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一夏の思い出

婚約破棄作戦を実行しているうちに夏季休暇に突入した。これでは好感度を下げることができないので一度茶会にでも招いてみようと思っている。きっと来てくれないだろうから招待状は未だに筆が進まないけれど。




あの日は結局まともに話せなかったので部屋で反省し、最低でも5分会話をするという目標が新たにできた。話す内容を一つに絞り、昨日のように詰まってしまわないようにすれば、翌日はなんとか一方的な会話ではあるが5分間一緒にいることには成功した。


それを続けて一週間。著しい変化は特に見られなかったので作戦2、手作りのお菓子を差し入れ作戦の実行を決定。


これも声の人に好かれるための作戦だろと冷ややかに突っ込まれてしまったが貴族令嬢は普通自分で料理などしない。故に貴族令嬢らしさを求めるアーサー様に嫌われる作戦としてはこれも十分機能すると私は思うのだ。決して余った分を自分で食べられるからやるとかそういうことではありません。断じて。


久々に作るので簡単なものにしようと初日はクッキーにした。そのままでは味気ないので何か混ぜてみてはいかがでしょうというケイトの意見を採用し、紅茶風味とコーヒー風味のクッキーにする。料理人ではないので完璧ではないが、なかなかおいしいものができたと思っている。


作った後にそういえばいつ渡そうかなと考えたが、特別何かするわけでもなく会話の後に押し付けるように渡すという結果に終わった。次の日の会話で一切触れられなかったので食べてくれているかは不明だ。捨てられていたら悲しいとは思うが仕方ないとも思う。因みにその日も会話の最後にお菓子を押し付けた。




クレリア嬢とはあの日以来遭遇していないが、学園内で彼女のいい噂が流れ始めているのは事実だ。同時に平民嫌いの令嬢令息たちの嫌味は増えたようだが大きな問題は今のところ起こっていない。


元平民という異分子がだんだんリナジオン学園に受け入れられているのがわかる。その異様なまでの変わり身がたまらなく怖いと感じた。


だから、一度学園から離れられる夏季休暇にほっとしてしまった。目をそらせば碌なことにならないのはわかっているはずなのに逃げてしまう自分はなんて情けないのかと自己嫌悪に陥っていると弟たちが部屋を訪ねてきた。


「姉さま、街に出かけましょう!」

「久しぶりに姉さまとお出かけしたいです」


リックとニールのキラキラと輝く笑顔に思わず首を縦に振ってしまい、冷静になったときにはすでに明後日に出かける許可をお父様にもらった後だった。いや、純粋に嬉しいとは思いますけれどね。いささか急ではありませんか、弟たちよ。数日前に折れてしまったヒールの靴の代わりが届くまで待っていてほしかった。あれがないと本当に背が変わらないので姉としての威厳がゼロになってしまう。


ケイトにそのことを話せばヒールの靴は歩きにくいでしょうしたまにはいいのではないでしょうかと返ってきた。あの様子だと一日中街を回りそうだしそれもそうかと今回は諦めることにした。前に店主から妹さんですかって言われたことがあってショックを受けたのだけれど、コンプレックスをつかれてもさらっと流す練習になるだろう。


大丈夫、大丈夫です。年上の余裕を見せるのです。




そうしてきた明後日。黄色のひらひらとした涼しげなワンピースを繕い、今日はいつものリボンではなくお母様に貰った少し大人っぽい蝶の髪飾りでハーフアップにすることにした。弟たちとの外出にリボンをつけないのもどうかと思ったケイトが服に合うようにリボンを結んでくれ、準備完了だ。


自分は思ったよりも今日を楽しみにしていたようで時間が少しあいてしまったので声の人と話でもすることにした。


「どうですか、このコーデ」


鏡の前でくるりと一周回ってみる。ワンピースの裾がふわりと揺れた。


――見事なビタミンカラーですね。そこまで野菜になりたいの?


「び、ビタミンカラー?」


彼女の言葉は意味が通じないものが多い。確かに同じ言語を話しているはずなのにかみ合っていないこの感じは私と彼女が完全に理解しあえる未来はないということを感じさせるようで悲しいと感じる反面、興味深いと感じるときもある。


――私の国では黄色や橙、緑とかをビタミンカラーって呼んでるの。まあ元気が出る色って意味かな。


「元気がでる色……ですか。貴方の国は素晴らしいことを考える人がたくさんいらっしゃるのですね」


聞いてしまえばますますこの服を気に入ってしまって気分は最高潮だ。


「そういえばあなたの名前を聞いてもいいですか?」


――うーん、やめておこうかな。どうしても私のことを呼びたかったら5番さんとでも呼んで。


彼女と時折話してわかったことがある。彼女は頑なに自分のことを話そうとしないのだ。理由を聞いてみれば、私が変わってしまう可能性があるからという。私のことは家族ですら知らないのではということまで知っているのに不公平だと思う。


私は名前も年も話していないときは何をしているのかも知らないのに。






「姉さま!次はあそこの雑貨屋とかどうでしょう!」

「そこの喫茶店は先週新作の菓子が出たようです、休憩がてら行ってみませんか?」


「二人とも待ってまって。走ったら危ないですよ」


久しぶりの街はどこか活気づいていて見たことがない店がちらほら増えていた。


二人は私に楽しんでもらうことが目的のようで、私が普段寄りそうなところを重点的に案内してくる。最初は申し訳ないとも思ったけれど二人の気持ちを酌んで楽しめば二人とも嬉しそうに案内してくれた。そのうちヒートアップしていき我先にと走り出したのだが。


リックおすすめの雑貨屋で可愛らしいペンを買い、ニールおすすめの喫茶店で新作の抹茶パフェをいただく。パフェは貿易で手に入れた品で作った限定品なのだそうだ。


なんて贅沢な時間なのだろうか。ありがとうと少し潤んだ目を隠すように笑って伝えれば、二人は照れたような笑顔を返してくれた。




喫茶店を出て夕焼けに染まりつつある街を3人で歩いて幸せ気分に浸っていた。そろそろ帰らなくては。そう思って最後は姉らしくさあ帰りましょうかと言うために2歩前に進んで振り返る。


「今日はとっても楽しかったです、ありがとう。さあ、もう遅いしそろそろかえ、りま……」

「姉さま、どうしたのですか?」

「後ろに何かあったのですか?」


リックとニールの後ろの人ごみ。そのなかにありえない姿を見て言葉が途切れてしまう。

それを不審に思った二人は同時に後ろを振り向くと私と同じように沈黙した後にこうつぶやいた。


「あれって、姉さまの婚約者……?」

「でも姉さまと別の女性といるよ……どうして?」


人ごみの中見つけた後ろ姿。それは確かに二人並んで歩くアーサー様とクレリア嬢だった。


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