タヌキ・・・そして入れ墨の馬面
彼女と同じ部屋に泊まることになった。まるで自然にそうなった。
時刻は夜の8時過ぎ。素泊まり。部屋に彼女と二人で入る。仲居が来るようなことはなかった。
彼女はいきなり抱きついてきた。
香水の匂いにむせかえった。はじめ私はおろおろした。
しかしすぐ興奮し抱き返した。目の前のネガとポジが反転し、頭の中が消滅した
。彼女が私の唇を求め、それにこたえる。畳の上に二人で倒れこむ。
彼女は私の顔じゅうに接吻し、首筋や胸にも口を這わせた。それは餓えきった牝そのもので、私は興奮し欲情した。
そのまま行くところまで行った。せわしく何度も突き続け、下腹部が熱く、すべてを放出した。
密着し、粘着し、自分の体が女なのか、女の体が自分かわからない。抱擁が限界で、興奮は限界。気をうしないそうになった。
ことが終わっても、彼女は私に抱きついたまま、しばらく離れようとしない。
熱い息づかいが伝わり、包み込んだままだった。彼女の顔を覗き込むと、しばらくわななき、薄目をあけたままだった。
・・・と、不意に目を大きくあけた。
この表情をなんと形容したものか。救いを求めているような、怖いくらいの顔。すぐに次を求める獰猛さ。
私はどこまで行ってしまうのかわからない不安にかられた。ひとり起き上がって、浴衣を着た。
全裸のまま見上げる彼女に、かける言葉もみつからず、おもわず、
「ふろ」
とだけいった。彼女はかすかにうなずいた。私はあわてて手ぬぐいを持って、部屋をでた・・・
私は呆然として廊下を歩いた。
何がどうなったのだ。なぜ急にこんなことになったのだ。
猛スピードの不倫が完結してしまったじゃないか。
彼女はいったい何だ?なぜ、ああなったのだ?私が、そんなにもてるはずはないのに。
思いをめぐらせながらも、私は、やに下がっていた。
幸福な気分で満足していた。エロティックな余韻に浸って満足していた。
浴場には客はいなかった。
大きな風呂を一人占めにして、ゆったり浸かった。
露天風呂もあった。雪のちらつく夜空を眺めながらその露天湯に浸かった。目を閉じて、一人笑いした。
と、誰かに見られている気がした。
驚いてあたりを見廻すと、何かが動いた。
露天風呂を囲う土手の薮の中に動く気配がした。目をこらすと、そいつが首をあげた。薮の中から顔をだし、キラリと目が光った。
「・・・」
やがてそいつは全身を現す。こちらが静かにしているものだから、だんだんと大胆な動きになる。
「・・・やあ。こんな近くで、はじめて見たな」
それは狸だった。
薮からすっかり姿を現し、土手の上をゆっくりと歩き、やがて立ち止まって、こちらを見た。そのままじっと動かない。
黒い夜空から、雪は桜が舞い散るように落ちてくる。
空気ははりつめて冷たい。その冷たい空気を貫くようにして、狸の両目がひややかに私を見る。
口元が笑うように三日月型になっている。
私は不快な気になった。
同時に、ひょっとして今にも狸が襲いかかってくるのではという恐怖もよぎり、湯を出て、屋内の浴場へと戻ることにした。
外から内へ通ずるガラスの引き戸を開けた。私はぎくりとした。
湯に人影。誰もいなかった湯に大きな男が浸かっていた。
私は洗い場にこしかけて、まず、頭を洗い出した。
桶で湯をかぶり、シャンプーをつけて髪の毛を洗い出したそのとき、背後で、ざばあん、という派手な音がした。
その音は何度か続いた。
無視しようとしたが、しつこく続くのでふりかえり薄目で見ると、湯船の中の人影が立ち上がって湯を手ですくっては、天井にぶん投げていた。
天井にぶちあたった湯は粉々に砕けて飛び散り、あたりに湯気が充満した。
「・・・」
私は少し心臓が高鳴った。
その理由は、湯船の大男の行動もさることながら、大男の体にあった。
はじめは青いシャツをはおっているのかと見間違えた。
しかしそうではなかった。
それは刺青だった。
背中といわず、腕といわず、大男の体には見事な刺青がほどこされていた。
やっぱり、いよいよ無視しよう。
決心し洗髪を続行した。シャワーで髪についたシャンプーを洗い流した。
閉じていた目をあけて鏡をみると、自分の顔のほかに、大きな馬面が映っていて、私の顔をにらんでいた。
「!」
湯船にいたあの大男が、いつのまにか私の席の隣に座り、鏡を通じて私の顔をにらんでいたのだ。
私は思わず叫んだ。
「なんですか!」
・・・つづく