神高争乱編Ⅳ
3・・・2・・・1・・・戦闘開始。
5月18日。最初の実践訓練から約三週間が立ち、普通科生徒も要領を掴み、戦闘科と相対しても引けを取らない程度には”死”に慣れた。
これでようやくスタートラインに立ったと言っていいだろうが、それでもやはり戦闘科相手の勝率はかなり低いものだった。
相変わらず戦闘科が優位と言う概念は定着したままだ。
「銅君、よろしく」
今回銅が相手するのは同じ普通科の生徒だ。
銅は”あの件”以降能力を使っていない。流石に不自然すぎたからだ。
ついた嘘はその場しのぎに有効でも永続はされない。二度と同じことがあれば不信感に煽られ、三度目は誤解が発生する。
銅は兎に角目立ちたくなかった。その為相手がどんな能力であろうと身体的な能力でそれを上回りつつ、派手に上を行きすぎないよう接戦を演出する。
しかし今回はそうもうまくはいかないらしい。
「ああ」
銅は軽く返事を返し、戦闘体制に入る。
「いくよ!」
彼はそう叫ぶと、眼前に手をかざし、目を瞑る。
「お願いします!」
その言葉がトリガーだろう、彼の左右から門のような形をした物が現れ、その中から二匹の狼に似た召喚獣を召喚した。
彼の能力は「召喚黒門」。
自らの召喚に応え、主を守る獣が現れる。
この能力はビューレの中でもかなりレアで、これを有するビューレは例外なく強い。
能力者自体戦闘が不得手だとしても召喚獣で完結してしまう。召喚獣の持つ力はそれぞれだが、単純にヴェルヴァ―ナが三人に増えたと思って構わないだろう。
訓練初日に勝てなかったのはまだ扱いに慣れていなかったためだろう。もし彼が戦闘科だったら学年トップの実力でもおかしくない。
銅の下に一体の狼が飛び掛かる。
目に映るその黒い爪は光をギラリと反射し、先端は刺繍針よりも鋭く尖っている。こんなもので首を掻かれればまさに地獄絵図だろう。
銅はそれを後ろに飛び躱し、召喚主に迫ろうとするも、召喚獣に阻まれる。
それならばと召喚獣に回し蹴りをするが、非実体化し、蹴りは空を割く。
「・・・っ」
銅は能力を使ってないにしろ、あからさまに他の生徒とは比べ物にならない。
戦闘科の先生にとって彼は惜しい存在の事だろう。こんな潜在能力は途轍もない脅威だ。
近づけば相手の召喚獣が牙をむき、物理攻撃は当たらず、召喚主に近づくことは召喚獣が許さない。
銅は一旦引き、体制を立て直す事にする。
それを見た召喚獣のうち一匹が前足を地面に叩きつける。
すると足をスタート地点に地面が盛り上がり、一つ一つが槍のようになり銅に迫る。
その攻撃をすんでの所で躱すも、服の裾が破ける。
「・・・」
強い。銅はそう思った。
破けた裾を気にしてる余裕もなく、召喚獣は追加で槍を放ってくる。
その全てをあらゆる方法を駆使し、躱し続ける。
銅は身体的な能力にかなりアドバンテージがあると言ってもスタミナは有限だ。この怒涛の攻撃の全てを凌ぐのは不可能だろう。
しかも銅はまだ”1匹”しか相手にしていないのだ。
これで互角、若干劣勢程度なのにも関わらず、もう一匹控えている。
銅は躱しつつ少しでも近づけないかと模索するが、やはり召喚獣が立ちふさがる。
主に至ってはただ立っているだけだ。なんて便利な能力だろうか。そう銅は少し嫉妬する。
・・・一瞬、ほんの一瞬召喚獣から目を離した、それだけで状況は変わった。
控えていた召喚獣が動き出していた。
”何十体にも”分身して。
「っ・・・」
地面からは槍、空からは狼。
逃げ場は無い。されどどうにか打開しようと試みるも数が数だ。
万事休すか。
そこで銅は避けるのを終了し、初戦以降封印していた能力の使用を解除する。
召喚獣は銅の首を取ろうと飛び掛かり、その鋭い爪を銅に向かい突き立てる。
同時、銅に襲い掛かっていった数体の召喚獣が姿を消す。
続く他数十体も銅に触れた途端に姿を消す。
瞬間。主の四肢には風穴が空いていた。
彼は体重を支えるための関節が”砕かれ”、なし崩しに地を嘗める。
叫ばないだけ幾分か佐藤よりは根性があると銅は思った。