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自分が猫耳勇者になった理由(わけ)  作者: 跡石左京
ナノワ皇国の章 関八州行脚編
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第50話 屋敷猫

 ユバの街の東地区に在る、閑静な住宅街。カイル一家が住む西側の住宅街とはおもむきが異なり、一戸の敷地面積が広い上に、大きく立派な屋敷を構えた高所得者向けの住宅街となっていた。

 アリシアに案内されてやって来たのは、そんな高級住宅街の一角だった。


「此処・・・なのか?」


 唖然として、溜め息と共にそんな言葉がついて出る。

 目の前には、ギルドに匹敵する広さの敷地に建つ大きな屋敷。それも、周りにある他の武家屋敷的な佇まいとは一線を隔す、モダンな洋館だった。


(いやまあ、普通に考えたら、こっちの方が自然か)


 異世界物で屋敷と言ったら、大抵はこんな感じだろうからな。寧ろ、イメージ通りというところか。但し、周りから見れば些か浮いている感は否めないが。それに───。


(これはちょっと、どうなんだ······?)


 右手の庭先を越えた向こうに見える景色。離れ、だろうか。純然たる日本家屋風の建物と、その前に広がるのは枯山水(この世界にそんな言葉があるかは不明だが)と思われる見事な庭園。各々おのおの個別に見れば素晴らしい造形なのだが、全体的なミスマッチ感がそれらを台無しにしていた。

 枯山水を臨む手前に椰子の木(のようなもの)が植えられていたり、燈籠ではなく西欧風のガス灯っぽいランプがしつらえられていたりと、持ち主の残念なセンスが随所に見受けられるのだ。


「さあ、お入りになって下さい」

「あ、ああ」


 門扉をくぐった所で呆然として立ち止まっていると、アリシアが澄まし顔で先を促してくる。門番のようなものはおらず、セキュリティ的にはどうなんだと思わないこともなかったが、屋敷を含む敷地全体に、何やら妙な力場で覆われているような気配を感じていた。空き家だったら門番などいなくても当然だろうけど、どうもそんな雰囲気じゃない。明らかに誰かが住んでいて、きちんと手入れがされているのが分かる。

 疑問に思いつつも、玄関へと続く石畳を歩いて行くと、荘厳な造りの重厚な扉の前に着く。


(この気配は······?)


 屋敷の中から感じる気配は、シルフィード程ではないが似たような感覚だった。そう考えると、全体を覆っている力場からも同じ気配を感じる。


(これはまさか······、精霊か?)


 隣で何食わぬ顔をしているアリシアに目を向ける。此方の疑わしげな視線をさらっとスルーして、アリシアは扉に備え付けられたドアノッカー(有りがちな獅子の頭を象ったやつだ)を躊躇うことなく叩いていた。

 ギィーーッと重々しい音を立てて、扉が内側から観音開きに開いていく。そして、そこに居たのは───。


「お帰りなさいませニャ・・、アリシア様」


 猫だった。それも、執事服に蝶ネクタイを着けた、身長1m程の直立する猫だ。それが恭しくお辞儀をしながら、エントランスで此方を出迎えている。


(こいつは······ケット・シーか?)


 その姿は、ゲームでも出て来た猫の妖精ケット・シーに酷似していた。針金のような身体に不釣り合いな程巨大な頭部、特徴的な猫目も不自然に大きく、一見すると不気味とも思える容姿なのだが、ギリギリの線でユーモラスの範疇にとどまっているようだ。現実に見るとこうなるのか······。


(やっぱり、ニャとか付けるんだな)


 と、どうでも良いことに感心していたりもしたが。ゲームでそういうことをする奴は、大抵痛い奴だと相場が決まっていたからな。───にしても、アリシアだと?


「企んだな?此処はあんたの屋敷なんだろう?」


 軽く非難の目を向けると、アリシアは何処吹く風と平然としていた。


「あら、言ってませんでした?まあ、いいじゃありませんか。白夜さんの出した条件にはぴったりの物件なんですから。これから行動を共にする訳ですし、自分の家だと思ってもらって構わないですよ」

「あのなあ······」


 しゃあしゃあとそう言うアリシアに呆れつつ、やっぱり着いてくる気満々なんだなと、諦めにも似た溜め息を漏らす。


(はぁ······まあいいか)


 アリシアはもう、どうあっても着いてくるだろう。ならば、確かにこれは都合が良いかも知れん。乗せられるのは癪だが、セキュリティ的にも問題は無さそうだしな。敷地全体に掛かっている気配は、多分結界のようなものだろう。恐らくは、この猫妖精ケット・シーの仕業か。見掛けに依らず有能なのかも知れない。


「分かった······、世話になろう」


 色々ともう今更な状況だ。此処で押し問答をしても始まらない。成り行き任せも已む無しと渋々頷くと、アリシアは顔を輝かせて満面の笑みを浮かべた。


「それでは、改めて紹介しますね。この屋敷を取り仕切っている、屋敷猫ケット・シーのティトです」


 そう言ってアリシアは、猫妖精の方に手を差し向けた。

 屋敷猫?この世界ではケット・シーはそういう立ち位置なのか。座敷わらしみたいなものだろうか?或いは、屋敷妖精ブラウニーの猫版といったところか。


「白夜だ。まあ、猫同士よろしく頼む」


 屋敷猫の前に出て、握手を求めるように屈みながら手を差し出すと。


「ティト!」


 バシッ、とその手を払い除けられた。アリシアの叱責の声が飛ぶ。


「あちしは由緒正しい屋敷猫ケット・シーニャ。半端者のミセリアなんかと一緒にするんじゃないニャ」


 その言葉に思わず目を丸くして固まっていると、次の瞬間、ゴウという風が吹き───。


「フギャッ!?」


 風の刃がティトの頬を掠めて、猫の髭が一本切り落とされた。

 振り返ると、そこにはシルフィードが顕現してその手を翳していた。


「マスターを侮辱することは許さない···一遍死んでみる···?」


 表情を変えずに尚も風の刃を放とうとするシルフィードを、慌てて制止する。


「よせっ、シルフィード。もういい」

「······マスターがそう言うなら···」


 自分としては、不思議と怒りといったものは感じていなかった。寧ろ、この世界に来てからは割と新鮮な反応だったので、興味の方が先に立っていたのだ。

 やや不満げながらも大人しく引き下がったシルフィードに安堵の息を漏らし、ふとティトの方を見ると、大きな目を更に見開いて驚愕の表情をしていた。


「シ、シルフィード様······?ま、まさか、マスターってことは、契約者様なのかニャ!?」


 ティトの此方を見る目が、目に見えて変わる。それに、シルフィード?契約者?どういうことだ?

 問い質すようにアリシアへと視線を向けると、アリシアは若干の苦笑いを浮かべて答えた。


「妖精にとって上位精霊は崇めるべき存在なんです。人間が神を崇めるのと同じようなものですね。そして、その契約者も同列のものと見なされますから」


 成る程、そういうことか。まあ、これで受け入れてもらえるなら問題はないか、とそう思っていたら。


「ニャニャァ~~ッ!御無礼の段、平に、平にお許し下さいニャァァァッ!」


 ティトが血相を変えて此方の足下に駆け寄り、土下座して平謝りしてきた。いやいや、態度変わり過ぎだろ。手の平返しにも程がある。あまつさえ、「ご主人様と呼ばせて下さいニャあ」と足下に摺り寄って来る始末。

 余りに必死な様子にあんぐりとして呆れつつ、ついと後ろに居たミヤビの方を顧みる。


(なんか似てるな、こいつら)


 この見事な手の平返し。日和見で玉虫色なところとか、お調子者っぽいところも。

 因みに、此処まで着いて来ていたのはミヤビだけだった。ミリーは、我慢し切れなくなったカイルが迎えに来て、無理矢理引き摺られて行った。夕べ預けたのが余程断腸の思いだったらしい。セツナはセツナで、生来の生真面目さの所為か、サジが戻って来てない状況で朝稽古をサボってしまったことを気にして、泣く泣く道場へと帰ったのだ。相当、後ろ髪を引かれた様子だったが。てか、そんな調子でこの先着いて来れるのかね?


「ちょっ、どうしてそこでこっちを見るんですかぁっ!?」


 此方の生温い視線の意味に気付いたミヤビが、心外と言わんばかりに抗議の声を上げる。


「こんなちんちくりんの猫風情と一緒にしないで下さいよぉ」

「ニャ!?失礼なやつニャ!お前こそ、貧相・・な人間の分際で生意気ニャッ」


 ティトはその大きな目を細めて、嘲笑うようにミヤビの胸を指差した。

 ピクリとミヤビの蟀谷こめかみに青筋が浮かぶ。


「貧相······?」

「一人前の口は人並み・・・になってからほざくニャ。ご主人様の爪の垢を煎じて飲むといいのニャ」

「よし、いい度胸だ。───表出やがれ、このド畜生がぁぁぁっ!」


 激昂してブチ切れたミヤビが、ティトに飛び掛かっていく。


「ムッキ───ッッ!」

「フギャァァァッ!何なんニャ、お前は───っ!」


 目の前で取っ組み合いを始めた二人(?)に、頭痛を覚えて眉間に手をやる。こいつら、何で最初っからこんなに仲が悪いんだ?同族嫌悪、ってやつかね?まあ、ミヤビも頭に血が上っているようでも、刃物を抜かない程度には弁えているようだし、こっちも下手に内に溜め込んで陰湿になるよりはと止めなかった訳だが。掴み合い、引っ掻き、猫パンチの応酬といった子供の喧嘩レベルなので問題はなさそうだが、流石にこのままでは話が進まない。


「んんっ、白夜さん」


 アリシアも、見かねて咳払いをしてくる。


「ああ、分かってる。───お前等いい加減にしろっ」


 ステイ!と一声掛けると、二人はピタリと動きを止め、此方に向けて直立不動の姿勢を取った。やっぱり気が合うな、こいつら。


「ミヤビ、お前は表を見廻って周辺状況の確認をして来い。ティトは、この屋敷の見取り図が有ったら持って来てくれ」

了解ラジャー、ボス!」

「畏まりましたニャ!」


 それぞれにそう指示を出すと、ミヤビはピシッと敬礼し、ティトは恭しく一礼をして、双方躊躇うことなく即座に行動に移って行った。案外、良いコンビなんじゃないかと思いつつ、ドッと疲れを感じて隣を見ると。


「どうかしたのか?」


 アリシアが、何やら微笑ましいものでも見るような目で此方を見ていた。


「いえ、余り乗り気じゃないように見えましたのに、随分と積極的なんだなと思って」

「ここで意地になって固辞するほど意固地じゃないんでな」


 妙に韻を踏んだ言い回しになったことに、思わず苦笑いするが。


「それに、住むからにはセキュリティ的な部分、しっかりと把握しておきたいからな」

「クスッ、几帳面なんですね」

「良く言われる。水瓶座のA型だからな」

「何ですか、それ?」


 アリシアは不思議そうに小首を傾げている。

 この世界じゃ通用しないネタだったか。ゲームでも現実でも、割と良く使うフレーズだったんだが。星座は兎も角、血液型は在ってもおかしくないような気がするんだけどな。それとも、在っても認識されてないだけなのか。輸血とかの医療技術が進んでいなければ意味のないことだろうし。今度【鑑定】で判らないか試してみるとしよう。


「それにしても······、本当に良かったのか?」

「何がです?」


 此方の改まった様子に、アリシアはきょとんと目をしばたかせた。


「どうしてここまでするのかと思ってな。まだ会ってそれ程経っていないっていうのに」


 アリシアは目を伏せて小さくかぶりを振り、それから真っ直ぐと此方を見据えて。


「時間は関係ありませんよ。良く言うじゃないですか。男が男に惚れるって。それと同じことです。女だって女に惚れるんですよ?」


 唇に指を当てて、破壊力抜群の笑みで流し目を送って来るアリシア。


「──っ、良く臆面もなくそういうこと言えるな」

「ライバルが多そうですからね、意思表示ははっきりしておかないと」

「······どういう意味だ?」


 セツナのことか?それともクレハか。どうもニュアンスが違うような気もするが······。


「何れ分かりますよ。こういうことは、この先何度もあるでしょうから。予言してもいいです」

「おいおい、予言者ってのはアリシアのことじゃないだろうな?」


 冗談のつもりで返したその言葉に、アリシアは何も答えない。只含みのある笑みを浮かべただけだった。

 はぁ······、これ以上やっかい事が増えるのは勘弁して欲しいんだがな。内心でそう思いながら、エントランス内の様子に視線を移す。

 何と言うか、やはりこれは·····。


「此処の調度品はアリシアの趣味か?」

「!───そうなんですっ。どうでしょうか、此処のは特に自信があるんですけどっ」


 勢い込んで目を輝かせるアリシアに若干引き気味になりつつ。


「あ、ああ、中々個性的だな······」


 と、曖昧な表現でお茶を濁す。

 これが自信作?と首を捻らずにはいられない。

 武器の代わりに蛇の目傘を持った西洋甲冑、シャンデリアの燭台が全て提灯だったり、カーテンが白黒の鯨幕だったりと、表以上に残念なセンスが遺憾なく発揮されていた。エントランスの中央に設置された鳥居などは、最早意味不明、理解不能だ。入った時から気付いてはいたが、敢えて目を背けていた光景に頭がクラクラする。


「このミスマッチ感が堪らないんですよね」


 ミスマッチだという自覚はあるんだな。それを良いと思う感性には共感出来ないが。嬉々としたアリシアの表情からは、冗談や洒落という様子は見られない。至って本気のようだ。

 一見非の打ち所が無いように見えるアリシアの、意外な欠点(?)を垣間見た気がした。


(これは、少しずつでも修正していかないと······)


 こっちは別の意味で堪ったものではない。

 これから住む身としては、精神衛生上の為にも改善していかなければと、そう心に決めるのだった。

ゲームでは嘗てケットシー鯖に居たので、ケット・シーには思い入れが有ります。ラグナ鯖と統合して無くなってしまったのは残念な思い出ですが。

因みに、その性質上屋敷猫は上位精霊を従える精霊術師にしか仕えませんから、屋敷妖精ブラウニーも別に存在しています。何れ出て来るかも知れません。

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