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第11話 自宅

編集済みました。

帰りの道は



とても



順調だった。



金色の光に包まれた蜘蛛(くも)



安らぎのある



温かい波動が



男の意識に



伝わって来て



心が(なご)んで



嬉しかった。



電車が



都会に近づくにつれて



高層ビルが林立してきた。



都心で幾度か



電車を乗り換えて、



まだ



周辺に緑の残っている



郊外の駅に止まると



そこで下車した。



冷たい北風が吹き抜ける



プラットホームは



帰りを急ぐ人々で



いっぱいになっている。



コートのえりを立てた



サラリーマンが



寒そうに首をすくめて



小走りに改札口へ



向かって行く。



その後を



ゾロゾロ



人々がついて行った。



改札口を出ると



すでに



日は沈んで、



微かな夕日の



赤い残光に



西空が染まっていた。



郊外と言っても



家がところ狭しと建ち並び、



道路を



車が頻繁に行き交って



空気は



排気ガスで濁っている。



家路を急ぐ人々が



狭い歩道を往来し



混み合って歩きづらい。



男は大きなリュックサックに



登山靴をはいて



冬山用に



重装備をしているために、



寒いどころか



少し汗ばんでいた。



駅から少し行くと



商店街に入って行く。



それぞれの店に



あかりがともり、



私設市場の売り声が



外まで響いてにぎやかだ。




商店街の中程の



左側にある



理髪店を過ぎたところで、



男は



「おやっ」



と立ち止まった。



その先の右側に



シャッターの閉まったままの



酒屋があったはずだが、



店の様子が



いつもと違う。



その酒屋は



繁盛していたにもかかわらず、



ギャンブル好きの主人が



麻雀賭博に狂って、



負けがこんだ挙げ句、



最期の大勝負とばかりに、



この店を賭けてしまった。



相手はその道のプロだ。



そうなるであろことを



始めから、



もくろんでいたのだろう。



「よし、勝負だ。」



体が震えるほどの



緊張感と緊迫感、



真剣勝負で



刹那せつなの大興奮の後、



奈落の底に転落した。



素人が



太刀打ち出来るような



相手ではない。



あっけなく負けて



店は取られてしまった。



そのまま



酒屋一家は行方知れずになった。



その店が改装して



新装開店している。



いつ直したのだろう。



三日前の早朝、



まだ暗いうちだったが、



男が山へ出かけるときに、



この前を通った。



その時は



いつも通りシャッターが



閉まっていたと思ったが、



しかし



記憶違いか。



それとも



気がつかなかったのだろうか。



こうなると



自分の記憶に



自信が持てなくなってくる。



半信半疑のまま



首をかしげて、



店を見た。



喫茶店か



スナックのような店なのだろう。



看板の電気がついている。



もう営業しているのだ。



狐につままれたような



気分になって、



あたりを見回した。



道を歩いている人々は



以前から



店がそこに存在していたように



まったく



関心を示すこともなく、



素通りして行く。



ということは、



この店が出来ていたことに



自分が気づかなかった



ということだったのか。



まあ



こういうこともあるのか。



気を取り直して



男はまた歩き出した。



その先にカメラ店がある。



そこを左に曲がった。



商店街は駅通りだけで、



その通りをそれると、



あとはずっと



住宅街が続いている。



途中、



幼稚園があり、



クリーニング店や駄菓子屋がある。



しばらく行くと、



雑木林が残っているところに出た。



そこを過ぎると



また住宅が建ち並んでいる。



男は足早に歩いて行く。



駅からだいぶ離れた、



と感じたころ



家と家の間の路地を



右に入った。



その中は



縦横にきちんと区画整理された



分譲地になっていた。



男は路地の奥に建っている



一戸建ての家の



玄関にたどり着いた。



表札には



無踏(むとう)一郎(いちろう)



と書いてある。



「無踏一郎という人だったんだ。」



私は初めて名前を知った。



チャイムを鳴らすと



玄関の扉が開いた。



無踏が中に入って行く。



「今回は帰りが早かったわね。



どうかしたの。」



出迎えながら



妻の優子が



以外な顔をして言った。



「ん、



まあな。」



あの出来事を話しても



信じてもらえるかどうか、



わからないなと思って、



無踏は言葉を濁した。



優子は不審な顔をしたが、



それ以上は聞かずに



キッチンに戻ると



夕食の支度を続けた。



無踏にとって



今回は何が何だか、



わけのわからないことが



次々起きて、



まだ気持の整理がつかなかった。



部屋着に着替えたあと、



自分でコーヒーを入れると、



ソファーに座って飲みながら、



無造作(むぞうさ)に置いてある、



山へ出かける原因となった



週刊誌をめくっていた。



しかし、



あるところに来ると



何度もページをめくり直した。



あれっ、



意外だという顔をして



座り直した。



「変だな。」



無踏は週刊誌を見つめたまま固まった。



信じられない。



週刊誌の中にあるはずの



測候所(そっこうじょ)の記事が



まるごと消えているのだ。



誰かがそこの部分だけ



抜き取ったのだろうか。



しかし



それらしい形跡(けいせき)



まったく見当たらなかった。




どういう訳なのだろう、




この週刊誌の記事を読んで、



今回測候所に行って来たというのに、



俺が読んだあの記事は



いったいどこへ消えたんだ。



不思議なこともあるものだ、



と思いながら、



しばらく考え込んでいた。



「食事出来たわよ。



どうしたの。



ぼーっとして。」



はっと



我に返った。



優子が無踏の様子を見て



声をかけていた。



「ああ、



あいよ。」



無踏はソファーから立ち上がって、



グツグツ煮え立つ



土鍋が置かれたテーブルの



椅子に座った。



そして



鍋の蓋を取ると、



湯気が勢いよく



立ちのぼった。



野菜と豆腐が



たっぷり入った蟹鍋だ。



「おお、蟹鍋か。」



「そうよ。



きょうは奮発して蟹にしたの。



もっと食べたかったら、



まだあるわよ。」



蟹好きの無踏は



嬉しそうに食べはじめたが、



しばらくすると



箸が止まった。



「あのさー。」



「なーに。」



「ソファーの上の週刊誌



だれか読んだのかな。」



「週刊誌?



誰も読んでないわよ。



どうして?



読んだらいけないの?」



「いや、



そうじゃないんだ。」



「なによ。



どうしたのよ。



週刊誌がどうかしたの?



なんだかさっきから変ね。」



優子は箸を止めて



無踏の顔を見つめた。



「うん、



変なんだ。」



「なに言ってんのよ。



バカじゃないの。



しっかりしてよ。」



「いや、



そうじゃなくて、



あの中に



測候所の記事があったはずなんだけど、



その記事が消えてるんだ。



どうしちゃったんだろうと思ってさ。」



「消えちゃったって、



そんなことあるわけないじゃない。



夢見たのよ。



夢で見たのを現実だと



思っちゃったのね。



ちょっとおかしく



なっちゃったんじゃないの。」



「夢じゃないんだけどな。



間違いなくはっきり見たんだ。



変だよな。



どうなってるんだろう。」



「あらまあ、



そんな夢見て



山奥まで行っちゃったんだ。



ばかみたい。」



優子は呆れた顔で言った。



無踏はこれ以上言っても



信じてもらえないと思って、



話題を変えた。



食事を終えた無踏は



階段を上がって



二階の仕事部屋に入ると、



机の上に置いてある



パソコンのスイッチを入れた。



そして



机のうしろにある



ソファーベッドに腰掛けた。



どう考えても



あの測候所の写真が



無かったとは思えないのだ。



現に胸のところに



金色の蜘蛛もいるし、



測候所まで行った体験まである。



しかし



無踏自身も、



この金色の蜘蛛が



実体として



存在するものなのか、



測候所の体験が



現実だったと



断言出来るのかと



いうことになると、



判断があやふやになってしまう。



しばらく



ボーッ



と考えていたが、



パソコンが



立ち上がっていることに気づいて



机の前の椅子に座ると



ワードを開いて



文章を打ち込み始めた。



金色の蜘蛛は寝ているのか、



身じろぎもせず



蜘蛛の巣の真ん中にいる。



無踏は測候所でのことを



書き止めようとして



書き始めたが、



だんだん



書くことに夢中になっていった。



どれほど時間が経ったのだろうか。



妻が階段を上って来る足音がして、



フッ、



と我にかえった。



お茶の差し入れかな。



と思っていると、



足音が一段一段上がって来て



仕事部屋のドアのところで



しなくなった。



あれ、



どうしたんだ。



お茶じゃなかったのか。



しばらく



聞き耳を立てていたが、



別に怪しむことでもない。



隣の部屋へ行ったんだな。



と思うと、



また



パソコンに向かいだした。



気が付くと



朝がしらじらと明けて、



すずめがさえずり始めた。



無踏はパソコンを閉じると



椅子の後ろにある



ソファーベッドに置いてある



掛け布団にくるまって



横になった。


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