第104話 挑発
ミヤナは両手をぶらんと下げて
皮無し男と対峙していた。
お互い意識を読み合って動かない。
相手をどのように攻撃するか。
それを考えただけで筒抜けなのだ。
そのため意識を動かさずに
攻撃しなければならないということになる。
明らかに武術が劣っている相手なら
そこまで気を使う必要はないのだが、
この相手にはそうもいかないようだ。
仕掛けて来る相手の攻撃に対して
意識を動かさず
反射的に斬り返すしかなかった。
「へなちょこ野郎。
そんななまくら剣法で
あたしを倒せると思ったら大間違いだ。
もう恐くて打ち込んでこれねえか。」
ミヤナは相手の自尊心を砕いて
冷静な判断を狂わせるように
わざと挑発的な言葉を投げつけ、
相手の怒りを誘った。
皮無し男の表情がピクッと動いた。
途端に目がつり上がり、
簡単に倒せると舐めていた女から
罵倒された屈辱感で
身体中からドッと炎が噴き上がった。
強烈な怒りに
頭の角が一段と長く突き出し、
意識がグラグラゆらいで
何が何でもあの女を叩き斬らなければ
気がすまないと思うまでになってしまった。
「ぬあにー」
うめくように言った次の瞬間、
視界から皮無しの姿が消えた
その途端、
ビュッ、ビュッと鋭い風斬り音がして
ミヤナも一瞬で消えた。
そして二人は異なる場所に
抜刀した姿で現れた。
ミヤナも瞬間移動が出来るのか。
皮無しは阿呆のようにポカンと口が開いて、
驚愕したまん丸な目でミヤナを凝視した。
勝負はついたと当然思っていたが、
そうはいかなかった。
こいつは手強い。
何なんだこの女は。
下手をすれば負けるかも知れない。
皮無しの自信が崩れて、
弱気な想いが支配し始めた。
自分がどういうように攻撃しようと思っているのかを
読まれてしまえば、
次は自分が倒されてしまうかも知れない。
勝ち目のない勝負はしないほうが利口だ。
しかし辱しめを受けた怨みは
どんなことをしても忘れることは出来ない。
八つ裂きにしなければ
気が治まらなかった。
「さあ、出て来るのよ。」
ミヤナから目をそらさず
睨み合ったまま
皮無しが呼びかけた。
するとそれに応えるように
「おー」
声が聞こえたかと思うと、
ぞろぞろっと
道の両脇に多数の人影が
ミヤナとバドグを挟むように現れた。
「あっ」
二人は同時に声を上げた。
多勢に無勢だ。
「何だよ。勝ち目がなければこのざまか。
自分ひとりで戦えない腑抜け野郎だな。」
ミヤナは聞こえよがしに嘲った。
「何とでもお言い。
この百戦錬磨の人数を相手に勝てると思うか。
思えまい。
今までわたしをさんざん辱しめたことを
後悔させてやるわよ。
これから皮剥ぎの刑の地獄を
じっくり味わってもらおうかしら。ふふふ。」
皮無しが言い終わるか終わらないうちに
二人を遠巻きに囲んでいる黒い影が
はっきり姿を現してきた。
見ると全員生皮を剥がされている。
「うふふふ、さあ観念するのね。
生皮剥ぎの達人揃いよ。
わたしを辱しめたことを後悔して
泣き叫ぶざまを
存分に楽しませてもらおうかしら。」
皮無しはすでに勝ち誇った態度で
有頂天になっていた。
「諸君、大切な獲物よ。
存分に狩りを始めてちょうだい。」
皮無しが言った。
「かしこまりました。」
「かかれ。」
「生け捕りにしろ。」
手下達が口々に叫んで
二人を囲っている輪を縮めて来た。
それぞれの手には
幅広の刀が鈍く光っている。