目覚め
アーサー視点です。
昔から変な既視感を感じることがあった。
初めてそれを感じたのは婚約者のキャロルにあったとき。彼女の笑顔は素直に可愛いと思ったし話も合って婚約できたことを嬉しく思っていたけれど、既視感が妙に不安を煽っていつの間にか遠ざけていた。
その他にも既視感を感じる人と何人か出会った。クィントン家のエリック、ラッシュ家のゴドウィン。そしてエックルズ家のローザンなど。彼らはキャロルほど繋がりを求められないから当たり障りない返答をし、知り合い状態を保つことで悪印象を持たれないようにした。
そして最近纏わりついてくる女、クレリア=アンジェロもその例外ではない。
学園に入学してからまるで謀られたかのようにそれらの人間が集められた。この既視感の正体がわかっていないから当然警戒した。彼らには極力関わらないように、特にクレリア=アンジェロには視界にもなるべく入らないように細心の注意をはらった。
上手くいったと思っていた。クレリアとは6月まで一切関わっていないし、他の人も同様。たまに感じる既視感に対する動揺を隠すために表情を消せば、女子生徒の間で氷の貴公子というあだ名がついたと聞いたがそんなものは些細なものだ。
だが7月から状況が一転する。今まで邪険にされつつあったクレリア嬢が認められてきたのを皮切りに何故か積極的に関わってくるようになった。調べてみれば俺が既視感を感じた男性陣全員にも声をかけているらしい。
緩んでいた警戒が一気に引き上げられる。とにかく冷たい態度をとって突き放そうとしてもゾンビのように這い上がってくるこの女に恐怖を覚えた。少し遅れて前みたいに話しかけてくるようになったキャロルとの会話とも呼べない時間とキャロルにもらった菓子を食べる時間だけが唯一の癒しとなっていた。
キャロルのその歌うような声が好きだ。
キャロルの努力している姿が好きだ。
キャロルのいつも気遣ってくれる性格が好きだ。
そしてキャロルの笑顔が一番好きだ。幸せにしたいと思っている。
だからこそこの妙な既視感の正体を知らなければいけないとも思う。何年も付き纏う父も母も教師も従者も誰も知らない、感じたことのない既視感。それはきっと重要なことで俺とは切っても切り離せないものなのだ。
それを知ったその先に一体何があるというのだろう。
といっても具体的な解決策が見つかるわけもなく、完全に煮詰まっていた。共通点を探してみようにも見つからず、既視感を感じた状況をメモした日記を読むも特に何も感じない。
夏季休暇の間に答えを出せたらと思っていたのだが進歩がなくすでに半分が過ぎていた。気分転換に街でも歩いてみるかと外出してみれば、誰かにぶつかる。
「いったたた……あれ、アーサー様!?」
「………………」
最悪だ、ほとんど足を運ばない街に行った日にクレリア=アンジェロぶつかるとか俺の運はどうなっているのか。
これでも一応侯爵令嬢なので立ち上がらせ、さっと目視で怪我を確認する。見たところ特に傷はついていない。それがわかった瞬間挨拶もなしに踵を返した。
「あ、アーサー様、待ってくださいよ」
「ついてくるな俺は屋敷に戻る」
絡めようとしてくる腕をはらい、足早に移動する。本当この女はどこにでも出没するな、いい加減うんざりだ。どうせぶつかるならキャロルとぶつかれればよかったのに。
「あのドレス……」
「………………」
まただ。またあの妙な既視感。半ばやけくそでクレリア=アンジェロが見ている方向を見れば店のショーウインドウからのぞくそれに目を奪われた。
そのドレスは天使の羽が重なってできたような純白のドレスだった。余計な飾りは一切ついておらずそのデザインのみですべてを引き付ける不思議なドレス。それに俺は見覚えがあった。
前世にあった乙女ゲーム、リナジオンの箱庭に出てくるこのドレスを俺はプレイヤー兼ファンの妹に作るように強請られたことがある。二次元によくある構造が意味不明すぎるドレスでもちろん作ることなど不可能だったが、そのドレスを見るためだけに妹とゲームをやった記憶は新しい。
俺は乙女ゲームの攻略対象、アーサー=カルディナーレに転生した。妙な既視感の正体は予想外のものだった。
クレリア=アンジェロを無理に振り切って部屋に戻った後、今の状況を整理してみる。
俺は今、おそらくヒロインに攻略されているのだろう。何回かプレイしたのでゲームの進め方はわかっている。9月初めにルートが確定するから夏季休暇にあるイベントはルート分岐に必須のイベントだった。今日もそのイベントのために街に繰り出していたのだろう。
(それにしても)
ゲームをプレイしているときはキャロルに対する態度以外まあまあいい奴だとは思っていたが現実だとここまで嫌いになるとは。よくよく考えると毎日冷たく突き放しているのに笑顔で話しかけてくるとか普通に怖いわ。乙女ゲームってそういう矛盾を考えてはやっていけないんだな。
まあ奴のことはどうでもいい。問題はキャロルだ。
別の人格の記憶が目覚めたことにより客観的に自分の行動を見つめなおすと、ゲームのアーサーとほとんど変わらないことがわかった。多分キャロルは俺に嫌われていると思っている。
それは困る。俺は断固として嫌っていないと伝えなければならない。この世界はゲームだとはいえ、俺は実際に考えて感じて自分の意志で動いている。それはキャロルにもいえることで、もし彼女や彼女の家族が婚約破棄を考えているのだとしたら絶対に阻止しなければならない。
彼女に好意を伝えよう。でもどうやって?
今までの自分を振り返ってみても生憎誰かを大切にした記憶なんてないし、前世に至っては記憶が穴だらけで参考にもならない。女性の口説き方なんて知らないのだ。
「というわけでギル、女性の口説き方を教えてほしいんだが」
「それでなんで俺のところに来るんだ。明らかに人選間違ってるだろ」
迷った末俺が頼ったのは養子兼義弟のギルバードだった。無口で少々病んでいるところもあるがその知識と整った容姿を買われて公爵家に養子に入ったのだから女性の口説き方を熟知していると思ったのだ。それに長い付き合いで気安い仲だからか相談しやすい。
「お前の場合素直に好きだとか愛してるとか言っとけば解決するだろ。俺を巻き込むなよ」
「いやだって今まで冷遇していた男が急に愛してるとか言って信じてもらえるほど世間は甘くないと思うんだよな」
「……まあ俺なら信じないな」
「だろー?」
絶対に裏があると思われてしまうだろう。だから氷の貴公子のイメージはそのままになんとかキャロルと相思相愛になりたいという要望を伝えると、それもう氷の貴公子じゃなくねと冷ややかな突っ込みが返ってきた。
しかし真面目な彼は考える素振りを見せた後一つ提案をしてきた。
「俺はドロドロに甘やかして、自分なしでは生きられないようにするな」
「お前相変わらず病んでんな。……甘やかす、か」
逃げられないように腕で拘束して、目一杯の甘いものを用意して食べさせて。ふにゃりとした笑顔をずっと独り占めできたらどんなに幸せなことだろう。ああ、俺も病んでいたのか。血は繋がっていないが俺たちは本当の兄弟なのかもしれないな。
「じゃあ甘やかしてみる作戦でいこうかな」
「え、それ本気で言ってる?」
「おう、いい案出してくれてありがとうな」
そういってアーサーがいい笑顔をすればそれを見たメイドが奇声を発して真っ赤な顔で倒れた。屋敷が騒がしくなるのを聞きながら、ギルバードはその元凶を冷めた紅茶を飲みながら見る。
「お前がキャロル嬢の前で笑えばすべて解決すると思うんだが」
「難しいな、何せキャロルと話しているときは緊張で表情が死ぬからな」
本当コイツ面倒くさい。隠すことなく面と向かってそういえば、無礼だと怒ることもなく真顔で俺もそう思うと返すアーサーにギルバードは少し笑ってしまってそれを見たメイドがまた倒れてさらに騒ぎになるのは言うまでもないことだ。
アーサーが注目していたドレスはバレエの白鳥の湖の衣装を普通のドレスに直した感じをイメージするとわかりやすいと思います。