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第12話 稲荷大明神

編集済みました。

無踏(むとう)



昼近くに眼をさました。



起き上がって



階下へ下りて行くと、



カップに入れた



インスタントコーヒーに



ポットのお湯を入れて



ソファーに座りながら



ゆっくり飲み始めた。



小説家としての



仕事があるのだが、



まだ測候所のことが



頭から離れない。



締め切りの迫っている原稿の



続きを書き始めようとしたが、



いまいち



気乗りがしなかった。



外出して気分を変えてみようと



服を着て外へ出た。



優子はどこかに出かけたらしく、



家の中にいなかった。



歩いて駅に向かった。



そして商店街に入ると、



昨日気づいた、



酒店を改装した店が



幻覚ではなく



本当に実在しているのか、



もう一度確かめたいと、



店の前で立ち止まり、



調べてみた。



どうも幻覚ではなさそうだ。



しかし



短期間で



よく店が出来たものだ。



最近は



店を改装するのも早いなと



無踏は感心しながら



駅に着いた。



そして



駅から電車に乗った。



途中で乗り換えて、



しばらくぶりに渋谷の街へ出た。



そして



なにかおもしろい店があったら



入ってみようと



あてもなく歩き出した。



ハチ公前から



道玄坂(どうげんざか)を上って行く。



いつ来ても人がひしめき合い、



雑踏のエネルギーが



反発力となって



重くのしかかってくる。



その分厚い塊のような



壁を押しのけながら、



百軒店(ひゃくけんだな)のほうへ



入っていった。



坂道を上がって



丁字路に出ると、



その先が露地のように細く、



店や家などが密集している。



どこかにいい店はないかと



あたりを見回したが、



このあたりには



無踏の興味を引く店は



ないようだった。



あきらめて



他の場所を探してみようかと



足を早めた。



不意に



何かが



ザザーッ



と足元を横切って止まった。



くしゃくしゃっと



丸めた紙屑が



吹き流されて



飛んで来たのだ。



こんなところに



誰が捨てて行ったのだろう。



でも待てよ、



いま風が吹いていなかったと思うが、



おかしなこともあるものだ、



と思いながら



通り過ぎようとした。



すると、



また、



ザザーッ



と紙屑が足元に(から)み付くように



追いかけて来て止まった。



「何だろう。」



紙屑がまるで



意志を持っているような



気さえしてしまう。



そのまま気にせずに



通り過ぎようとした。



しかし



気になって、



もう一度足元を見た。



すると



ただの紙屑だと



思っていたその真ん中に、



目玉のようなものが



二つ並んでいる。



好奇心が湧いて、



膝に手を置き、



体を曲げて



覗き込んだ途端、



キョロッ、



と大きく見開いた丸い目が



無踏をじっと凝視した。



「ウワッ」



と一瞬驚いたが、



好奇心に引かれて



再び紙屑を(のぞ)き込んだ。



その眼は



まっすぐ



無踏の顔を見ていたが、



ニヤッ



と笑うと



ザザーッ



と無踏が来た方向へ



地面を滑って行った。



そして



家の壁のところで



上へ舞い上がると



角を曲がって消えた。



「なんだあれは。



生き物なのか。」



紙屑が消えたほうを



しばらく見ていたが、



我に返えると



信じられない想いのまま



歩き出した。



その露地が



突き当たりになる。



右側にお稲荷さんの鳥居が立っていて、



その奥にお宮が見えている。



そこから道は左に折れているが、



なぜか



そのあたりで



何かが圧倒的なエネルギーを



発しているのを感じて



意識を()らした。



景色に()けて



得体えたいの知れない



真っ黒な大集団と



赤い鳥居の中の



白い小集団が



まさに



一触即発で



(にら)み合って



火花を散らしているのが見えた。



徐々に



意識がその場の中に



同化していくと



輪郭がハッキリしてきて、



そこで(にら)み合っているのが



狐の集団だということがわかった。



黒い(すす)のようなものが



立ちのぼっている狐達の顔には



(すご)みがあり牙が鋭く、



見るからに



凶暴なぎらついた眼の奥に



憎しみの炎が燃えている。



稲荷(いなり)大明神(だいみょうじん)



(おそ)れぬ所業(しょぎょう)なるぞ。



稲荷大明神がお出ましになられれば、



そなたらはただでは済まぬぞ。」



白い狐集団の代表らしい者が



大声で威圧(いあつ)した。



「ふん、



稲荷大明神が



いま留守だということぐらい



知らぬとでも思っているのか。



大馬鹿者め。



だがおぬし、



我らがラスホル大帝王様のお力を



まったく



わかっておらぬと



見えるな。



ラスホル大帝王様がお出ましになれば



稲荷大明神など、



ひとたまりもないわ。」



ボス狐が勝ち誇ったように



顎をしゃくり上げた。



(すす)けて薄汚れたオーラで



残忍な目を光らせ、



耳まで裂けた口で



嘲笑(あざわら)うように



言ったかと思うと



「やっちまえ。」



鋭く叫んだ。



「ギャオーっ、」



狂暴さをむき出しにした



黒狐の集団が



一斉に雪崩れを打って



白い狐達に襲い掛かった。



白い狐集団も



それに抗戦していたが、



多勢に無勢、



あっという間に



劣勢になって



犠牲者が続出しだした。



みんなズタズタに噛み裂かれ、



白狐達の残骸が



見るも無惨に



あちらこちらに



横たわって、



瞬く間に



最後の一匹になってしまった。



最後まで残った



腕の立つ白狐一匹が、



油断なく



黒い狐達を



気で押し返している。



ふさふさした長い尻尾が



キラキラと輝き、



後ろに延びて美しい。



無踏は思わず



あの白狐を助けたいと思った。



その瞬間、



右手に光り輝く矢が現れ、



左手に弓が握られていた。



考えている暇はない。



思わず



黒いボスに向かって



弓を引き絞って



()かけようとしたが、



引き絞ったまま



一瞬躊躇(ちゅうちょ)して



()()いてしまった。



弓で射ることの



抵抗感が



意識にブレーキをかけたのだ。



その瞬間、



気配を感じたのか、



ボス狐が



サッ



と飛びのくと、



じっと



無踏の顔に目を()えた。



手下達も



一斉にボスが身構えた方向に



体制を向けて



ゾロゾロッ



と無踏を取り囲んだ。



「しまった。」



無踏は気が動転して、



サーッ



と一瞬に



恐怖が心を支配した。



再び弓を引こうとしたが



気が付くと



手の中にあったはずの



弓と矢が消えている。



「俺を誰だと思っているんだ。



俺に弓を引くとは



身の程を知らぬやつだ。



このまま帰すわけにはいかねえ。」



ボス狐が勝ち誇ったように



言うがはやいか



ズッ



と身を沈めた。



ピピピッ、



胸のほうから



波動が伝わってきた。



「ゆっくり深呼吸して、



観世音菩薩に



すべて任せるのだ。」



金色の蜘蛛が



テレパシーを送ってきた。



蜘蛛はうしろ足を



巣の真ん中から伸ばし、



それから



垂らした金色の糸の先端に



丸い粘液の分銅(ふんどう)をつけたものを、



ゆっくり回していた。



その糸が



段々延びて



回転の輪が



大きくなり、



回転速度も



速くなってきていた。



目にも止まらぬ速度で



ビュンビュン



回っている。



ボス狐の獰猛(どうもう)な目が



攻撃色と殺気を帯びて、



じっと



無踏の隙を狙っていたが、



「グアッ」



っという声とともに



黒狐の体が



宙を飛んで



目の前に迫って来た。



瞬間、



キラッ



と細く鋭い光りが横切って



クルクルッ



と黒狐の体に



高速で巻き付いた。



あっ、



というまに



金色の糸の塊になって



体が転がったまま



動かなくなってしまった。



黒いボス狐が



金色の蜘蛛の糸に、



がんじがらめに巻かれて、



身動き出来ず



目だけが



ギョロギョロ



光っている。



口まで糸が巻いて



声も出せない。



手下達はちょっと(ひる)んだが



ボスを助けて



手柄を立てようと



いきり立って、



一斉に飛び掛かろうと



囲んでいる間合いを



縮めてきた。



一斉に来られたら



金色の蜘蛛でも



対抗出来ないのではないだろうか。



無踏に不安が走った。



黒いオーラの集団は



強烈な脅迫の念力を



無踏にまとわりつかせてくる。



その念力に取り込まれると



恐怖が増大するのだ。



それに取り込まれたら最後、



自分で自分を崩して、



黒い集団に支配されてしまう。



念力は益々強くなってくる。



大集団の念が



ひとつに焦点を結ぶと



ただごとではすまない。



身動き出来ないほどの



圧力がのしかかって来る。



異次元の場所では



ただならぬ状態になっているのだが、



道を通行している人達は



まるで何事もないように、



まったく気付ずかず



()()っている。



狐達双方では



にらみ合って



膠着(こうちゃく)状態(じょうたい)のまま



時間が経って行く。



手下達が



ボスの体に巻き付いた糸を



寄ってたかってほどいていて、



徐々にほどけてきていた。



ボスが自由になれば



また集団が力を増してくる。



「しつこい奴らに関わってしまったな。」



と無踏は内心不安になっていた。



膠着状態のまま



にらみ合っているうち、



ボスに絡み付いていた糸が



ほどけてしまったようだ。



ボスの興奮した声が聞こえ出して、



手下達は勢い付き、



一斉に声を上げた。



ボスが起き上がって



体の自由を確かめるように



腕や首を回すと



「やろうども、



手加減無用だ。



ぶっ殺せ。」



ボスが憎々しげに叫ぶと



「ぶっ殺せー。



ぶっ殺せー。」



全体が大合唱になって、



黒い煙りが



黒い集団全体から吹き出し、



場がスモッグのように



(かす)んでしまった。



ボスは手下達を呼び寄せ、



前後左右に



配置した陣形(じんけい)をとった。



そして



ジリジリ



と無踏に迫って行く。



無踏は(あせ)っていた。



先ほどは訳もわからず



手に金色の弓が現れたが、



いつのまにか



消えてしまっていた。



なぜなのだろう。



油断なく身構えながら、



無踏は不思議に思っていた。



突然



「ガルッ」



(うな)ると、



ボス狐が



手下達に囲まれた中から、



無踏に



飛び掛かかろうとする



気配を見せた。



蜘蛛の糸が



回転しながら



再び絡みついた。



またもや



ボス狐と手下達が



糸でグルグル巻になった



ように見えたが、



ボス狐が手下達に



蜘蛛の糸を絡ませておいて、



その間を脱け出し、



無踏に飛びかかって来た。



「しずまれ。」



突然、



(りん)とした声が



響き渡ったかと思うと



右手に剣を持ち



左の(てのひら)から光りを放射している



稲荷大明神が



そこに現れた。



そして



掌を黒狐達に向けると



強烈な光りが



あたり一面に照射された。



黒狐集団はその声に



一瞬固まったが、



次の瞬間



強烈な光りに吹き飛ばされると



大混乱になって、



ぶつかり合いながら



我さきに



逃げ(まど)って



姿を消してしまった。



気がつくと



先ほどの腕の立つ白狐が



稲荷大明神の脇で



かしこまっていて、



その横に



背が低く



目が



ギョロッ



としている白狐が



ちょこんと立っていた。



どこかで見たことが



あるような気がして



しばらく考えていたが



ハッ



と気がついた。



さっき道に捨ててあった



あの紙屑(かみくず)の中の、



あの目だ。



だとすると、



あのギョロ目が



紙屑に化けて



稲荷大明神に



知らせにいったのか。



なるほど



上手(うま)()けたものだと



無踏は感心しながら



得心(とくしん)した。


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