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赤いペディキュア  作者: 新庄知慧
3/5

女がいたって・・・それでどうした?

馬面は答えなかった。ただ、じっと私の顔をにらんでいた。


私はこわくなった。このまま立ち上がり、風呂場を出るか。それとも、何事もなかったように体を洗うか。躊躇した。躊躇して頭が混乱すると、馬面が口を開いた。


「ひとりかい?」


「え?」


野太いダミ声に気押されて、頓狂な返事をした。馬面は続けた。


「ひとりかと、きいているんだよ」


「ひとりとは・・・」


「おちょくってるのか?連れはいないかときいてるんだよ」


「それはつまり、一人旅かという質問ですか」


「おい。馬鹿にするのか」


「と、とんでもない。いえ、独身かという意味かもしれないと思ったんで。一人旅かというご質問なら、そのとおり、一人です」


馬面は、うんざりしたような顔をした。


「こんな日曜の晩に?妙じゃねえか」


「いえ、私、明日休みとったので」


「女といっしょじゃねえのか?」


そういった馬面の目がギラリと光った。


「女?」


私はますます恐怖した。この刺青の馬面男は、まさか、あの女の・・・。しかし、色々なパターンがある。夫。恋人。兄弟。親戚。はたまた売春の雇主。どうしよう。正直いうべきか嘘いうべきか・・・


「女だよ!!」


馬面が怒鳴った。


「女なんていませんよ!」


私は反射的に叫んだ。


「本当かよ」


「本当ですよ。急に休みがとれたもんで、気分転換に、温泉にでも入ろうと思って、ここに来たんですよ」


それには答えず、刺青の馬面は、また怒鳴った。


「足の爪を、赤く塗ったをした女だ!」


私はごくりと唾を飲込んだ。・・・やっぱり?しかし、いまさらさっきのは嘘だなんていえないと思った。刺青男は続けた。


「探してるんだよ。その女を。新幹線で居眠りしてる間にいなくなっちまった。居眠りから起きたら、越後湯沢の駅だ。男とホームを歩いてたぜ。俺は慌てて追ったんだ」


「・・・」


「だが見失った。どじなことにホームの雪で足を滑らせて転んだ間に見失った。でも、越後湯沢であの女の行くところなら、このホテルにちがいない。あんた、足の爪を赤く、ペディキュア塗った女、見かけなかったか?」


「知りません。赤いペディキュア?知りません」


私は激しく否定した。そして「失礼」といって立ち上がり、風呂から出た。


刺青男は追ってはこなかった。そのかわり、「嘘をついたらためにならないぜ!」と大声が背後で響いた。


私は慌てて体を拭き、下着、浴衣を着て風呂場を逃げ出した。廊下を小走りに一目散に部屋へと帰った。


部屋の前に来た。


そして手にした部屋鍵のキーホルダーを見た。部屋の名を書いたプラスチックの札。


おそらく、脱衣籠の中にあったこの札を見て、刺青男はこの部屋の名前を知っている。


何らかの方法で、フロントで部屋の泊まり客が二名とつきとめているかもしれない。


それより、宿泊客の名前を確認したのではないか?


この部屋は彼女の名前でとったではないか!


ことによると刺青男は女とグルか。不倫をネタにユスリをはたらく気か。それとも・・・


色々考えて脂汗がでた。すぐここから逃げよう。しかし浴衣姿ではどうしようもない。まずは服と荷物を奪還しなければ。


私は部屋のドアを開けた。


部屋の中は真っ暗だった。窓からさす、ぼんやりした明かりの中に部屋の中の様子が浮び上がった。


蒲団がふたつ並べて敷いてあった。


女は窓に近い方の蒲団の中に寝ていた。眠っているらしい。規則的な呼吸の音がする。


私は忍び足で部屋に入り、音をたてないように背広に着替えた。窓の外から、ちらちらと不思議な光が入ってくるので、部屋のライトをつけないでも着替えができた。


カバンを持ち、こっそりと部屋から退散しようとした。


ドアのノブに手をかけようとしたとき、「待って」という蚊の鳴くような声がした。


私はびくりとした。つい、立ち止まってしまった。声が続いた。


「どこへいくの?」


「・・・・」


「おふろ、どうだった?」


私は振り返るか振り返らないか迷った。迷ってはいけない。


今しもあの刺青男がドアをノックするかもしれないではないか。そう思ったのだがだめだった。


女の声はあまりに切ない感じがしたから。


「うん。よかったよ」


私はつい答えてしまった。


「・・・で?どこかへいってしまうの?」


「・・・」


「着替えたんでしょう?帰るの?」


「いや。その・・・」


「ここにいてよ。つきあって。あたし一人じゃ淋しいの」


静かだが迫力ある哀切の声だった。


私は凍りついた。


闇の中に、ゆっくりと彼女が半身を起す。


シルエットなのに、目がこちらを見つめているのを感じた。涙が光ったように思った。


・・・つづく

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