神高争乱編Ⅴ
彼の身に何が起きたのか、それは彼自身も分かっていないようだ。
ただ、全身に力が入らない。そして酷い激痛に見舞われる。
「銅君・・・なに・・・を・・・」
何を自分にしたのかと、全く喜悦の見せない銅に問う。
が、しかし、銅はただ御辞儀をしてその場を去る。
明らかに優勢だった筈だ。銅は押されていた。これは確実だ。
にも関わらず一太刀浴びたのは自分だった。
と、召喚士の彼は疑問に思う。
銅白也。以前も戦闘科を相手に勝利を収め、至極当然といった様子だった。
あの時は戦闘科の彼が腹痛だったと言っていたが、どうだろう。
今身に体験しているこの痛みは、紛れもない能力だ。能力によって起きた痛みだ。
銅君は、きっとまだ何かを隠している筈だ。これから彼に注意しておこう。
+ + + +
今日はやけに静かだな。そう銅は窓の外を見やる。
別段何時もと変わらない風景が広がっている。閑静な住宅地があり、小さい公園があり、犬を連れた年寄りの爺さんが歩いていたり。
特出する点などない、何処にでも広がっている全く普通の景色だ。
注目されるのをひどく嫌った銅だが、話しかけられはしないものの、明らかに視線を感じる。
廊下を歩いていても、トイレの中でも、授業中でも。
複数人ではなさそうだが、確実に銅の存在に疑問を抱く者が現れたと思って間違いないだろう。
気付いたからと言って銅から動くことはしない。下手に動くと返って悪印象になる可能性が否めないからだ。
しかし、どうしたものか。きっとそのうち監視にも飽きて普通の生活に戻るだろうが、戦闘訓練は待ってくれない。今まで通り難なく接戦を演出出来ればいいものの、昨日の様に”納得のいかない”勝利をした場合、さらに疑問を抱かれることになるのは目に見えている。
そんな不安をよそに、授業の終わりを告げるチャイムが校内に響き渡る。
例の如く視線を感じる銅であったが、校内の人物であることは間違いなく、クラスの一員である可能性が高い為、変な詮索はしないようだ。
昼休憩。
ここ神高の昼休憩の時間は50分と、かなり長めだ。その為か、普段から解放されている屋上や中庭のテラス、ベランダなど、陽の当たる場所で昼食をとる生徒が多い。
教室で食べる生徒も少なくないが、基本何人かで机を囲んで和気藹々と談笑している。
そんな中、銅は一人自作の弁当を頬張りレクスで読書に耽る。
「・・・」
何か騒がしい。
そう思った銅は窓の外を見やる。
ほんの数十分前は静かだったはずの外は、次々と何かから逃げるように飛び立つ鳥が空を支配していた。
騒がしい原因は鳥の逃げる先とは真逆にあるはずだ。
外に出て確認をしよう。
そう、銅が席を立った瞬間。
ボワァァァン!
という爆発音が響き、地面が大きく揺られた。
ウーンウーンと警報音が鳴り響く。
外にいた生徒の叫び声が鼓膜を伝い、窮地であることが分かる。
教室内に配置されたスピーカーから校内放送が掛けられる。
先生でさえも呆れるほどに動揺しているのがスピーカーを通し伝わる。
そして聞こえる駆動音。
徐々に近づいてくるその音は、地響きと共に大きさを増す。
校門前に止まったそれは、日本の教科書に出てくるものと完全に一致していた。
オズの襲来だ。
「ぎゃああああ!」
「逃げろ、逃げろおおおあああ!」
実物のオズを見た事の無かった生徒は一様にしてみっともない悲鳴を上げ、逃げ惑う。
先程爆破されたのは戦闘科方面だ。
高校自体頑丈な造りになっているが、被害は免れないだろう。
死者が出なければいいが・・・。と銅は逃げる生徒とは真逆の方向に向かいながら考える。
この学校の地下には避難シェルターがあり、万が一でも助かるようにはなっている。
先程掛かった校内放送で生徒の皆はそこに逃げるようにとの指示があった。
しかし銅は思う。ただ逃げるだけで戦わないのだとすれば、それはむしろ生存確率を下げるだけだ。と。
今こうして逃げ、戦闘を得意とする先生が集まるまでの間に、どれだけの被害を被る事になるだろうか。
先生方は当然ヴェルヴァ―ナではない。つまり一人でオズを倒すことは不可能だ、という事。
「・・・」
では、戦闘の得意なヴェルヴァ―ナがオズを倒せばいい。
銅は、人のいなくなった屋上へ足を進めた。