第127話 起爆エネルギー
ゴンタは自分に屈辱を与えた無踏一郎イタチの苦痛を長引かせようと、
わざと刀をゆっくり斬り下ろそうとしていた。
ガヤガヤと騒々しく騒いでいた兵士達は
いっせいに沈黙して
ゴンタの行為を凝視した。
刀に力が加わってズズズッと皮膚を斬り裂いていく。
「あー。」
イタチは動かない体のまま叫んだ。
太閤軍全員の残忍な興奮が一挙に高まって
真っ黒なスモッグが勢いよく噴出し、
たちまちその場が真っ暗になった。
「ウギャー。」
「いいぞ。」
「殺っちまえー。」
狂気で興奮した歓声がどよめいた。
すると不意に上のほうから金色に輝く雫が一滴、
音もなく「すーっ」と落下して
「プツッ」と
焚火の真ん中に置いてある壷の
蓋の上に落ちて染み込んだ。
と全体がピカッと光った。
その瞬間
「ボーン」
突然壷が破裂して真っ白なキノコ雲が立ち上り、
その傘が鉄板のように一挙に広がった。
「あっ」
太閤と狐達の動きが一瞬止まった。
と思うと「ぐあーっ、くっさー。」
イタチを細切れにしようと
地獄の楽しみにうち興じていた者達は
パニックになって先を争って逃げようとしたが、
間に合わなかった。
一瞬にして激しい悪臭に閉じ込められて
逃げることが出来ない。
催涙ガスのような作用もあるのだろう。
大狐は苦しさを堪えきれず、
痙攣しながら跳びはねて、のたうちまわった。
乗っていた太閤は大狐の背中からほうり出され
頭から墜落、顔面強打、顔当てが割れて、
もがきながら泡をふいて倒れた。
勝ち誇ってイタチを嘲笑っていた兵士達も
全員が苦しさに倒れ、戦意を失ってしまった。
太閤の呪縛が解けたのだろう。
イタチの体は動くようになった。
すると上のほうから
金色の蜘蛛がスルスル降りて来て
イタチの心臓のあたりに潜り込んで、
何事もなかったかのようにピタリと静止した。
金色に輝く雫は蜘蛛の仕業だった。
それはあらかじめ焚火の中に仕掛けておいて、
加熱して揮発しやすくしておいた壷ガス爆弾の
起爆エネルギーだったのだ。
イタチは屋敷を抜け出して外へ出た。
サホミが入っているイタチの腹は洋梨のように膨らんでいる。
イタチはサホミがこの世界に嫌気がさし、
抜け出たいと願っている想いを感じていた。
しかしこの世界では抜け出ようと想うだけで
まわりにいる者達にわかってしまう。
この邪悪な連中はそれを絶対に許さない。
あくまでも抜けさせないように
あの手この手で執拗に邪魔をして来る。
それはこの世界にいる誰もが
ここから抜け出たいと願っているのだが、
出る方法がまったくわからない。
だから一人だけ脱出して幸せになってしまうと、
自分だけがいつまでも、この孤独と不安の中に取り残される恐怖を感じて、
同じ境遇の者がいなくなるのを許すことが出来ないのだ。
しかしそれはそうとして、
イタチは何とか屋敷から出られたものの行くあてはない。
とりあえず足の向くまま進んで行くしかなかった。