第14話 異変
編集済みました。
テレパシーで
何かを
伝えたのだろう。
異変が生じたことを
伝えているらしいことは
無踏にも感じられた。
「緊急事態が
生じてしまいまして
申し訳ございません。
替わりに
私どもが
ご案内いたします。」
大納言が
恐縮しながら
無踏に言った。
礼儀正しく、
気配りの出来る狐に
舌を巻いて
無踏もかしこまって
言葉を返した。
雲のスピードは速く、
すでに
原生林の奥深くまで
入り込んでいた。
しかし
それでも
見渡す限りの樹海が
そのまま続いている。
どこまで
飛んで行くのだろう。
こんなに深い樹海では
出るのも
容易ではないなと思った。
不意に、
雲が速度を落として
ゆるやかに下降し始めた。
上から見ていた森林が
ずんずん
目の前に迫って来て、
雲はその中へ
吸い込まれるように
沈んで行った。
太い樹木が
びっしりと
生い茂っている。
中に入った途端に
方向がわからなくなるほどの
深い森だ。
しかし
上空から見ていたとき
原生林の
ところどころに
ひらけた空間があることに
気づいていたが、
木々のすき間を通して
畑らしいものが
見えてきたことに
驚いた。
森林を開墾して
作物を作っているのだろうか。
無踏が
驚いているのを見ると
「わたしらも
畑をやっているんですよ。」
中納言が
可笑しくて堪らない様子で
言った。
まさか。
狐に土を耕せるのか。
半信半疑で
畑を見直した。
「このあたりは
学校も集まっています。」
大納言が言った。
その畑から
少し離れた高台に
広い敷地があって、
中国風に
反り返った瓦ぶきの
建物が建っているのが
見えて来た。
たぶん
学校なのだろう。
その前の広場に
白衣を着た
教官らしい狐が
十数匹の学生らしい狐を従えて、
植えてある植物を覗き込んで、
何か話しを
聞いているようだった。
意識を
その方向に向けると
グーッ
と拡大されて
意識がその中に入った。
「肥料が多すぎて
気分がよくないんです。
こんなに
いつも
おしっこかけられたんじゃ
体の具合が悪くなっちゃうでしょう。
いい加減にしてください。」
「そんなに
おしっこ
かけられてるんですか。」
「他の仕事をしていて、
目を離すと
いつの間に
かかけられているんだから。
私は肥料いらないの。
いつも言ってるでしょう。」
「申し訳ない。
大豆さんは
肥料あまりいらないって
教えてはいるんですが、
おぼえていないのかな。」
狐達が
入れ替わり立ち替わり
おしっこを
かけて行くから
大豆がカンカンに
怒っていたのだ。
霊の存在だから
排尿はないだろうと思うのだが、
肉体意識が
強く残っている者は
排泄感を覚えると、
それが
物質化するのだろう。
狐達が覗き込んでいたのは
大豆の苗だったが、
その大豆が
しゃべるのだ。
そして
それを
そこの狐達は
聞いて学んでいた。
狐達にとって
大豆は
油揚げの原料になるため、
良い豆を作ることは
重要なことなのだろう
と思った。
密集した樹木の間を縫って
雲がゆっくり
前進して行く。
不意に
目の前が
ぽっかりと開けて
森林に囲まれた
広い芝生の空間が現れた。
はるか前方に
たくさんの狐達が集まっている。
意識を向けると
また拡大された。
五、六十匹の狐が
並んで座っている。
教師らしい狐が
その前に立って
話しをしていた。
「大明神様の
お邪魔にならないように
気をつけて、
素早く
行動しなければならない。
敵は
我らを利用しようと
常に
様子をうかがっている。
油断は出来ない。
まず
敵は我らの意識の隙を
どのように突いて
誘惑し騙すのか
ということを
知っていなければ
ならないのだ。」
生徒の狐達は
真剣に聞いていた。
敵の話しを
しているということは
兵法でも
教えているのだろうか。
「敵は
君達が欲しいと
思っているものを
ちらつかせて
誘惑するのだ。
それに釣られて、
ここで学んだ者達の
かなりの数が
闇の軍団の
手先となってしまっている。」
教師は
一同を見回して
話しを続けた。
「これは
ゆゆしき問題なのである。
ところで、
君達が
常日頃
欲しいと思っているものは
何かな。
それを
知っておく必要がある。
何故か。
自分の弱点を知っておけば、
闇の軍団に
つけこまれることなく
自分を守ることが
出来るということだ。」
教師はここまで言うと
少し間をあけた。
そして
不意に
「君はどうだ。
何が欲しい。」
生徒の一人を指差して
訊ねた。
突然
訊ねられた生徒は
目を白黒させて
「えーっと、
えーっと」
っと慌てて考えたすえ
「人が食べている
ビーフステーキが
欲しいです。」
「おーっ、
そうかー。
そうだろう。
それは私も欲しい。」
教師も目を輝かせて言った。
「先生、
私は人が食べている
ハンバーガーが
食べたいです。」
「そうだなー。
私も食べたいぞー。」
教師は
ますます
目を輝かせ、
興奮して言った。
「先生、
私は分厚くて
とろけるほど柔らかい
チャーシューが
たっぷり入った
豚の背脂たっぷりの
ギトギトラーメンを
食べたいです。」
「そうだ。
それだー。
それも食べたいぞー。」
ひどい興奮状態で、
ごくりと
喉を鳴らした途端、
教師のお腹が
グーッ
と鳴った。
そして
よりいっそう
目をギラギラ光らせて
口から
ポタポタ
よだれをたらした。
突然、
教師は
はっと
我に返って
罰が悪そうに
咳払いをした。
「敵は
このように
私達が欲しいと
思っているものを
出してくる。
これを退けるのは
大変なことなのだ。
これを
ちらつかされても、
それに
動かされない
強い意思を
養うようにしなければならない。
わかったかな。」
教師が言うと
「はーい、
わかりました。」
生徒が
いっせいに返事をした。
やはり
食い物なんだ。
しかし、
あの先生のほうが
真っ先誘惑に
負けそうではないか。
無踏は可笑しくて
吹き出した。
雲は
どんどん
前に進んで行く。
雲が来るのを
みつけた子狐たちが
慌てて
草むらに飛び込んで
身を潜め、
不思議そうに
覗いている。
子供がいるのか。
しかし、
肉体がないのに
なぜ
狐の子供がいるのだろう。
無踏は
不思議に思って
首を傾げた。
すると
「あれは
事故とか病気とかで
命を失った子供たちで、
それを
ここで育てているんですわ。」
中納言が
訝っている無踏に言った。
へーっ、
そういうことか。
無踏は
感心してうなずいた。
しばらく行くと
突然
森が開けて、
草が生い茂った川岸に出た。
その川は
まるで
海のように水量が多く
滔々(とうとう)と流れている。
向こう岸が
はるか遠くに
かすんで見えていた。