第100話 小屋の住人
意識を取り戻した飯山は、
周囲を見回した。
なんでこんなところにいるんだ。
ここはどこだ。
シャットダウンされた意識が
回復したばかりの朦朧とした状態で
自分の置かれた状況を理解するには
しばらく時間がかかったが、
少しづつ記憶が蘇って、
意識が鮮明になってきた。
先ほどまであった大きな祭壇も
集まっていた化け物達も
すべて消え失せ、
飯山はただ一人
寂しく打ち捨てられていたのだ。
意識が戻ると、
あらためてこんな恐ろしいところには
一瞬たりともいたくないと思った。
ここから早く出たい。
さもないと
またあらたな災厄に見舞われかねない。
飯山は焦りで心中穏やかではなかった。
気力を振り絞って、
ふらふらしながら歩きだしたが、
喉の渇きが酷く、
我慢出来なくなっていた。
「水飲みたい。水はどこだ。」
湧き水を捜してみたが
周囲にそれらしいものは見当たらなかった。
しかたなく、歩くことにした。
途中に水が湧いているところがあるかもしれない。
ふらつきながらしばらく歩いて行った。
すると樹木の中に
ひっそり建っている小屋を見つけた。
「あっ、あそこに行けば水があるだろう。」
飯山は少しホッとしたせいか
元気が出てきた。
そして期待に胸躍らせて
小屋に近づいて行ったが、
ふたたび不安がつのった。
そこは侵入者を拒絶するように
敷地のまわりが堀になっていて、
そこに汚水が淀んで悪臭を放っている。
そしてその内側には
外壁の代わりに、
尖らせた木を組んだバリケードで
二重に囲って中へ入れないようになっていた。
これほど厳重な警戒が必要なほど
危ない場所なのだろうか。
飯山はえもいわれぬ不安を感じるとともに、
ここの住人が先ほどと同じ
危険なやつらとなのではないかと想像すると
恐怖に駆られて、
その小屋へ声をかけるのを躊躇っていた。
しかしそれ以上に渇きは強く、
我慢出来なかった。
声をかけようか何度か逡巡したが
渇きには勝てず、
何かあってもその時はその時だと
意を決して声を出した。
「誰かいますかね。」
飯山は声をかけた。
静まり返って誰も出て来る様子がない。
「もしもーし、誰かいませんか。」
声をはりあげた。
しかし応答はなかった。
「なんだよ、誰もいねえのか。
しかたねえ。他の家に声をかけてみるか。」
そこから離れようと体の向きを変えた。
とそのとき、
「この野郎、覗きやがったな。」
背後から荒れてイラつく不快な声がした。
ビクッと振り返ると、
どこから出て来たのか、
がっしりした体つきの大男が
槍を肩に担いで
上から見下ろすように立っていた。
見るからに凶悪な目の奥から
冷たい光りが飯山を射抜いている。
「あっ、いや、怪しい者じゃないんだ。
ただ水を飲ませて貰えないかと思って
声をかけたんだが。」
飯山は答えたが、
殺気を感じて思わず後ずさった。
「生意気な野郎だ。
水が欲しいだと。
水が欲しけりゃ力づくで飲め。
他人に飲ませてやる水なんざ、
ここにはありゃしねえよ。
てめえ、このあたりじゃ見たことねえが。
こんなこともわからねえようじゃ新入りだな。」
男が飯山の内面を見透かすような目付きで
ジッと見据えながら間合いを詰めて来た。
「新入りなら新入りらしく、
頭を下げて身ぐるみ脱いで置いて行け。」
肩に担いでいた槍が
飯山の胸板にピタリと向けられた。
強い殺気に押され、
後ろにジリッ、ジリッと下がらざるをえない。
飯山は相手を先制攻撃することに抵抗があり、
拳銃を抜くことを躊躇っていた。
その一瞬の迷いをついて
槍先がキラッときらめいたかと思うと、
かわすまもなく胸をズンッと突かれた。
「ウッ」
激しい突きに飯山の体は
くの字に折れ曲がり、両手が宙を掴んで、
もがきながらその場に倒れると
動かなくなってしまった。
「ふん、ちょろいもんだ。
こいつの持ち物を貰うとするか。」
男は転がっている飯山に近づくと
槍の柄で体のあちこちをつっついて
反応を見ていたが
動かないことを確認すると、
そろそろと飯山の体の横から
槍の柄を差し込んで、
うつぶせになっている体を
仰向けにひっくり返した。
ダラリとした体がゴロンと転がったかに見えた瞬間、
パーン、
仰向けになった飯山の目が開いて、
手に握られた拳銃が火を噴いた。
「ああっ」
槍男は体をのけ反らせた。
てっきり槍のひと突きで絶命したと思っていたが、
槍先が飯山の胸のところに納めてあった拳銃に当たって
弾き飛ばされたのだ。
「貴様ー」
槍男は顔を歪めて呻いた。
目の色がますます残忍さを増して
激しい怒りで全身がゴーゴーと燃え盛る真っ赤な炎に包まれた。
「あーっ、あつつつつー」
槍男は激しい怒りで自ら発した炎に
自分自身も焼かれて体が焦げている。
灼熱の地獄だ。
熱い。
しかし、怒りを抑えることはどうしても出来ない。
飯山は間髪を入れず引き金を引いた。
槍男は再び弾をかわした。
どうやら槍男には飯山がどう動こうとしているのかが
意識から来る波動でわかってしまうようだ。
撃っても当たらない。
飯山は焦りと恐怖で心が動揺して、
どうしたらいいのか頭が硬直し、
もう逃げることしか考えられなくなっていた。
逃げるにしても
相手に背中を向けた時点で
うしろから串刺しにされるだろうことはわかっている。
どうしたらいいんだ。
飯山はどうすることも出来ずに、
その場に釘付けにされてしまった。
槍男は飯山の動揺した様子を見ると
勝ち誇った顔で唇を歪ませた。