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臆病になった心

私の名前はキャロル=ラパン。リナジオン学園第一学年のA組に所属する15の侯爵令嬢。

ピアノを弾くことが好きですわ。


見た目は母親譲りのワインレッドの瞳に、父親譲りの薄いオレンジの髪を弟たちから貰った若草色のリボンでツインテールに結っている、童顔低身長の少女ですの。


言っておきますが見た目が人より少し成長していないだけですので。それに私くらいの年から急に成長した方も過去にいらっしゃったそうですから、これからきっと子供っぽい格好が似合わないような大人のレディになりますからね。

春の身体検査では1cmも伸びたのですから150cmも夢ではないのです。




……『わたしがかんがえたともだちができるじこしょうかい』を考えて現実逃避を図ってみたのだが、何故だかむなしい気持ちになってきた。ちなみに先ほど考えていた童顔低身長などはすべて事実である。


「お嬢様、本日はご気分が優れませんか?」

「っ!……大丈夫です、少々夢見が悪かったようですの」

「左様でございますか。それでは後ほど、気分が落ち着く紅茶を持ってこさせましょう」

「ええ、ありがとうございます」


ぼんやりと考え事をしていると、髪を結ってくれていた専属侍女のケイトが話しかけてきた。もとより私は話すほうではないが、全く話さないというほど寡黙でもない。付き合いが長い彼女はそのことを理解してくれているので疑問に思う部分があったのだろう。


(いい侍女に仕えてもらえて幸せ者ですね)




髪を結い終わって用意してもらったハーブティーの香りを楽しむ。朝食まではまだもう少し時間があるはずだ。

少し気分が落ち着いたところで先ほどの話を整理しよう。


声曰くこの世界は乙女ゲーム『リナジオンの箱庭』の世界と、建物も価値観も人物さえも酷似しているらしい。


乙女ゲームというのは恋愛小説のゲームブックみたいなもので、主人公の女の子が様々な美少年と身分さの恋をする様子を文字と映像で表現するらしい。どうやって表現するかは理解ができなかったがなかなか興味深いものである。

その乙女ゲームの読者のことをプレイヤーと呼んでいるらしい。他にも呼び方はあるのだがこれが一番一般的だと言っていた。


人物も酷似しているらしいと言ったが、主人公の『クレリア=アンジェロ』が結ばれる美少年の中に『アーサー=カルディナーレ』という人物が登場するらしい。


元平民の侯爵令嬢であるクレリアは最初周りからものすごく冷たい態度をとられるのだが、その努力が認められ7月あたりから話せる人が増えていく。アーサーもそのうちの一人で、明るくて努力家の彼女に惹かれていく……というストーリーだそうだ。


そこで障害となるのがアーサーの婚約者の『キャロル=ラパン』。といっても主人公に嫌がらせをしてくるといった感じではなく、むしろクレリアの友人であったようである。元平民である主人公を庇ったり、相談に乗ったりする心優しい性格のようだ。そんなところがファンを生んだのだろうか。


そんな彼女には3つの結末が用意されている。バッドエンドでは婚約破棄のショックから自殺、ノーマルエンドではアーサーを庇って死ぬ、他殺。主人公にとってのハッピーエンドでは領地に行った際、土砂崩れによって事故死。私が夢で見たのはおそらくバッドエンドのほうだろうと声は言っていた。


プレイヤーの中には所詮脇役と考える人、恩を仇で返す主人公に嫌気がさす人、思いが報われない一途なキャロルに同情する人様々。


そのなかにはキャロルの髪型がウサギの中のロップイヤーという品種に似ていると思った方もいるらしく、プレイヤー同士で議論がなされた後に色合いもかねてキャロットと呼ぼうということになったらしい。


キャロットがにんじんだと教えられたときは、少しリボンを燃やしてしまおうかなと思ったのは私だけの秘密。本当に燃やしはしません、弟たちに貰った大切な物なのですから。


物語はクレリアたちが入学する4月から学園主催のダンスパーティがある3月まで。それまでのプレイヤーの行動でキャロルの運命(死に方)は決まってしまうらしい。



ここまでがリナジオンの箱庭についての話。ここからは『私』たちの世界のことを交えて整理しよう。


現在の時期は7月初め。物語では7月あたりから、元平民のクレリアがだんだん周りから認められてくることを考えると、リナジオンの箱庭がこの世界の未来を示しているのか確かめることができるだろう。


(でも私は確かめてどうしたいのでしょうか……)


私は自分の気持ちがわからない。いきなりあなたは近い未来死ぬのだと教えられて混乱しているのもあるかもしれないが、自分がどうしたいのか本当にわからないのだ。


(アーサー様と婚約破棄してまで生きたいの?それとも死んでも、人の幸せの踏み台になってでも婚約者の地位を守りたいの?)


「……わからない」


婚約者になって一目ぼれしたあの日から自分なりに精一杯好意を伝えてきたつもりだ。何回も会いにいったし、手紙のやり取りもした。お慕いしておりますと口にしたこともある。


しかしそれは実を結ばなかった。


年を重ねるごとに態度は硬化していき、会うことさえ拒否されるようになった。体裁があるのか返してくれる手紙も短く素っ気ないものになり、私にはいつも無表情で言葉も少ない。


私は悟った。私のしていたことは全て彼にとって迷惑なことであると。


好きな人に嫌われて平気な人なんていない、しかし好きな人と離れて平気な人もいない。少なくとも私はそんな強い人間じゃない。臆病な私は最低限の交流を断つことなんてできなかった。


私が嫌いになったと思われるのは嫌だったから。


(なら私は婚約者であるべきなの?)


わからない。頭が混乱しそうだ。だからといって問題を先送りにしてもいいことなんて一つもない。


決めなければ決めなければ。その焦りは判断を鈍らせていく。どうしようと悩んでいると扉をノックする音が聞こえた。


「お嬢様、朝食の時間です」

「あっ……今行きます」


考え込んでいる間に時間が来てしまったようだ。焦りはさらに大きくなっていく。けれど侯爵家の娘として惨めな姿は見せるわけにはいかないと、冷めた紅茶の最後の一口を飲み心を落ち着ける。


にっこりと慣れた作り笑いをすれば、いつもの童顔低身長の可愛らしいキャロル侯爵令嬢の完成だ。


ドアを開けて食堂へと向かう。歩く様子は一見何もないように見えるけれど、専属侍女のケイトにはその姿が明らかに無理をしているということがわかった。


それでも侍女という身分である彼女は何も言えない。だからこそ、彼女は神に祈るのだ。


愛しい主をどうか災厄から守ってください、と。


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