閑話3 黒旋風の独り言
一応、閑話の3つは繋がっていて、これで終了になります。
おいおい、こいつは何の冗談だ、悪い夢でも見てるんじゃないか。
あれを目の当たりにした時ぁ、マジでそう思ったね。
勇者も蛇神も人間の範疇を越えてやがる。対抗しようとする気さえ起こりゃしねぇ。寧ろ、見惚れちまってたわ。人間、突き抜け過ぎたもんを見ると、溜め息しか出ねぇもんだな。
ところがよ、あれでもまだどっちも本気じゃあなかった。最後のありゃ何だよ、全く。この俺でも残像すら捉えられねぇって、ありえねぇ。常軌を逸した目に見えない闘いに、これが神の領域かと打ち震えたね。此方も強敵を前にして、じっくりと見られなかったのは残念だったがよ。
決着が着いた瞬間は、正直相討ちかと思ったぜ。けど、どうやらその前に勝負は着いていたみてぇだな。恐らくだが、神の力に依り代の肉体の方が耐えられなかったってとこだろう。蛇神は終始遊んでた風にも見えたが、実際はそこまで余裕があった訳じゃなかったのかも知れねぇな。あそこまで追い詰めた勇者の力は、紛れもなく本物だったってことだ。
勇者と初めて会ったのは、俺らが商隊の護衛をしてカガチ城塞に向かってる時だった。
あの時の衝撃は忘れられねぇ。見た瞬間、雷に撃たれたみたいになっちまった。SSSの連中を見た時の比じゃねぇ衝撃だったわ。ぶっちゃけ、本当に人間かを疑ったね。
俺の【気配探知】は少しばかり特殊でな、普段気を抑えているような奴でも、その内包する気の大きさが大体判るんだが、あん時感じた気はとてもじゃねぇが人間のものとは思えなかった。けどよ、それでいて穏やかでどこまでも澄んだでっかい湖のような、静謐って言うか神聖って言うか、そんな感じがしたんだよな。ああ、こいつが勇者なんだと、一目で解ったわ。恥ずかしい話、俺も魅入られたのかも知れねぇ。
今だから言うけどよ、俺もガキの頃はお伽噺とか聞いて勇者になりてぇと思っていた。まあ、ガキの頃なんてどいつもこいつも勇者だの英雄だのに憧れて夢見るもんだからな。俺もご多分に漏れずにそうだったってだけだ。
けど、そいつは無理だと直ぐに分かった。勇者って言や、あらゆるスキルと魔法を使い熟すと言われてる訳だが、俺には魔法の才能が全く無かったからだ。劣るんじゃなくて皆無だったからな。どう頑張ったって勇者にゃなれっこねぇ。それに気付いた時ぁそりゃ落ち込みはしたがよ、そんなのは誰もが通る道だ。所詮はお伽噺だとみんな解ってる、ガキの頃の流行り病みたいなもんだしな。
それでも諦め切れねぇ俺は、次に考えたのが勇者の仲間になることだった。
勇者を助けて一緒に旅をした仲間達も、皆それなりに名を残している。その後、国を興した者や高名な一派を立ち上げた者も少なからず居るって話だ。端から見りゃあ、そいつらも立派な英雄だろう。俺もそいつらみたいに、勇者を助けて一緒に旅をして名を上げたかった。一角の人物になりたかったんだ。
その為に、只管戦士として鍛え上げて傭兵団に入った。幸い、ガタイも力も人並み以上にはあったからな。そこそこ名を上げて頭角を表すことは出来た。だが、現実ってやつは想像以上に残酷で厳しかったわ。
傭兵都市ゼクスにゃあ、俺程度のレベルの奴ぁゴロゴロ居た。挙げ句はSSSの連中だ。奴等を見て、現実と己の身の程を思い知ったね。上には上が居る、と。それからは夢を見ることもなくなった。
一般的に見ればまだまだ働き盛りと言えるんだろうがよ、こと戦闘職としてはそろそろ限界が見え始める年齢だ。今はもう、仲間達の生活の安定の為にも、堅実にやっていくことしか考えていなかった。傭兵が堅実ってのも可笑しな話だがな。そこはまあそれとしてだ。
こいつは酷い誘惑だぜ。
夢だと思ってたもんが、現実に目の前に現れやがったんだからな。
冒険者ギルドの副ギルド長が依頼に飛び込んで来た時、俺らも丁度ギルドに報告に来てその場に居た。話を聞いて、こいつは奇縁だと感じたね。アリシアははっきりと言っていた訳じゃなかったが、人相と姿形を聞いて、勇者のことだと直ぐ判った。本来なら護衛の依頼が終わった直後だ、暫く休暇を取るところなんだが、この機会を逃す手はねぇと二つ返事で引き受けた。まあ、俺らの他は出払ってて殆ど居なかったしな。団員達もカイルとは旧知の連中ばかりだから、事情を聞けば反対する奴ぁ居なかった。
結果的にはカイルを助けられたし、勇者の力も見れてミリーも無事だった。何もかも上手くいって万々歳だった訳なんだが······。
やっぱりこいつぁ酷い誘惑だぜ。諦めてた夢が目の前に転がり込んで来たんだからな。
お伽噺じゃ、勇者の仲間は皆一騎当千のように描かれているが、そんな連中が最初から都合よく集まる訳がねぇ。これは俺の想像なんだが、勇者と旅をするうちに皆強くなっていってるんじゃねぇかと思っている。勇者と居ることで何かしらの力を手に入れたり、引き出されたりするんじゃねぇかと、そう睨んでる。勘だけどな。
限界だと思ってた壁が越えられるかも知れねぇ、そんな誘惑が目の前にぶら下げられたら、抗えると思うか?例え眉唾もんだろうと、乗ってみたいと思わねぇ訳がねぇ。夢だったとしても、無駄だったとしても構わねぇさ。あれを見たら、期待するなって方が無理ってもんだぜ。
「ん?何してんだ?」
露天風呂で湯に浸かってのんびり寛いでいると、リクが女湯と隔てる石垣の方へコソコソと寄って行っていた。明らかに挙動が怪しい。
「覗きは男のロマンっス!この向こうに桃源郷があるんスよっ?見ない手はないっス!」
「おい、止めとけ」
大真面目な顔で鼻息を荒くするリクに、一応は忠告しておく。こいつ、命が惜しくないのか?まあ、勇者の力を実際に見ていないから仕方ねぇかも知れねぇが。
「あっ、てめぇ何してんだ!あっちには女房も娘も居るんだぞっ、させるかよ!」
器用にシャカシャカと石垣を登っていくリクを、カイルが見かねて制止しようと追い掛ける。が、一歩及ばず、石垣の頂上に辿り着いたリクが向こう側に顔を出し掛けた瞬間。
「ぶへぇっっ」
リクの顔に水の塊がぶち当たり、次いで突風がリクの身体を押し戻して石垣の天辺から吹き飛ばされる。リクはそのまま湯船に落ちて、バシャーンと派手な水飛沫を跳ね上げた。
「お痛はダメよぉ~~」
「不届き······」
上空には女性型の上位精霊、ウンディーネとシルフィードが浮かんでいた。どうやら、主人を不埒者から護ったらしい。大した忠義ぶりだ。
リクは湯船にプカプカと浮かび、カイルがそのケツをいい気味だと蹴飛ばしていた。言わんこっちゃねぇ。
「だから止めとけって」
盛大な水飛沫の煽りを受けて濡れそぼった髪を撫で付けながら、溜め息を吐く。
そんなリクや他の団員達(男連中はまだ酒盛りをしてて、此処には余り居ないが)を見て思うところはあった。
勇者に着いて行く、その決意は既に固まりつつある。だがそうすると、団長としてはこいつらの今後の立ち回り方も考えなきゃならねぇ。その辺の責任は放り出す訳にはいかねぇからな。
まあ、何とかなるさ。今はそんなことは問題にならねぇくらいに、年甲斐もなくワクワクしてやがる。傭兵を止めて冒険者になるのも悪くねぇってくらいにはな。尤も、勇者が素直に同行を認めるとは思えないって問題もあるんだが。
そういや、勇者って呼ぶのは不味いんだよな。アリシアからも釘刺されてたからな。しかし何て呼びゃあいいんだ?敬意ある相手に年下とかは関係ねぇ。呼び捨ては論外だ。様ってガラでもねぇしな。うーん······。
───おっ、そうだ。こいつだ。
「兄貴、どうしたんっスか?何か悪い顔してるっスよ?」
復活したリクが人聞きの悪いことを言ってくる。
「黙ってろ」
「うわっぷくくっっ」
頭を鷲掴みにしてリクを湯の中に沈める。苦しげにジタバタと手足を暴れさせているのを無視して。多分、今俺はリクの言うところの人の悪い笑みを浮かべているんだろうな。
女湯のある石垣の方に目を向ける。いや、別に向こうの光景を思い浮かべている訳じゃないぜ?そんな恐れ多いことはしねぇよ。確かにいい女だし魅力的だとは思うけどよ、そんな次元の話じゃねぇんだ。こいつは人生が懸かってるんだからな。ある意味、決意の眼差しってやつだ。
ってことだからよ、何としてでも着いて行かせてもらう。逃がさねぇぜ?
白夜の旦那。
「っくしゅん!っしゅん!」
その頃、白夜が盛大なくしゃみを連発していた。
「あら、風邪ですか?」
「?······いや、そういう訳じゃ······?」
原因の一人であるアリシアが白々しくそう言うのを尻目に、不思議そうな顔で鼻を擦る白夜だったが。
「さ、もっと温まらないと」
「おお、っと」
アリシアの酌を受けて呑気に杯を傾けるのだった。
自分の預かり知らぬところで、またしても妙な呼び方をされていることなど露程も思わずに。
次回から「関八州行脚編」となる予定です。




