第135話 深手
「大丈夫か。安心いたせ。
幻格大僧正の命により迎えに参った。」
覚陰が声をかけた。
「すまない。恩にきる。」
飯山は傷だらけで動くことも出来ず、
横たわったまま、力なく答えた。
しかし、助けてもらったことはわかるが、
いったい何者だろう。
見たこともないのだが。
でも何者であろうと、
あの極限の苦痛から解放してくれたことに違いはなかった。
これで堪えきれない拷問を受けることはなくなる。
朦朧とした意識の中で
飯山はホッと気がゆるむのを感じながら、
助けてもらったこの恩は
命に替えても返さなければならないと思った。
「そうか。頼もしいな。
その恩義はわしにではなく幻格大僧正にお返ししてくれ。」
突然、覚陰の声がした。
と同時に覚陰という名前が意識に浮かんだ。
「えっ、思っただけでわかるのか。」
飯山は驚愕して覚陰を見た。
その様子を冷ややかに見下ろしていた覚陰は、
くるっときびすを返すと
ダッと空中に飛び上がって形固のあとを追った。
形固は不覚にも深手を負って退却している。
このままでは戦えない。
この傷がもとに戻るには少し時間がかかる。
いま攻撃されたらどうにもならない。
ここはひとまずタリゾン魔王の屋敷に戻って
再起をはかるしかない。
あわてふためいて逃げて行く担架にゆられ
傷の痛みに耐えながら
形固は覚陰の追っ手が迫って来るのではないかと気をもんでいた。
「覚陰のやろう。どうやったら勝てるんだ。
力量は明らかにあいつのほうが上だ。
法力とやらがあるからな。
このままじゃ無理だ。勝てない。
勝つには銃を使うしかないか。
大砲でもあれば一発なんだが。
どこかで奪って来るしかないな。
しかしどこもかしこも警備は厳重だし。」
形固はあれこれと頭をめぐらせた。
突然「敵襲。敵襲だ。」
「畜生、覚陰だ。追って来やがった。」
「急げ。早く。早く。」
手下達の慌てる声がした。
「ダメだ。追いつかれる。
こうなったら戦うしかない。
タリゾン魔王の屋敷がこのすぐ先だ。
急いで行って援軍を頼んでこい。」
形固はそばにいた手下に痛む体を起こしながら言った。
「ハッ、行って来ます。」
手下の一人が飛んで行った。
「援軍が来るまで持ちこたえろ。」
形固はよろよろ立ち上がると自分を鼓舞するように叫んだ。
形固の軍勢は手ひどくやられて少なくなっていたが、
形固を守るために陣形を展開した。
そしてすぐに弓隊が矢をつがえて構えると速射を始めた。
覚陰は慌てて弓の射程外に緊急停止した。
「こしゃくな。そんなことしたって最後のあがきだ。」
覚陰が右手を上げた。
「ふふふふふ。」