神高争乱編Ⅷ
「断る」
銅はそれに間髪を入れず答える。
「・・・だめ・・・ですか?」
そう言った彼女の目にはほんのり涙が溜まっていた。
前髪が目に掛かり、そこからちらりと潤んだ瞳がこちらを覗く。これが上目遣いというものだろうか、と銅は女子必見の男子悩殺術を見ていた。
「ああ。駄目だ」
その守ってあげたくなるような表情に迷いなく否をぶつけられる銅はやはり冷たいのだろうか。
「その・・・理由だけでも教えてくれませんか?」
「面倒だからだ」
銅は悪びれることなくとても単純な感情論を述べた。
「・・・っ」
だが、理屈としては通っている。面倒なのはもちろんとして、銅にメリットはどこにもない。『これでより一層日本が強くなる』などといった漠然な目標など銅は持ち合わせていない。それに一人が強くなったところで戦力的に大差はないだろう。
それを聞いた彼女は少し落胆した。
「・・・それに俺は教えるのがとても下手だ。弟子に『見て学べ』というタイプの師匠と同じだ」
残念そうにする春夏冬を見てか、銅は付け足すように言う。
銅は面倒だというのもあるだろうが、自分では期待に添える指導をしてやれないという意味で断ったのだろう。
この言葉を聞いた彼女はハッとなり、すぐさま言葉を返す。
「そ、それで良いです!教えてくれなくて良いです!か勝手に学びますので!」
鼻息荒く話す春夏冬にやや気圧される銅。
「・・・そうは言ってもな。本当に俺が教えられる事は少ないぞ」
しかしまだ否定を重ねる銅。素直になれないのだろうか。
「大丈夫です、勝手に学びますから!」
尚も力説する春夏冬。
「・・・分かった。だが、校内では極力干渉を避けてくれ。俺は目立ちたくない」
さすがの銅もこの押しには負けたのか、一つの条件の下了承する。
「え、えぇ~。それじゃ今までと何も変わらないですよ~」
「勝手に見て学ぶんだろう?それなら、俺が付き添う必要は無いように思えるが」
「むぅ・・・。わ、分かりました。それじゃ、しっかり見て学びますね?」
春夏冬も同じように渋々了承した後、笑顔になる。
「ああ」
こうして、春夏冬は銅と接点を持つことに成功した。が、彼女は銅とは違う考え方をしていた様だ。
+ + + +
翌朝。2-A下駄箱付近にて。
銅はいつも通りチャイムの鳴る10分前に到着する。
今履いている外履きの運動靴から学校指定の上履きに履き替えていた時。
「あ、銅君・・・お、おはよう・・・?」
春夏冬だ。
「・・・」
当然銅はそれを無視し、教室へ向かう。
春夏冬の声はかなり小さかったからか、周りも銅に話しかけていたことは気付いていないようだ。
銅は昨日干渉するなと言ったではないかと、少し失望する。
「あ、ま、待って銅君っ」
そう言い先に教室へ向かった銅を小走りで追いかける春夏冬。
そして銅の隣に着いた春夏冬は、銅をちらちらと見ながら恋人のような距離感で歩いている。
肩が触れそうで触れない距離。友達以上恋人未満ならドギマギしてまともに会話もできない距離。
春夏冬は背は高くない。銅の肩位の背。そんな彼女は時々覗き込む様に銅の顔を見上げる。
頬を軽く朱色に染め、照れながら顔を見る春夏冬のその姿は、並の男子高校生ならば勘違いして好きになってしまうであろう程に、可愛らしいものだ。
その春夏冬に見向きもしない銅は、男子として少し不安である。
妙な視線に晒された銅は少し、いや、かなり居心地が悪かった様で、教室に入るなりすぐに自身の机に座り、読書を始めてしまった。
しかし、ここでもまだ春夏冬は頑張る様で、読書している銅を熱心に見てはレクスで何かをしている。
その今までに無かった教室内の異様な光景に、同クラス数名が頭にはてなを浮かべていた。
一時間目終了後。
次の授業は移動教室だ。
そのためか、銅は荷物を持ち早々に教室から出て行く。
「あっ」
その様子を見た春夏冬はすぐさま自分も用意して、銅について行く。
「かえで~、明日のことなん・・・て、あれ、楓は?」
銅は目的の教室から遠いルートで歩き始める。
春夏冬もそれについて行くが、今二年生だし、近道知らないわけ無い・・・よね?と、怪訝に思う。
そして少し歩いたところで。
「わっ」
銅が立ち止まった。
もしかしたら付きまとうな、って怒られるのかなと、春夏冬は肩を竦める。
わ、こっちに振り返ったどうしよう!やっぱ怒ってるんだ~・・・。と涙目。
「春夏冬」
「は、はいいぃ」
泣くな私、泣くな私!と春夏冬。
「ここは男子トイレだ」
「・・・へ?」
言われ、横を向くと、青色の棒人間みたいなのが描かれた扉がそこにはあった。
「なっ?!」
と、女子らしからぬ声を上げてしまう春夏冬。
そして周りを歩いていたほかの生徒から変な目で見られている事にようやく気がついたようだ。
それから顔を真っ赤にし、ごめんなさいぃぃ~!と謝罪を連呼する春夏冬に銅は嘆息し、発言する。
「それはいい。が、昨日目立ちたくないと言ったはずだ。観察するにしても何故ここまで近づくんだ」
と、今日の朝からの謎を問う。
「一緒に行動した方が何かと良いかなって!」
自信満々に言う彼女に銅はただただ呆れるほか無かった。