(かたむ)いて、



西の空が



茜色(あかねいろ)



染まり始めた。



そろそろ



いとまを乞う時間かなと



思ったときだった。



突然、



予期せぬ大声が



聞こえて来た。



何事かとばかり



いっせいに良一を見た。



「御神託が下ったのである。



だれぞおらぬか。」



話していた良一が



突然、



訳のわからないことを



口走りだした。



威厳(いげん)に満ちた



力のこもった声が



部屋中に響き渡った。



何が起きたのか。



唖然として



全員の目が



良一に釘付けになった。



「なぜ誰も答えぬ。



いけにえはまだか。」



焦点の定まらない



虚ろな瞳は



周りに



人がいることに



気づかないのだろうか。



懸命に誰かを探している。



「いますぐ、



太陽神に



人の血と心臓と



命を送るのだ。



いけにえとなって



太陽神に命を送った者は



太陽神となって生き、



太陽神として



(うやま)われるのだ。



志願(しがん)せよ。



太陽神を生き返らせ、



太陽神の寿命を



延ばすために



自ら志願して



名乗り出よ。」



良一は



まったく



ひとが変わってしまって、



大衆に(うった)えかけるように



呼びかけていた。



良一の背後に何かがいる。



無踏は



その気配(けはい)を感じて



意識を()らした。



すると、



フードの付きの



すその長い服を着た



神官のような霊が



良一の意識に



食い込んで



支配しているのが



見えてきた。



不意に、



その神官の意識から



映像が投影(とうえい)されだした。



寝台(しんだい)の上で



眠りに入ろうとしている



神官の意識のなかにも、



やはり何者かの



波動が入り込もうと



しているようだった。



それはさとられないように



侵入して来る。



神官本人は



全く異変に



気づいていない。



彼は床についても



なかなか



寝つけない日々を



送っていた。



寝ようとすると



幻聴と幻覚が



襲って来て



寝られないのだ。



来る日も来る日も



夜になると



それが始まる。



「太陽神の寿命が



()きようとしている。



寿命を延ばすことが出来るのは



そなただけだ。



いまそなたが



動かなければ



世界はすべて



闇の中に飲み込まれ



死んでいく。



生け贄をもっと増やせ。



多ければ多いほどいい。



はやく太陽神と大地の神に



人間の血と心臓と命を



送るのだ。



今を逃したら最後、



取り返しがつかない。



見よ。」



太陽神が



分厚い真っ黒な雲に



埋め尽くされ、



いまにも



息絶えだえの様子で



苦しそうに



グラグラと



()らぎながら



瀕死の状態になり、



輝きが消えて行く。



あたりは暗くなって



真の闇が



世界を支配した。



気温は急速に



下がっていって



作物は(こお)りつき、



人や動物達は



凍死(とうし)していく。



なんどもなんども



繰り返し



執拗(しつよう)



現れてくる悪夢に



(なや)まされて



寝むれない日が



続いていた。



これは



どういうことなのだ。



予言なのか。



すると



突然



映像の場面が変わった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ