第48話 魔道具の店
「女将、ちょっといいか?」
朝食を食べ終えて一息ついたところで、食器を片付けにやって来た女将に声を掛けた。食器をお盆に乗せて戻り掛けた女将は一瞬おやという顔をするが、直ぐに笑みを見せて此方に向き直る。
「はい、何でしょうか?」
「確か、女将は魔術師だったな。魔術学校に通っていたこともあったと聞いたが」
「ええまあ、昔の話ですけど」
若干恥ずかしげにそう答える女将。
「昔取った杵柄とは言いますが、もうすっかり腕の方は錆び付いてしまってますけどね」
「実は、その知識を見込んで少し訊きたいことがある」
そう言うと、女将は目を丸くして、やや戸惑いの表情を見せた。
「はあ、そこまで知識豊富という訳ではありませんが、私に答えられることでしたら」
戸惑いながらも快く応じてくれた女将に頷き返し、話を切り出した。
訊きたかったこととは、転移魔法についてのことだった。この世界に来てから、【テレポート】や【瞬動】等の短距離転移のスキルは普通に使えるのだが、街から街へというような長距離転移の魔法が一切使えなくなっていたのだ。ゲームの仕様では、街や特定の場所に設置された「転移石」と呼ばれる石碑に登録をすることで、以後は何処からでもそれを目印に飛ぶことが出来るようになるというものだった。登録出来る数には上限があったので取捨選択は必要だったが、これが有るか無いかでゲーム進行の効率に大きな差が出る。特に、各地を巡る日課のクエストを熟す上で、なくてはならない必須魔法と言えた。魔法を覚える中盤以降では、当たり前のように使っていた魔法なのだ。
ところが、この世界にはどうやら転移石が存在しないらしい。それとなく何人かに訊いてみたのだが、誰一人として知らなかった。そして、今回女将に訊いてみたところ、やはり根本的に仕様が違っていた。
「転移魔法陣?」
「ええ、特殊な処理が施された魔道具です。時空魔法を使えることが前提ですが、二つ一組としてそれぞれを設置した場所どうしの行き来が出来るようになる、というものです。但、その使用には、触媒として闇属性の魔石が必要となりますが」
ふむ、中々面倒な仕様だな。それだと、安全が確保出来る場所でなければ設置がし辛いし、緊急脱出とかにも使えそうにない。場所ごとに複数必要になるのも利便性が悪いな。どうにも、使い方の限定される仕様だ。それに、魔法に触媒を使うなどという話も初めて聞いた。魔道具だからか?術者の魔力で代用出来ないものなのだろうか。
もっと詳しい話を訊きたいところだったのだが、ぽつりぽつりと宿泊客が食堂に現れ始めた為、これ以上女将を拘束する訳にもいかなかった。
「っと、済まなかったな、忙しいところ引き止めて」
「いえ、お役に立てたならいいんですが」
「ああ、助かったよ。ありがとう」
そう礼を言うと、女将は笑みを返して他の客の対応へと向かって行った。その後姿を見送りつつ、軽く木椅子に座り直して、この後の予定を考える。少しばかり予定を変える必要がありそうだった。
(魔道具か······この街にあるような店に置いてあるものなんだろうか?)
考えてみたら、早朝のこの時間にギルドに行ったところで、依頼争奪のラッシュで大童のはずだ。アリシアも事情聴取どころではないだろう。自分でも思いの外、早起きが習慣になってしまっているようだ。娯楽の殆ど無いこの世界では、どうも時間を持て余してしまうな。
(その転移魔方陣とやらを探しに行ってみるか)
それこそ、こんな早朝に店がやっているのかと思うかも知れないが、魔道具を扱うような店にはポーションやエーテル等の消耗品や、乾パンや干し肉といった保存食等、冒険に必要となるアイテムも置いてある為、早朝からやって来る冒険者達が多いのだそうだ。つまりは、早朝こそが書き入れ時という訳で、そういう店は早くからやっているものらしい。
ということで、早速その手の店が在りそうな商店街の通りへと足を運ぶことにした。厩舎に寄って、夕べ機嫌を直すのに苦労したフェリオスの様子を伺いつつ、宿を出る。今日は依頼を受けるつもりはないので、フェリオスはお留守番だ。また肉を振る舞う約束をしているから、近いうちに森にでも行かなければならないが。いっそ大っぴらに出来れば楽なんだろうけど、そうもいかないからな。街中で変身しようものなら、大騒ぎになるのは目に見えている。面倒だが今は仕方がない。
大通りに出たところで、目当ての店は直ぐに見つかった。何故かと言うと、その店の前には冒険者らしき者達の人集りが出来ていたからだ。
「あー、そりゃそうか······」
依頼を受けた冒険者達が、次に準備の為のアイテム補充に走るのは、考えてみれば当然の話だった。収納に食料のストックが出来、回復アイテム等の補充の必要性も特に感じなかった自分には、今まで余り縁の無い店だったのだが、今回のことで少しばかり認識を改めようと思っている。
この世界のことを甘く見ていたつもりはなかったんだが───いや、何処かで甘く見ていたんだろうな。現状で自分が追い込まれるような事態にはそうそうならないだろうと。その油断が今回の窮地に繋がったのだ。もし回復アイテムの一つも持っていたら、状況が変わっていたかも知れない。
ゲームから持ち越したアイテムの中に何故回復系の物が無かったかと言うと、通常のポーションやエーテルでは効果が微妙過ぎて、高レベルになる程使う意味が無くなる為、持っていても無駄になるからだった。効果の高いエクストラポーションやハイパーエーテル、エリクサー等もあるのだが、そういった物は馬鹿高くて普段使いには到底向かない。エンドコンテンツ等で必要な場合は、活動資金から出されて支給されるので、普段は持ち歩かないのだ。そこまでいかなくとも、ハイポーションくらいは取っておくべきだったと、今は後悔している。素材自体はそこそこストックが有るので、折を見て作っておくことにしよう。
それはさておき、折角ギルドの混雑を避けたのにこれでは仕方がないな。あの人熱れに入っていく気は更々ないし、今回は諦めるか。そう思って、他の店をぶらぶらと廻ることにした。
早朝からでも屋台の類いはそれなりにやっているので、適当に目に付いた美味しそうなものを買い込んでいく。フェリオスのご機嫌取りの為にと、串焼き肉を多目に買い込む。もう収納はアイテムパックで誤魔化せると思って隠さないことにしたので、焼いてある串焼き全てを買い占めて屋台の親父には驚かれていたが。
そうこうしているうちに、人通りの全く無い一角に辿り着いた時、その店を発見した。
「こんな店在ったか······?」
この通り自体は日常品や食料の買い出しに訪れるので何度となく来ているが、今目の前に在る店には見覚えがなかった。尤も、通りの全てを把握している訳ではないし、立ち寄った店以外は覚えていなくても当然かも知れないが。
その店構えは、どう控えめに見ても胡散臭く、怪しさ満点だった。全体的にはこじんまりとした小さな商店風だが、扉を囲む柱や梁には怪しげなお守り(みたいなもの?)やお札といったものがところ狭しと貼られており、一見すると何の店かは判らない。だが、看板には「萬魔道具」とあり、どうやら魔道具屋のようだ。
(ふーん)
この感覚には覚えがあったので、逆に興味をそそられた。念の為中の気配を窺うと、入って程無い場所に一人と奥に一人の二人だけで、何れも表示は中立のグリーンだった。罠という訳ではなさそうだ。
(面白い。誘いに乗ってみようか)
曲がりなりにも魔道具屋を謳ってるんだ。目当ての物が見つかれば幸いと、躊躇うことなく扉を開き中へと入る。
カラン、と懐かしい喫茶店のような軽快な鈴の音が響く。
「いらっしゃい」
待ち構えていたかのように声が掛けられる。声の主は、カウンターの向こうに座る一人の男。意外にも、二十代後半か、精々三十代前半と思しき若い男性だった。店の雰囲気からして魔女のような老婆か、さもなくば偏屈な爺さん辺りを想像していたのだが。七三に分けた赤髪と黒ぶち眼鏡に白衣という、どこぞの誰かを思い起こさせる学者風の容貌ながら、清潔感という点でピネドーアとは明らかに違っていた。嫌悪感を抱かせない自然な笑顔も。例え腹に一物抱えていたとしても、それを感じさせない演技力は評価出来る。
「何かお探しですか?」
男の問い掛けには答えず、店内をぐるりと見回す。
ギルド御用達の店も一度だけ覗いて見たことがあるのだが、彼方の方はどちらかというと雑貨屋という感じだった。基本的に高額な商品が多い魔道具の類いは余り店頭には置かず、必要に応じて奥から持ってくるといったスタイルのようで、通常店頭に並ぶのは冒険者の為の消耗品や日用品ばかりだったのだ。
しかし見回したところ、この店には普通に様々な魔道具が、それこそ雑多に置かれていた。一見して用途の判る灯りの魔道具のような日用的な物もあれば、ぱっと見では何に使うかも判らない不可解な物まであり、況してやその価値など想像もつかない物が一緒くたに雑然と並んでいる。他の店から見たら、きっと不用心なんだろうな。自分的には、骨董品や古道具の店みたいで、此方の方が好きだけど。
暫く魔道具の陳列棚を眺めていると、一つの品が目に付いた。
「おっ、魔導コンロ」
異世界物では定番の、カセットコンロの魔道具版だ。魔石を動力源にするタイプの物で、野営の必需品と言えるだろう。これは買わねば。
他にも幾つか良さげな品に当たりを付ける。別段説明書きがされている訳ではないので、一応【鑑定】してみてはいるが、こういうのはインスピレーションが大事だよな。こういった取り留めの無い物色をするのが、この手の店の醍醐味だ。秋葉原を特に目的もなく練り歩いてたのを思い出すわ。結果、余計な散財をするという苦い記憶もあるけど。
さて、そろそろ本題に入るとするか。
「店主、でいいのかな?」
気を利かせて黙って見守っていたらしい男に話を切り出す。無視した形になったことを気にする様子もなく、男は笑顔で答えた。
「ええ、この店の主のエトです。お探しの物は見つかりましたか?」
「まあ、幾つかは。だが肝心なものが見当たらなくてな」
「何をお探しでしょう?」
今一度、ぐるりと店内を見回して確かにないことを確認してから答える。
「転移魔方陣、と言うらしいのだが」
「おや、これは珍しい」
店主は意外そうな顔で此方を見た。
珍しい?転移魔方陣を求めることがか?それとも、時空魔法の使い手が珍しいということなのだろうか?此方の怪訝な顔に気付いたのだろう。その答えは直ぐに返って来た。
「時空魔法の使い手は希少ですからね。転移魔方陣が売れることなど、年に一度有るか無いかなのですよ」
「ほう」
やはり、そういうことか。ゲームでは、転移魔法など誰でも使える当たり前のものだったが、どうやらこの世界では違うらしい。まあ前提として、自由にクラスチェンジが出来るゲームシステムがあればこそのことだからな。気軽に転職出来ないこの世界では、当然と言えば当然か。
「それじゃあ、今は売ってないのか?」
「いえ、店頭には出してませんが、倉庫の方に在庫が有ったと思いますので、少々お待ち下さい」
そう言って、若い店主は奥に引っ込んで行った。去り際に、何やら此方を見定めるかのような意味ありげな視線を向けられたと感じたのは気の所為か。またそれとは別に、一人になったにも拘わらず此方を窺う視線を感じる。恐らく、奥に居るもう一人の視線だろう。監視、若しくは観察といったところか。やはり、気の所為ではなさそうだ。
(余り気分の良いものじゃないな)
敵意も悪意も感じてはいないが、品定めされているようなのは面白くない。少し脅しておくか。
「!」
奥の方の気配が、目に見えて乱れるのを感じる。【威圧】の効果は覿面だった。きっと奥の方では腰を抜かしていることだろう。
ちょっとした反撃で溜飲を下げ、その後は大人しく待つこと数分。店主が、大きな筒状の何かを抱えて戻って来た。
「お待たせしました」
幕間の顛末を承知しているからか、店主の顔には若干苦笑いと言うか、複雑な表情が浮かんでいた。そんな様子に気付かない振りをして、さらっと受け流す。
「それが転移魔方陣か?」
「ええ」
店主は気を取り直して、カウンターの上に持っていた筒状の物を広げる。
「大きいな」
カウンターの幅からかなりはみ出したそれは、凡そ2m四方の正方形のシート状の物で、表面には複雑な模様の魔方陣が描かれていた。それが二枚一組で広げられている。
「一組だけか?」
「先程も言いましたが、そうそう出る物ではありませんからね。一応在庫として、念の為一組確保しておいただけなので」
出来ればもっと余分に欲しかったのだが、まあ仕方がない。一組手に入っただけでも御の字か。これで取り敢えずは、計画を実行に移せるしな。
【鑑定】で間違いなく本物であることを確認し、即決で買うことを決める。値段は一組で金貨8枚とのことだが、これが高いのか安いのかはさっぱり判らない。魔道具の相場なんて知らないしな。普通に考えたら800万は高いような気もするが、元々金に糸目は付けないつもりだったから、構わず言い値で買うことにした。恐らくだが、この男が自分の想像する相手だとしたら、こんなことで騙すようなことはしないだろう。騙されたとしても、それは自分の人を見る目がなかったというだけのことだ。
ついでに詳しい使い方を訊き、触媒として必要だという闇の魔石も買い求める。驚いたのは、闇の魔石の流通量が極端に少なく、他の魔石に比べて相場が十倍以上も違うということだった。どうやら転移魔法の使い手の少なさは、その辺にも原因がありそうだ。
後は魔導コンロと、他に目星を付けていた幾つかも一緒に購入する。掘り出し物だったのは、その名もズバリ魔法瓶というやつで、こいつは火、水、氷の魔石を複合して使い、お湯、水、冷水を自在に出せるという優れものだ。魔石のストックさえあれば、野営でも普段の生活でも便利なことこの上ない。
良い買い物をしたとホクホク顔で店を出る際。
「覗き見は良い趣味とは言えない。程々にな」
そう言い捨てると、店主は目を見開いた後、肩を竦めながらも深々とお辞儀をしていた。
「······またのお越しを」
果たして、またの機会があるかな?そう思いながら店を後にする。
想像が間違っていなければ、十中八九クレハの関係者だろう。表の柱に貼ってあったのは、恐らく認識阻害のお札か何かで、自分には効かないことを承知の上で誘い込んだということ。いくら場末の寂れた店とは言え、客が一人も寄り付かないのは不自然だ。自分に認識阻害が効かない事を知っているのは、セツナとミヤビだけだからな。存外ミヤビが仕事熱心だったということか。口止めしたのはフェリオスのことだけだったし、まあ仕方ないか。
試したのか、それとも確かめに来たのかは分からないが、欲していた物を持って来てもらったと思えば腹も立たない。労せずして必要なものが手に入ったのだから、文句を言う筋合いはないな。
(さて、時間も潰せたし、そろそろギルドに向かうとしようか)
時間は既に、巳三つ刻の午前10時になろうとしていた。
朝四つの鐘の音を聞きながら、足取りも軽くギルドへの道を歩き始めた。
「ふぅ───っ······」
魔道具屋の店主は、椅子に深く身体を沈めて大きく溜め息を吐き出していた。
「参ったね······全てお見通しだったみたいだ」
「若、お戯れが過ぎますぞ」
諌めるように声を掛けてきたのは、奥から出て来た年配の男性だ。執事服を着た、如何にも貴族屋敷の家令といった風情の老人だった。
「おや爺、抜けた腰は治ったのかい」
「ぐっ、若もお人が悪い······」
「あっはは、ごめんごめん。まあ、クレハがあそこまで入れ込む相手を見てみたかっただけなんだけどね」
店主は真剣な表情に戻し、カウンターの上で両手を組んで顎に当て、思案する素振りを見せる。老人も改めて姿勢を正し、恭しく問い掛けた。
「して、若の見立ては?」
「うん······、何とも掴み難い御仁だね。懐が深く、今回のことも全て見透かした上で此方の誘いに乗って来た。多分、此方の正体も凡その見当は付いているだろうね」
老人は頷きつつ、今更ながらに【威圧】だけで済んだことに胸を撫で下ろしていた。
「勇者というのは諸刃の剣なんだよ。必ずしも、人類の味方になるとは限らない。僕は、曾て勇者だった者に滅ぼされた国があることを知っているよ。人類の対応次第で、勇者が魔王に取って代わるということも十分有り得ることなんだ。そういう意味でも、為人を確かめておきたかったんだ。今のところは心配なさそうだけど、この先どう転ぶかは分からない」
「懸念がお有りで?」
「皇都がキナ臭いからね。変に巻き込まれたりしなければ良いんだけど······」
迂闊なことは口に出来ないと思ったのだろう。老人は唯黙って頷いていた。
若い店主も、頭を振って嫌な考えを振り払う。
「此処で僕等が思い悩んでいても詮ないことだね。取り敢えずはクレハに任せておこうか。妹なら悪いようにはしないだろう」
そう言って立ち上がると、奥の部屋へと向かう。
「僕は屋敷に戻るよ。後始末は任せた」
「は、畏まりました」
奥の部屋に設置された転移魔方陣の上に乗り、店の主エト・クラナギは転移魔法を唱えた。魔法が発動しその姿が消えるまで、執事服の老人はお辞儀をしたままの格好で、何時までも見送っていた。
余談だが、後日白夜が再び訪れた時、店は跡形も無くなっていたと言う。
闇の魔石の相場が高いのは、アンデッドの中でもゴーストやレイスといった霊体系の魔物しか落とさず、しかも霊体系には物理攻撃が効かず、光属性魔法かその効果の付加された武器でしかダメージが与えられない為、敬遠されがちだからです。主人公は魔石確保の為に、積極的に狩りに行くかも知れませんがw




