越後湯沢へ
赤いペディキュアをしていた。
踵の高いサンダルを履いた素足の爪に、残らず赤いペディキュア。それが目に飛び込んだ。
前方の席にいた彼女が立ち上がり、通路を歩いてきたとき、その素足が、うつむいていた私の目に飛び込んだ。見上げると、二十歳くらいの女性。ジーンズ、デニムシャツ、少し固めの長い髪、可愛い顔、肉感的なスタイル・・・。
私は思わず「あ・・・」と小さな声をだした。見覚えのある女性だった。
日曜日の晩、東京から新潟へ向う新幹線の車中でのことである。その頃私は新潟に単身赴任していて、月に2回のペースで横浜と新潟を行き来していた。そのとき新幹線は上越トンネルの長い暗闇を通過中だった。
あれはたしか、古町のキャバクラの・・・
記憶をたどっていたら、背後に彼女が戻って来る気配がした。彼女はなぜか、元の席ではなく私のすぐ後ろの席に座った。車内はガラガラで、どこに座ろうと自由だったから、私の前方の席からすぐ後ろの席へと、気分転換で席をかえたのかもしれない。それとも私に気づいて、そんな行動にでたのか?
新幹線が上越トンネルをでた。「国境の長いトンネルをでると雪国だった」。まさに雪国だった。それは冬の晩のことで、越後湯沢は大雪だった。
「さあ着いたわよ。はやく降りよう」
越後湯沢駅に停車したとたん、女は立ち上がり、私に向って、背後からそんなことをいった。
私は驚いた。誰か人違いじゃないのと思った。しかし思わず立ち上がった。すると彼女は私の手をひっぱり、出口へと向おうとする。
「あの・・・」
何かいおうとしたが、彼女が私を引っ張る力は強かった。そして私は何かよからぬことを期待して、抵抗する力は弱かった。
「あんたは、たしか、あの、●●の店の、ええと、名前は」
ホームから改札へ向かう道すがら、私は要領えない風に、ぼそぼそ喋った。
「・・・」
彼女は無言だった。予定の行動を黙々とこなしている感じだった。粉雪の舞い散るタクシー乗り場でタクシーをひろったときも、確信に満ちた様子で、ホテルの名を告げた。
どういうことだろう。
私は毎日の生活が単調で、何か事件を内心で待っていたから、期待じみたものを感じていたろう。
「明日は月曜日で出勤なんだけど。まあ、風邪ひいたといって年休にしてもいいけど。しかし、泊るの?予約してあるの?まあ、日曜の晩だから、部屋は空いてるだろうけど。人違いじゃないかな。僕は何も予約してないよ」
しかし、彼女は無言だった。不気味だ。しかし、私は流れに身をまかせた。彼女の告げたホテルは私も以前会議で泊まったことがある。変なところではない。まず安心だろう。変な奴が出てきても、まだこちらにやましいところはない。じゃあ、この変な成り行きを見届けよう。私はそう思いながら彼女を見やった。
「ちょっとね。つきあってほしいだけ」
彼女は前をみたまま、ぽつりとそういった。