過ち
クレリア視点です
9月後半、私はしわ一つないきれいな封筒に入れられた手紙の内容通り放課後学園の屋上で呼び出し主のキャロル様を待っていた。少し待てば橙色のツインテールの髪が年齢に合わず似合っている子供っぽい、それでいてどこか聖母のような雰囲気を持つ不思議な少女がやってきた。
「突然呼び出ししてしまって申し訳ありません」
「いえ、大丈夫です。それでお話とは何でしょう?」
少女からの手紙によれば何か話したいことがあるらしい。こてんとあざとく首をかしげてさっさと本題に移りましょうと訴えてみる。意図を読み取ったのか一つうなずいた彼女は、その小さな口からとんでもないことを吐き出した。
「あなたが好きでもない男性を口説き落とそうとしている訳を聞きたいのです」
「――は?」
予想していた言葉と全く違うことに繕うことも忘れて驚きに目を見開いた。
てっきり最近仲良くさせてもらっている方々、攻略対象の婚約者であるシェリー様のように彼女も私に対して牽制しに来たのかと思っていた。まあ彼女はそんな性格ではないだろうからそのような行動に出れば転生者であることを疑うつもりであったが。
「……どうしてわかったのですか?」
「私も恋する乙女の一人ですから。なんとなくわかってしまうのですよ」
そういって彼女は微笑んだ。すべてを見透かしているかのように錯覚させる深紅の瞳はどこまでも穏やかな色を含んでいて、彼女は本心でそういっているのだと感じられる。
(あぁ、無理だなぁ)
この瞳には隠し通せる気がしない。目は口ほどにものをいうというのは本当なんだななんて変に感心してしまった。それに私自身誰にも相談できずに今までと違う環境に放り投げられて限界を感じ始めている。
「そうですね、その質問にお答えする前に私の話を聞いていただけますか?」
「ええ、いくらでも聞きましょう」
「ふふ、寛大なお心に感謝いたします」
目を瞑って息を吸い込む。まだ9月だからか生ぬるい空気が私の中に入り込んでは抜けていく。
目を開ければ、あの瞳は何も変わらずそこにあった。
「ではまず私の過去のことをお話ししましょうか」
どうか、あなたに私の人生を聞いてほしい。
物心ついた頃から私は孤児院で育った。院長から私は高級娼婦の母に預けられたと聞いている。おそらく父はどこかの貴族なのだろう。顔も知らないし、探そうなんて思っていないからどうでもいいけれど。
私には家族のみんながいればよかった。土いじりや刺繍をして、年上の少年を兄のように慕い、年下の少女を妹のように寝かしつける。そんな日々を過ごして私はいつかここを出ていくのだろう、そう漠然と思っていた。
そんな日常に変化がおきたのは7歳の頃。私より一つ年下の男の子が貴族に引き取られていったときのことだった。
その子は頭のいい子で可愛らしい顔つきだった。性格はぜんっぜん可愛くなかったけれど、いい子ではあったと思う。可愛げないけどね。
転んで膝をすりむいたら助けてくれたし、孤児院にある本を読めないと言ったらこんなものも読めないのかって馬鹿にされながらも読み聞かせてくれた。あれ、助けられてばっかりだね?私お姉さんなのになんだけどな?
そんな彼は出ていくときもやっぱり可愛げがなくて。普通なら涙ぐむとか何かしら悲しそうな反応を見せるものなのに、いつも通り私の一挙一動に毒づきながらも手伝ってくれた。
彼が見たこともないようなきれいで豪華な馬車に乗せられていく。その馬車が見えなくなるまで呆然と立ち尽くした私の目からは馬車が見えなくなった途端に大量の水があふれだした。孤児院の前でわんわん声を上げて泣いた。それはもう泣きじゃくった。周りのみんなが引くほどに。
私はそのとき気が付いたのだ。私は幼いながらに少年に恋をしたのだと。
もう会えない。伝えることさえできない恋。それでも思いは日を増すごとに募っていって、もどかしさに震えては涙をながす。そうして年月が過ぎ、気が付けば私は15歳になっていた。
15歳の秋、それは私にとっての転機だった。私の父と名乗る男性が私を引き取りに来たのだ。男は高貴な貴族の者であった。それが私に希望を与えてしまったのだ。
あの人に会いに行けるのだという、希望を。
期待に胸を躍らせながらついて行った先、そこで私を待っていたのは初恋の君に会うどころか、一回り以上も年上の女好きの男に嫁がされる未来だった。
そのことを冷酷な声で伝えられるが最後、名義上父になった男、コンラッド=アンジェロとは一度も顔を合わせていない。私は花嫁修業という名の地獄のような過酷なスケジュールで組まれたレッスンを必死でこなしていたから直談判する気力も残っていなかった。
鏡の中の私は孤児院にいた頃より少しやせ細り、目にはくっきりと隈ができあがっていた。
今回のことはよく考えもせず、目の前のエサに飛びついた私の責任だ。だから泣いちゃだめだ。どうしてなんて問いかける暇があったらその分マナーを完璧にして地獄のような日々を終わらせる努力をしろ。
全てはあの人に出会うため。出会ってこの気持ちを伝えるため。それを支えに厳しい冬を過ごせば年を越したのも知らないまま季節は春に差し掛かろうとしていた。
マナーの習得が予想以上に早く、3月は学園に行く準備期間ということでしっかりとした睡眠をとれるスケジュールに変更された。もちろんまだまだ学ばなければいけないことがあったので、食事や睡眠以外の時間は容赦なく勉強させられたけれど。
ベッドの上で学園に入学した後のことを考える。本物の貴族の中で一人元平民の私が上手くやっていけるのだろうかという不安と、来年になったらあの人が入学してくるかもしれないという希望がごちゃ混ぜになった無責任な未来予想図。私はそれを考えている時間が一番心が休まっていた。
学園に入学して直後は別にアーサー様含む攻略対象者を見ても美形だねとしか思っていなかった。特段興味もなかったし、話しかけるつもりなんて毛頭ない。
でも何故かいつも行く先々で誰かしらに遭遇してしまう。姿を見ればくるりと背を向け逆方向に行くようにしていたが、それにも限度がある。
どうして私がこんな隠れるようにコソコソしないといけないのかな。
そう思いつつも避け続けていたら運悪く二人の攻略対象と同時に遭遇してしまった。といっても一人は見かけてすぐ回れ右をしたから遭遇といっていいのかいささか謎だけれど。
もう一人、エリック様とは回れ右をして顔を見られないようにうつむきながら早歩きで歩いていたらまぬけにも軽くぶつかってしまったというものだ。ええ、完全なる私の不注意でございました。
エリック様はぶつかった私を咎めることはせず、大丈夫かと紳士的な行動をとり、優しい方もいらっしゃるのかと変に感心してしまった。話も弾んだことから友人になり、初めての貴族の友人だと喜んでいるとその夜自室のベッドの上で思い出した。
彼や私が避けていた方々が何者であるかを。
(えええええ、マジですか。私ヒロイン?主人公?……嫌なんですけど)
正直私には初恋の人がいるわけで、現在進行形で彼にゾッコンである。だから攻略対象のイケメンな方々には微塵も興味がない。しかし何の運命か私の行く先々に彼らが攻略してくれと言わんばかりに待ち構えている。いやしませんけどね?
でもこのまま逃げ続けるのもなんだか癪だ。たしか誰のルートにも入らないノーマルエンドってやつに入れば誰ともフラグ立たないんだし逃げ回るのやめようかな。高位貴族様とは縁を結んでおいたほうが得だしね。
そんな甘い考えのもと友達程度の好感度を保って日常を進めていけば、夏季休暇明けには男たちの言い争い現場に居合わせる事態になっていた。どうしてこうなったし。
デメリットをよく考えずにメリットばかりに気をとられすぐに食いつく。
これに似た言葉を過去にあの人にも言われたがまさにその通りだと思う。どうして私は同じ過ちを繰り返してしまう能無しなのか。
まるで甘い考えに天罰が下ったかのようにシェリー様に牽制されてしまった。さようなら私の学園生活。虐められてボロボロになるか、退学させられる未来しか見えない。
その先はやっぱり30代後半の女好き男との結婚につながっているのだろう。ああ、憂鬱だ。自業自得ともいうけれど人生ハードモードすぎやしませんか神様。
「だから、私は彼らを口説いているつもりはなかったんです。誤解されるような行動をとったことは自覚していますけれどね」
うつむいて自嘲気味に笑う。あの目をみるのが怖いと思ったからだ。そんな自分に嫌気がさして後ろに回した手をぎゅっと握りしめた。
「ねえ、私も一つ質問してもいいですか?」
――私はどうすればよかったんでしょう。
答えてください、 キャロル様。